第1話

文字数 2,000文字

 ここ真砂(まさご)タウンは日本が世界に誇る大企業、真砂グループが総力挙げて開発した実証実験都市。
自然溢れる最先端テクノロジータウンには、系列グループの研究者、技術者達が居住している。

 真砂タウンに住む俺、竹下敦(たけしたあつし)は小学5年生。
そして生粋の選挙マニア。ずっと選挙管理委員だ。
9月15日には真砂小学校の後期児童会選挙がある。俺にとっては一大イベント。

「竹ちゃんおはよう~」
「竹ちゃんまた夜更かしした?」
 のほほんとしたこいつらは、同じクラスの角田尚(かくたひさし)福田悟(ふくださとる)
叩き上げ技術者の両親を持つ角ちゃんと、エリート研究者の両親を持つ福ちゃん。
俺の場合は、祖父が大地主で真砂グループに土地を売った成り上がり。

 角ちゃんと福ちゃんは、俺が(あお)って会長に立候補させた。
真砂小の生徒は育ちが良く賢いのはデフォルト。この二人にはそれ以外になんとなく魅力がある。角ちゃんは体格がよく大らか。福ちゃんはクールでモテる。

 俺はこの二人に令和の角福戦争を再現してもらいたいのだ! なのにこの二人ときたら仲が良すぎるんだよな。
「おまえら、少しは派閥でも作って闘争しろよ」
「また意味わかんないこと言って」
「そんなに選挙が好きなら竹ちゃんが出ればいいのに」

 恒例の苦言を(てい)してやる。
「二人ともあの選挙ポスターはなんだ? 葬式か?」

 今回、4年の佐藤桧(さとうひのき)というマンガ家志望が書記に立候補している。
 そのポスターがとにかく目を引くのだ。人気アニメキャラに「1票入れてね」と言わせるのはいかがなものか、フェアではないような気がする。何らかの選挙法に違反しているのではないかと、俺は担任の後藤田(ごとうだ)先生に詰め寄ったが無視された。
佐藤の公約は「リモート授業の推進」。とにかく家でマンガを描いていたいようだ。

 一度、佐藤が書いているマンガを見たことがある。
『ジャムおばさん』というタイトルで、太った眼光鋭いおばさんが「これがアンタの新しい顔とマイナンバーだ」とか言っていて、正直続きが気にはなった。

 それから副会長に立候補している1組の中曽根史織(なかそねしおり)
「いじめゼロ」が公約のバランス型。
新体操をしている彼女はルックスもいいので、会長に立候補していたら当選確実だった。セーフ。

 議員に立候補しているのは、4年の小柄な美少女鈴木絵里(すずきえり)
公約は「校庭にビオトープを作る」で、マジで作る気満々なんだよな。
ずっとイモリの研究をしていて、文科省主催の理工系コンテストのファイナリスト。
イモリを愛しイモリに愛された無駄美少女。イモリが好む周波数528ヘルツのBGMを自作していて、聞かせてもらったがイモリと一緒に癒やされた。

 副会長、書記、議員は全員女子で俺の脳内出口予想(でぐちよそう)当確(とうかく)が出ている。
混戦が予想されるのが全員男の会長選挙。会長に立候補しているのは……

 エンジョイ勢、三木北斗(みきほくと)
あいつはSNSで選挙活動をしている。他の候補者の悪口を流しているらしい。公職選挙法違反だ。それも後藤田先生に言ったが、やはり無視された。この時期、先生の俺への扱いは目に見えて雑になる。
 三木の公約は「校則廃止」。職員室がドン引きしている。

 その三木の対立候補、悪口を流されているのが大平樹(おおひらたつき)
ずんぐりむっくり眼鏡の大平は喪男(もおとこ)の星。公約は「男女交際の禁止」。
モテないコンプレックスを勉強に全振りした、全国共通小学生テスト100位内のランカーである。


 俺の角福への苦言は続く。
「おまえらの公約は何だ」
「俺は挨拶運動」と角ちゃん。
「俺はなんだろう、差別の無い学校とか?」
「福ちゃん、差別を感じているの?」
「いや、別に」
 なにお互い微笑みあっているんだよ、角福、おまえらずっと休戦中だな。


 選挙はリモートで行われた。放送室から配信。
三木がポップな出囃子(でばやし)を流したり、佐藤がマンガ仕立てのフリップ芸で公約を発表したり。
 そして角ちゃんの出番。
「僕は野球部を見習って全校上げて挨拶運動を進めたいです。学校に来る保護者や地域の人に対してもです」

 次は福ちゃん。
「僕は差別の無い真砂小にしたいです。見えない困り事があるかもしれないので、真砂小BOXを設置します」
よし、二人ともまあまあだ。内容は薄いけどわかりやすいのが一番。


 開票作業が終わり、校内放送で俺は結果発表をした。
「会長は5年2組の大平樹君です」

 実は潮目(しおめ)が変わったのを俺は感じていた。
チャラい三木のアンチが増え、三木おろしが起きたのだ。その票がそっくり大平に流れた。大平率いる理系オタク喪男軍団の結束は固かった。

「二人ともごめん。俺がついていながら」
 二人は笑って「いや、楽しかったよ」「うん、それに俺……」

 福ちゃんは親の異動で中国に行くことになったというのだ。
2年間だけだというけど、俺は二人が仲良くしている姿を見られなくなるのかと思うと、無性に泣けてきた。そんな俺を見て二人ももらい泣きした。

 端から見たら選挙に負けて悔しがっているように見えたかもしれない。


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