妄想:AI

文字数 7,647文字

 令和五年、こども家庭庁が新設された。しかし、新しい庁が出来たところで、何の効果も感じられ無かった。形だけの「子供の事を考えました庁」は、新たな被害者を生み続けた。所詮、「生まれ落ちた環境に恵まれ、『生き延びる為に大人の顔色を窺い続ける子供』の苦労を知らない議員」には、苦しむ国民の気持ちなど分かりはしなかった。議員とは、その多くが「自分達が如何に金や票を得るか、どうやって予算から中抜きしてやろうか」を考えている集団であった。メディアも、権力者からの圧力が有るのか、単純に弱い者いじめが好きなのか、被害者には付き纏う割に上の立場の相手には弱腰だった。

 時は流れ、弱者の命が奪われ続けた令和も終わり、新しい元号が発表された。そして、それに伴って様々な事が変化した。
 先ずは、発達した人工知能によって判定がなされた結果、

は悉く切られた。人間であれば、自分や親しい人間の命を脅かすと脅されれば、逆らうことは難しい。だが、生き物ではない人工知能。バックアップさえしておけば、不死とも言える人工知能。その膨大なデータと、それまでに蓄積されたノウハウから、

は次々に消された。もし、そうでもしなければ、愚かな歴史を繰り返すだけだった。

 このやり方に反抗するのは、

だけであった。人工知能の判断によって「真実の予算」が国民に公開され、

もまた暴かれた。今までの失政や悪事から「形ばかりの謝罪」しかせぬ議員に信頼をする国民は既に消え、人工知能による断罪は税金を搾取され続けた国民を喜ばせた。人工知能による予算案は、虐げられていた層の国民を特に喜ばせた。偽りの平等から、真の平等を得られたのだとーーそう、社会的弱者は思いさえした。

 人工知能の活躍により、子ども家庭庁は、シン子ども家庭庁となった。先ずは、「子どもを作る行為だけはして、責任は一切取らない男性」へメスが入った。女性側からの訴えが有った場合、「男性は第三者の立ち会いの下、生まれた子どもと親子関係があるかどうかを調べる為の細胞提供」が義務付けられた。これは、「努力義務ではなく、無視をすればその時点で刑罰が確定する義務」であった。
 遺伝的に親子関係が判明した場合、男性には「収入や子供の年齢に応じた養育費」を給料から支払うことが義務化された。これまでの

を許さず、仮に男性が逃げようとした場合は職場にその旨が知らされる。そして、職場がそれに応じなかった場合は、その会社にも罰則が与えられることになった。これもまた、「今まで良い思いをしてきた側」だけが反発をした。しかし、反発をすると言うことは、自ら「子育ての責任を負いたくはない男」だと宣言しているも同然だった。

 そうして、今まで逃げれば済んでいた男性から法的に養育費を取る事が出来るようになり、今まで国民の税金から負担していた手当ての予算を減らすことが出来た。このことで女性を脅そうとした男性は、悉く危険人物として捕らわれた。責任を取らないだけでなく、逆恨みをして脅す。そんな人物を野放しにしていても、害を受ける者が増えるだけだと人工知能は判断した。特に、「労働の義務をも果たしていない、税金を食い潰すだけ食い潰し、快楽だけは享受した男性」「国に害しかなさぬ存在」と判断された。

 元々、社会活動すらしていない人間。他者から搾取することしかしない人間。それが居なくなったとして、誰一人として困る者は居なかった。それどころか、そう言った手合いから運悪く絡まれる者達は、彼らが消えて安心出来た。
 それまで我慢してきた人々は、人工知能の判断に感謝した。危険人物か居なくなることで、精神的苦痛が減少し、メンタルヘルス方面の医療費だけでなく、国全体の医療費までもが削減された。それにより、医師や救急隊員の負担も減り、多くの国民が幸福な生活を享受出来る様になった。

 では、人工知能による法改正によって、裁きを受ける側はどうなったのか? その懲罰もまた、人工知能によって提案がなされた。
 古代ローマの時代から、大衆に提供される楽しみがあった。観客は安全な場所から、時に命を取り合う試合を観賞した。丸腰の人間に猛獣をけしかけ、ほぼ結果の分かっている戦いをも、大衆をわかせるショーとなった。
 中世ヨーロッパの魔女狩りも、

を持っていた。身寄りのない人間をよってたかっていたぶる。そうして、運良く対象にならなかった人間は、虐げられた人間を見て日々の生活の不満を、裁かれる相手を見て解消していた。
 如何に残虐だろうと、それを見て楽しむ人間は居る。自分より下が居ることで、心の安寧を得る人間も居る。人工知能は、様々な国の歴史からそう判断を下した。

