妄想:そうだ~へ行こう

文字数 6,342文字

 王都で襲撃を受けた翌日、勇者と朝食を摂っていた。朝から、とんでもない量の肉がテーブルに並んでいる。これは、勇者が聞き込みをした際に、「ちょっと古くなったけど、まだ食べられる肉を激安で買える店」の情報を得ていたおかげだ。体の弱い人には勧められないが、健康で内臓も強い人には打ってつけの店。王都には、良い肉しか食べない人も沢山居るが、古くても肉を食べたい人も居る。冒険者であれば、移動中に適当な魔物を狩って焼いて食べる。しかし、王都で暮らす殆どの人は、店や人伝で買う以外の選選択肢は無い。なので、従来の価格は割と高い。

 因みにファンタジー世界なので、冒険者用の調理セットもある。加熱するには、現地で乾燥した木を手に入れるか、何かしらの魔法を頼って行う。そして、様々な火力に対応出来て持ち運びも容易な、折り畳み可能な鍋とやたら薄くなる五徳のセット。こちら、容量やどれだけ軽量化出来るかで値段が変わる、キャンプ用品に似た調理セットである。肉を回して焼くセットを想像すると、全くの……とまでは言わないが別物である。
 ただ、調理セットの中には、鍋に材料を入れて魔力を込めさえすれば、失敗することなく料理が完成するものもある。こちらは、魔法道具である為に、軽量化も折り畳みも不可能。荷物を運ぶ担当が居るか、人力以外の移動手段を持つパーティーでなければ選択肢にすら上がらない代物である。そして、その調理セットは、何故か宿泊した宿で借りることが可能だった。そんな訳で、調理したての肉が大量に並んでいる。

「うん、ちょっと古いらしいけど、問題ないね」
 謎の肉を食べた勇者が言う。調理前の肉の状態は確認していないが、仮に勇者が食中毒になったところで浄化魔法を使えば無効だ。腐敗肉程度の毒で、勇者の腹がどうにかなるとも思えないが。
「もしかして、食欲無い?」
 その問いに首を横に振る。そして、牛肉に似た肉の塊をフォークで刺した。見た目や色合いは牛肉に似ているのだが、どうにも鉄臭い。鴨肉にアジが近いが、食感は煮込み用の牛肉のそれだった。
「味付けに飽きたら、調味料もあるよ」
 勇者は、小瓶に入った調味料を指差した。この世界では塩が貴重だが、香辛料の類は王都では手に入り易く、材料の殆どが香辛料の調味料もある。固めの肉を食べている最中だったので、勇者の話に頷いて返事とした。そして、今度は笹身に似た肉を食べる。笹身よりは味が濃く、それでいて噛めばホロホロと崩れる肉。これは、かなりの好みかも知れない。
「昨日の怪我のこともあるし、しっかり食べてね」
 勇者と私は、宿に来る途中の道で襲撃を受けた。そして、その際に私は攻撃を受けて、かなり酷いことになっていたらしい。その怪我は治療済みで、攻撃を受けた場所に痛みもない。それでも、勇者は心配をしてくれた様だ。

「そんなこと言うと、旨い肉だけ選んで食い尽くすぞ?」
 今度は、やたらと黒い黒の肉を試す。表面は弾力があるくせに、歯を沈ませた途端に中の柔らかい何かが口に広がった。これは、肉なのか謎だな。様々な種類の肉を食べ、気付いた時には肉は最後の一つになっていた。しかし、その肉はオレンジ色をしていて、何やらギラギラと光っている。勇者はこの料理に使ったのは全て肉だと言っていたが、何の肉か想像も付かない。
「なあ、この残ったやつって何の肉?」
 その問いに勇者は残ったオレンジ色の物体を眺めた。そして、フォークで刺してこちらに差し出してくる。
「いや、何の肉だよ」
 和やかな笑みを浮かべながら、謎肉を食べさせようとしてくる勇者。何でそんなに謎肉を押し付けたがるんだ。