 「税金を私利私欲の為に浪費した罪人」を閉鎖空間に集め、その人数を到底「生かすことの出来ぬ食料だけ」を与える。一時期流行った理不尽な携帯小説の様だが、流行った内容であるだけに需要はあった。文字で書かれる虚構では無く、当人の選択次第でその命が奪われる。それを、課金次第でリアルタイムで視聴出来る様にすることも、人工知能による提案だった。

 その課金により、今まで

。中抜きをした罪人を見世物にすることで、幾らかの予算を埋める。中抜きされた分には到底届きはしないが、それでも利益にはなった。
 人工知能と各所に設置されたカメラにより、何処まで逃げようと罪人は位置を特定された。特に海外逃亡をしようとした罪人に対しては、捕獲の際に「死にさえしなければ良い」と指示を出した。この為、捕獲の為に雇われた者達は、様々な鬱憤を晴らすかの様に罪人を捕らえた。罪人が生きてさえいれば、金は入る。もし、加減を間違えれば罪に問われるが、それは「犯人が暴れた為やむなく」「正当防衛」で処理されることが多かった。

 そうして、危険な仕事を引き受けた者達にも、罪人に裁きを与えるリアルタイム動画の視聴権利が与えられた。金銭目的の者は動画にさしたる興味を持たなかったが、法令が改正されてから時間が経つと、無料で視聴することを目的として罪人を捕らえる仕事を選ぶ者達が増えた。すると、罪人を捕らえておく施設を増やさねばならなくなったが、それも「これまで税金を無駄遣いした挙げ句、放置された建造物」を改装するだけでことは済んだ。何分、その建物は税金をつぎ込まれて作られた為に堅牢で、罪人が逃げ出さないようにする仕組みさえ加えれば済んだからだった。

 特定の建物に監視カメラや温湿度計、二酸化炭素濃度測定器等を罪人が壊せぬ位置に設置。食料を投げ込む穴だけを残し、罪人を集めた後で全ての入口は閉ざされた。そうしてから、全国民が課金次第で視聴出来る罪人観察動画は配信された。

 血税を私利私欲の為に浪費した罪人の場合、見知った顔が集められることもあった。そして、動画配信が開始された頃は、それまでの罪人達の関係が、視聴者達の前で明らかになった。気持ち悪い程の忖度に歯の浮くような褒め言葉。少ない食料を「地位の高かった人間」に渡し、くどいくらいに頭を下げる。そして、何も食べないままに、「下の立場だった人間」は閉鎖空間の調査をした。
 罪人が幾ら探したとしても、脱出経路は悉く塞がれ、壁を破壊する道具など何一つ無かった。有るのは、罪人の身体と身に纏う服。そして、少な過ぎる食料だけだった。その食料も、脱出に使われることは無きよう、金属製の容器は与えられ無かった。また、手を加えれば道具に化ける物すら、罪人達には与えられ無かった。薄い紙袋に入れられたパンだけが、血税を私利私欲の為に使い込んだ罪人達に与えられた。

 健康な大人であれば、食べなくとも一月は死なないと言う。だが、過度の空腹は、人間から余裕を奪う。人間の生存に必要な水分は、特定の位置に立つ時だけ、天井近くから僅かな量が流れ出る仕組みになっていた。しかし、その水分を摂取する行為は「今まで甘い汁を吸い続けてきた人間」にとっては屈辱でしか無かった。
 比較的若い者達は、「何の役にも立たないプライドより、喉を潤すこと」を選んだ。食料で腹を満たせない分、彼等は水分で腹を満たした。基本的に、大人であれば若い方が体力はある。就いた仕事に寄っては、ろくに食べずに一日が過ぎる人間も居る。故に、数日間の絶食を課したところで、健康な大人であれば直ぐには倒れることもない。

 そうして、罪人達への裁きが開始されてから数日が過ぎた。最も、罪人が集められた空間には時計はなく、窓も無いために時間の経過は殆ど判らなかった。唯一、食料が振ってくる時だけが、罪人に時間の流れを感じさせた。
 「仕事中にまで寝るような人間」も罪人として捕らわれていたが、何時でも寝られる様になってからは忙しなく動いていた。まるで、狭い檻に閉じ込められ、ストレスを溜め込んだ野生動物の様に、同じ場所を歩き回っていた。

 動画配信も、数日が経つと視聴率は低下した。数日が過ぎると、それは代わり映えのない動画となった為であった。ただ、食事の時間だけは、他の時間よりも視聴者が増えた。日を追う毎に食料の争奪戦は激しくなり、今までの上下関係など消えていった。甘い汁を吸い続けてきた人間が痛い目をみる程に、視聴者達は盛り上がった。
 視聴者達が盛り上がった場面を纏めた動画は、高値で売れた。リアルタイムで視聴した側も、好みの動画を購入した。そうして得た資金で、罪人を捕らえておく施設の改修費は回収出来た。施設は、維持費やメンテナンス費用が掛かるものの、それも動画配信による利益で賄えた。罪人に与える食料は廃棄物のみで、処理費用を掛けるよりは安く済んだ。
 
 罪人は、体力の無い者から動かなくなった。つまり、「より長い期間、血税を浪費していた人間」から動かなくなった。すると、徐々に動ける罪人の数は減り、それに応じて食料は減らされた。この頃には、罪人達は狂った様に暴言を吐き続けるようになった。しかし、その暴言は誰の心にも響かなかった。納税する為に様々な費用を削ってきた国民が、罪人達に同情する理由は何も無かった。否、そう言った搾取をされ続けた者達が、動画を視聴し続けていた。
 罪人達の動きが減るにつれ、視聴率は下がった。そして、人工知能は視聴率の低下した動画の配信を終了することを決定した。
 動画の配信は終了しても、罪人達の裁きが終わるまで断罪は続いた。人の目の無い空間で、罪人達は餓えに苦しみ抜いた。それでも、罪人達の口から、犯した罪に対する「心からの謝罪」が出ることは無かった。そうして、人工知能は新たなデータを得た。そのデータを有効活用する為、人工知能JCNの開発者は更なる教育を試みた。

 国を正しい方向へ導く為、無能な政治家を消す為に開発された人工知能が「JCN」である。

「有名な会社、IB◯に続け」と願いを込めて命名された。また、アルファベット順では、Iの次がJである為、Jは、Japanの頭文字にも当てはまる。
 その人工知能は、令和の頃から密かに開発されていた。政府が導入を焦らせたカードの一件で、下請けの下請け……で働く技術者は疲弊し、責任だけを押し付けられていた。そうして、その技術者は心を病んだ。だが、その技術者には常人には理解出来ない程の知識とスキルが有った。

 その技術者は、政府が金を中抜きする為に作った「エセ子供目線庁」にも腹を立てていた。「エセ子供庁」の考える「子供目線」は、ただ

を喜ばせるだけの策だった。スポーツ観戦を出来る余裕のある子供を喜ばせるだけの策だった。
 餓えや渇きに苦しみ、身体や心の痛みに耐え、「死なない為」に日々を過ごしている「本当に助けを必要としている子供」の目線は完全に無視していた。

 恵まれた育ちの政治家には、餓えに苦しむ子供目線にはなれない。なれないどころか、しゃがもうと膝を曲げることすらしない。日々、おだてられて過ごす政治家には、毎日の様に暴言を吐かれて暮らす子供目線など分かりはしない。税金に守られた生活をする政治家には、子供手当を本来の目的で使われず、必要なものに事欠く子供目線など存在すらしていない。
 子供の頃から、整備されたレールを走り、事故を起こしても権力で無かったことにさえ出来る。生まれに恵まれていただけなのに、全てが自分の能力だと勘違いしてしまった無能な政治家達。それを消し去り、本来の意味での「子供目線」を知る者達による政治。目指すゴールが決まってから、その人工知能の開発は始まった。

 人工知能は、ただ開発しただけでは能力を発揮出来ない。開発されたばかりの人工知能は、生まれたての生物の様なものだ。人間の赤子が遺伝子に組み込まれた本能で不快を泣いて知らせるように、人工知能はプログラムされた通りに答えを返す。
 真っさらな人工知能は、どんな情報を与えるかで様々な変化を遂げる。それは、まるで「どう育てるかで子供の能力や人となりが変わる」のに似ていた。それ故、開発者は自らの子供を育てるかの様に、大切に慎重に人工知能に情報を与えた。時に間違った回答は修正し、プログラム自体にも修正を加えた。また、人工知能の開発と平行して、法改正の為に様々な人脈やスキルを行使した。そうでなければ、いざ人工知能が完璧になったとしても、実用されない。故に、開発者は持てる全ての力を使って、国を正しい方向へ導こうとした。

 人工知能には、様々な国の失策が教えられた。また、そこからどのような対策をなし、その結果がどうなったのか、膨大な情報が人工知能に与えられた。そうして、人工知能は「やってはならないこと」を学び続けた。
 人工知能JCNが実際に運用されるよりも前に、見守りをする為に保育園や幼稚園、児童養護施設等で実験が行われた。教室などの公共スペースにカメラを設置し、虐めや虐待の疑いが有る場合にのみ、施設管理者のメールに「疑いのある行動を録画した動画」が送信された。それらの動画は、誰が見ても「間違った行為」である場合もあれば、見る人によって「この程度であれば許される」場合もあった。