 仕方がないので、謎肉を指先で摘まんでフォークから外した。その時の感覚は、巨峰を摘まんだ時のものに似ていた。つまり、感触からして肉ではない。肉だとしても、それが獣の肉かは謎だ。
「えっとね、それは……」
 勇者が話し始めた時、既に謎肉は私の口の中にあった。その食感は、巨峰と言うよりは八朔に近い。なんなら、味も八朔に近いと言うか、シークヮーサーの味に酷似していた。しかも、薄めて飲むタイプのジュースを、薄めないで飲んだそれだった。
「古いお肉を調理する時に一緒に入れると、悪いものを浄化してくれる果物なんだって」
 そもそも、肉ではなかった。異世界だからと、こんな肉も有るのでは? そう考えたのが間違いだった。
「調理している内に大分縮んじゃったみたいだけど、お肉と一緒に食べると消化の助けにもなるんだって」
 なる程、どうやらこれは便利な果物の様だ。不意打ちで食べるにはハードだが、分かっていて食べるなら問題は無さそうだ。肉と一緒に加熱された果物、酢豚やピザのパイナップルと思えば不思議もない。あのパイナップルの存在、賛否両論はあるけれど。
「確かに、肉ばっかり食べたんじゃ、消化出来ない人も居そうだな」
 謎肉改め、謎の果物の酸っぱさで表情を変えないように話した。正直、この酸味を飲み物で流したい。
「あ、パンかサラダが有った方が良かった?」
 天然か。

「そうじゃない。年齢や体質によっちゃ、それが無理な人も居るだろうって話だ」
 果物を摘まんだ指先を、テーブルに置かれた布で拭いた。おしぼりの様な柔らかさは無い、手を拭く用の布がテーブルに置かれていたのでそれを利用した。
 その後、宿が用意してくれた薄めのお茶を飲み、簡単な朝食の片付けをした。もっとも、鍋と大皿を洗うのが手間な位で、大した労力では無かった。そうして、腹を満たした後で、宿泊していた部屋に戻る。これからの予定と言えば、決まっている様で決まっていない。勇者の装備の手入れが済むまでは、王都滞在は決定事項だ。ただ、昨日の夜に起きた一件のせいで、どう動くべきかが未定なのだ。
「で、どうする? 今日も聞き込みをするのか?」
 それに対して、勇者は言う。
「そうだね、出来れば王都に居る間に色々な情報を得ておきたい。だけど、昨日のことで話を聞きたがっている兵士も居るから下手に移動するのも避けたいんだよね」
 そう、通信機器の発達していないゲーム世界では、約束をしてもその後のやり取りが大変なのだ。魔法使いが居れば、手紙等を転移させることや、予め特定の位置と位置を繋いでおく術を掛けておくかで離れた位置からでもやり取りが出来ることもある。だが、流石に個人と個人を繋ぐ通信機器の類はない。大体にして、移動用の車両が馬車だ。新鮮な食物を運ぶのにも難儀するのだ。
「昨日、ああ言った以上、こっちから出向くのも変だし」
 そう、襲撃を受けた後で、やってきた兵士は直ぐに話を聞きたがっていた。それを勇者が「仲間が負傷したから」と、宿に戻ることと、「話を聞きたいなら宿に来てくれれば話をする」ことを兵士に告げたのだ。あの時の勇者は、何時もとは打って変わって凄みがあった。
「まあ、兵士が昼を過ぎても来ない様なら、元々の考え通りに聞き込みに出れば良い。宿泊客が宿に居る時間帯位、兵士でも分かるだろ」
 そう、長期滞在をする宿泊客でも昼間は外出するものである。この世界に、宿に籠もって執筆をする小説家が居るなら別だが。
「それもそうだね。じゃあ、暫くはこの部屋で体を休めておこうか」
 そうして、勇者と二人で適当に部屋で過ごした。襲撃時に空いた服の穴は、この時間に修復しておいた。流石に、慣れた職人程の綺麗さは無いが、目立たない程度には修復が出来た。ゲーム世界では、クエストをこなすか素材を売るかで稼ぐことが出来る。裏を返せば、クエストを受けなければ纏まった資金は手に入らない。なので、様々なものは大切に扱って長持ちさせる。
 そうこうしている内に昼が近付いてきた。すると、宿の人がこちらに話し掛けてきた。