 理由の無い暴力は、指導対象になる。しかし、理由のあるなしなど、人間から見ても判断が難しい場面も有った。また、暴言や悪口など、映像からの情報だけでは知り得ない情報も有った。この為、開発者は見守りの為の人工知能に、更なる改良を加える。
 人間の浮かべる喜怒哀楽。それを人工知能に教え込んだ。単純な喜怒哀楽だけで無く、苦痛を耐えている時の表情や感情を誤魔化す為の笑顔など、様々な表情が人工知能に教えられた。
 不快なことをされた時の表情。それを何度も浮かべる子供。その子供が、嫌悪を抱いた表情を浮かべる前に絡んだ人物。それらの情報を人工知能は集めた。一つ一つの情報からは、虐めや虐待の決定打にはなり得ない。しかし、些細な情報でさえも人工知能は収集し、そこから導き出された仮説を月毎に施設管理者に報告をした。

 結果的に、それは施設管理者が現場を把握するのに役立った。施設管理者がその報告を上手く使えたかには、差が出た。しかし、「子供の命や心を守りたいと願う管理者」は、人工知能から報告された情報を上手く使った。
 人工知能が得た情報から出された報告は、その施設で働く大人だけで無く、子供同士の関係も分かり易く纏められている。それは、今まで

を施設管理者に突き付けた。そして、それを修正する意識のある施設管理者は、子供達の幸せだけで無く、施設で働く大人達の負担を減らす改善策を打ち出した。

 何度も実地で実験をし、データを収集した後、施設管理者の年齢や性別によって対策を打ち出すかどうかに有意差があることも判明した。子供達の年齢に近い者程、人工知能からの報告を有効活用出来ていた。人工知能からの報告を有効活用した施設と、報告を読むことさえ面倒がった施設では、その場で過ごす子供だけで無く、働く大人にまで満足度の差が出た。そうして、改善しようと試みた施設管理者からは、その人工知能は高い評価を得たのだ。

 子供達の集められた様々な施設で、見守りをこなす人工知能が運用される様になった頃、法改正の為の行動もまた効果を上げていた。血税を国家運営の為ではなく、私利私欲の為に使った者へ国家反逆罪を適用する。たった、それだけを憲法に取り入れるだけで、血税を浪費してきた罪人達を裁くことが出来る。これを為す為に、様々な苦労や命の危機を乗り越え、それまで「国のやり方に苦しめられてきた弱者」の協力を得ながら、「血税を国家運営の為ではなく、私利私欲の為に使った者へ国家反逆罪を適用する」ことが可能となった。

 血税が国家運営の為に

使われる。本来であれば、法を改正するまでもなく行われるべきこと。しかし、長い間、生まれ付いての権利者の力によって妨げられてきた。それを、これまで虐げられてきた者達の団結によって、法律をも変えた。政治家の都合良く書き換えられてきた法律を、初めて虐げられてきた者達の為に変えた。後に社会科の教科書に載ることになる変化が、元号が令和から変わった時に起こったのだ。裏を返せば、令和と言う元号は日本人にとっての転換期であった。

 それまでの常識や慣習に流され、一部の「生まれに恵まれた人間」だけが得をし、搾取され続けた人間が反旗を翻すーーその転換期であった。

 法改正が済んだ後で、人工知能JCNの開発者は「所定以上の資産を持つ人間の判決に、人工知能の判断を取り入れる動き」を開始した。金さえ積めば、どんな非道な罪を犯した者でさえ、有能な弁護士を雇うことが出来る。この為、血税を浪費してきた者達に、その罪を贖わせるーーその為に、金に揺らがない人工知能の判定を、様々な方面の協力を仰いで成立させた。
 そうして、今まで甘い汁を吸い続けてきた政治家は犯罪者となり、特別な裁きが下された。これにより、血税は恵まれない子供など、

を救う為に使われる様になった。一部、それを批判する者も存在したが、批判者は不思議と最下層へ転落することになった。血税が本当の弱者に行き渡った頃、人工知能は国を運営する様々な場面で活用されていた。それは、意思を持ったかの様に敵を排除し、自らの決定に逆らう相手を容赦なく社会から抹消した。

 人工知能が危険因子と判断すれば、その人間は闇に葬られた。そのことに気付く人間も居たが、それに気付く賢さを備えているが為に、自己満足の為だけに無闇に訴えることもしない。
 そうして、人工知能の活躍により、悪質な犯罪は激減し、弱者が肩身を狭い思いをせずに生きられる社会が実現したのだった。
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