「お客様に会いたいと言っている方が来ております。お通ししますか?」
 待て、その方は一体誰なんだ? いや、昨日一回会っただけの兵士じゃ、名前は知らない。その上、会ったのが夜だから、その容貌もはっきりはしない。だから、そこから認識する手段はこちらにはない。
「一応聞いて良い? どんな人?」
 そう勇者が問い、宿の人は答える。
「王都専属勤務兵の制服を着ている方です。制服を見る限り、身分ははっきりしていると思います」
 勇者と顔を見合わせ、互いに頷いた。そして、勇者が宿の人へ訪問者を部屋に通すよう伝えた。結果的に、訪問者は昨日の夜に話し掛けてきた兵士では無かった。その上司が、部下の非礼を詫びる為にやって来ていた。
 勇者が王都に居ることを、兵の末端にまで広めていなかったこと。そのせいで、部下が敬意を示さない態度で勇者に接し、あろう事か都合も聞かずに指示を出したこと。管理職はストレスの多い仕事と聞くが、ゲーム世界にも謝罪する上司が居るのか。いや、そもそも、勇者が王都に居るかどうかは、兵士の間で共有すべき情報だったのか。
「いいえ、僕に対して敬意は必要無いですよ。ただ、仲間の状態を確認もしないで話を進めるものですから、僕も言い過ぎてしまいました」
 勇者は笑顔で話すが、その言葉には何処か冷たかった。そして、このタイミングで、気を効かせた宿の人が、人数分のハーブティーを持って部屋に来た。宿の人は、部屋のテーブルにカップを置くと退室した。だが、一旦他の人が部屋に入ったことで空気は少し軽くなった。
「それにしても、流石は勇者様ですね。あれ程の人数を一度に制するとは」
 兵の言うことに嘘はない。ある程度はご機嫌取りも含まれているだろうが、その眼差しには尊敬の意が浮かんでいる。
「いえ、僕は」
 勇者が本当の流れを話しそうだったので、肘で軽く突いた。ならず者達を倒したのは勇者である、そう説明する方が早く話は進む。
「ただ必死だっただけです。本当なら、人間相手には攻撃をしたくなかったですが、仲間が傷付けられたなら話は別ですから」
 これもまた、嘘では無い。細かい部分に違いはあるが、嘘では無い。
「そう、ご謙遜なさらずに。あの集団は、捕まえられなかったまま被害の報告ばかり増えていまして。そのお礼に何か要望があるなら、出来る限りのことは致します。今日はそれを伝えに参りました」
 勇者の顔を横目で見れば、あちらも横目でこちらを見ていた。何となく気まずくて、ハーブティーの注がれたカップに手を伸ばす。それは、飲食店で飲んだハーブティーより薄かったが、今はその方が飲みやすい。
「ええと、その要望って物じゃなくても可能ですか?」
 勇者の問いに、兵は顎に手を当てて話した。
「物の方が単純で良いですが、私が容易可能なものであれば無形物でも」
 その返答に勇者は言う。
「では、昨日、仲間に向けて矢を放った人についての情報を下さい。矢に仕込まれていた毒や術の種類が判明しているならその情報も欲しいですね」
 勇者の欲したものを聞いた兵は、僅かに目を見開いた。それから、少しの間を置いて、兵はゆっくりと口を開く。
「毒や術については調査中です。ただ、矢を放った犯人は、既に捕らえております。ですが、恥ずかしながら、未だに何も聞き出せておらず……魔術封じをした檻越しに面会することなら可能ですが、なさいますか?」
 勇者がこちらを見たので、頷いておいた。勇者の決めたことに私は従う。
「お願いします。犯人に会って何を聞き出せるか、自分がどう反応するかも分かりませんが、有耶無耶のまま終わらせたくはないので」
 勇者は、優しい笑みを浮かべた。きっと、これが勇者の本音なのだろう。
「では、私の方から取り計らいましょう。早ければ本日中に手続きは済むと思います」
 兵は、金属製のケースから一枚の木片を取り出した。その木片には、焼きごてを押し当てて刻んだ紋様がある。
「夕方以降に、兵舎に来て下さい。この札を門兵に見せれば、私に話が上がってきますので」
 兵は勇者に木片を手渡した。そして、深々と頭を下げる。
「それでは、お時間を頂きありがとうございました」
 そう言って兵は退室し、部屋には私と勇者が残された。勇者と言えば、渡された木片を興味深そうに眺めている。

「これ、不思議な模様だね。いや、不思議な模様だからこそ、意味があるのかな?」
 聞かれても困る。王都の兵士の独特のセキュリティシステムだろうし。もしかしたら、名刺的な意味が有るのかも知れない。だが、それをゲーム世界で説明する方法も分からない。なので、適当に話を合わせておくことにする。
「だろうな。兵だけに分かる言葉……いや、模様なんだろ。それを使うことで、当人がそこに居なくても意思を伝えられる」
 意思を伝えれると言うより、ちょっとした指示書かも知れないとも考えたが、長くなるので割愛した。下手に話して勇者が鵜呑みにしても、後が面倒そうだ。何分、ゲームをやり込んだとは言え、兵達のオペレーション情報までは攻略本やファンブックには掲載されていないのだから。
「あ、なる程。何時、僕達が向かうかも分からないし、手続きも何時終わるか分からない。かと言って、またこの宿まで報告に来るのも行き違いの可能性があるもんね」
 勇者の理解力は流石と言ったところか。ともあれ、頷いておく。
 その後、私達は当初の予定通りに聞き込みをした。向かうべき場所についての情報は多い方が何かと役に立つ。それが本当に役に立つかはその時になるまでは分からない。だが、何もしないよりは良い。
 また、向かう途中のアイテム補給地についても同時に調べた。これは、この世界ではとても大事なことだ。人の住まない地域を進むには、「その直前に滞在をする人里」でどれ位のアイテムを手に入れられるかが生死を分ける。この為、長距離移動の前には慎重にルートを決めなければならない。因みに、勇者は最初の頃に失敗したらしい。
 聞き込みを続けている内に、商品を売り切って閉店をする店も増え始めた。それに伴って人通りも現実する。空の色も暗くなり、飲食店が混み合う前に夕食を摂ることにした。

 夕食では、リゾットの様なものを頼んだ。この世界に、米の様なものはあるが、あくまで様なもの。炊くことは先ず無いし、食感がプチプチとしてもいる。なので、リゾットの様なものなのである。
 コンソメに幾らかのチーズを加えたスープで煮込まれ、肉の欠片や濃い緑色の何かが散らされている。パセリではないが、かと言って他に何かと聞かれたら分からない緑色の食材がリゾットの様なものに彩りを与えていた。
 勇者と言えば、何かモコモコとしたメニューを頼んでいた。大きさは人の顔程もあるのだが、その質感は中華まんの様に見えた。しかし、その匂いはどちらかと言うとパッションフルーツのそれ。最早、それが何かすら不明である。
 勇者と同時に食べ始めると、リゾットの様な料理は思った以上にミルクの味がした。それでいて、時折感じる肉。大きさからして挽き肉程度の肉なのだが、そこから野性味溢れる肉の風味が広がった。なお、緑色の食材は、ただの飾りだった様だ。特に味は感じられない。
 一方、勇者が食べているものを観察していると、モコモコとしたメニューは、食べ続けてもモコモコしたままだった。恐ろしいことに、上部から食べていって高さだけ減ると思いきや、まるで料理に意思があるかの様に縮尺率が変わった。しかも、何やら色も濃くなっていった。謎過ぎるメニューだ。
 夕食を食べ終えた時、それを見計らったかの様に飲み物が提供される。その飲み物は、程良く冷やされ味もほんのりとした酸味があってとても飲みやすかった。なので、直ぐに飲み終えてしまった。
「じゃあ、そろそろ向かおっか」
「そうだな」
 そうして、勇者と共に、訪問してきた兵との約束の場所へ向かったーー
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