エピソード1熊と業火鳥

文字数 3,295文字

「皆さーん、忘れ物は無いですね?どうぞ、クッキングの中へ降りてください」
案内人の声と共に様々な顔ぶれが押し寄せる。
ある者はただ単に微笑み合い、ある者は一人不安に駆られ、ある者はクッキングの塔を忌々しく見つめていた。
その中でも皐月リョウはその全ての顔をしていた。だが、彼には愉快なる彼女達と子猫達が背を押してくれる。
それだけでも自然と彼の顔からは笑顔があり、それを確認するかのように空中船は全員が出た事を確認し終えたようで、あっという間にブーと音を立てて雲の中へ溶けて行った。
「しかし、あっという間に行ってしまったのう。まあ、あそこへ戻る者のほうが愚かと言えよう」
とジェリーが額に手を当てながら言うのを冷や汗を垂らしながら「言い過ぎだよ・・・」とリョウが言う。
「でも、この門をくぐったさきに、待っているんですよね?」
「そうだなソフィ。どんな師範かは会ってのお楽しみだな」
「はい!きっと、リョウさんなら、料理でも格闘でもきっと、勝てます・・・!」
「ありがとう、ソフィ」
「・・・・!」
「あー、さっきからジェリーちゃんやソフィちゃんばかりズルイー」
「ニャーニャー」  
「ニャー・・・」
「分かった分かった。とにかくみんなで上位を目指そう」
『おー!!』
そして彼らは門。即ち、勝負の境界線を越えたのだ。もう後戻りは出来ない。
それを示したのは一つの風であった。
ビュービューと辺りに激しい風が吹き渡り、塔の真上にドス黒い雲のような物が現れたかと思えば、ビカン!と雷一つ地面に突き刺さる。
師範だ。
師範らしき人物がそこに立っている。
全身を覆い隠すかのような紫の織物に所々にシミがある。
そうまるで、忍者のようにニンニンと目を狂わせながら立っているのだ。
そして師範はふわりと空中に浮遊すると同時に「カアアアッ!」と堂々たる雄叫びに皆にどよめきが走る。
「よくぞ、来た!若きチャレンジャー達よ!我は第一回層師範、無双である。ルールは知っての通り、三十分以内に屈服、もしくは格闘で倒した者を第二回層へと上げる。準備ができ次第、かかって来るがよい」
無双が指で挑戦者達を仰ぐと、一斉に挑戦者達は
踊るかのように狂い出した。
ある者はフライパンを交えた格闘を。
ある者は中華の炎を自在に操り、ある者はいきなり格闘を交えていた。
だが、無双は小さく溜息を着くと、指を一つ立てると同時に皆の動きを止めた。
いや‘時を止めた’と言うべきか。
無双が再び、雄叫びを上げると同時に皆の時が動き出し、あっという間に壁へと飛ばされた。

「甘い!格闘技術は愚か、料理もまだまだ未熟!これでは第一階層クリアなど夢物語よ!」
その言葉に皆は歯を剥き出しにするしか無く、ほとんどの者が倒れていた。
どうすることも出来ない悔しさ。
そればかりが彼らを苦しめた。
しかしそこに、カカカと笑い声が響いた。
ジェリーだ。
ジェリーは額に手を当てながらやれやれと皆を見下ろし、無双へと指を指した。
「無双と言ったか。先ほどから見るに、主の格闘は忍法のようだな。その年相応の念からして相当なまでの修行をしたのだろう?だがまあ、我からして見れば主も修行不足じゃがのう」
それに無双は「ほう」と呟いた後、言葉を続けた。 
「ならば、お主の力、見せてもらおうぞ・・・!」
するとまた、辺りに激しい風が吹き荒れる。
最初よりも何百倍もあろうかという風が辺りに吹き荒れ、立っているだけで精一杯なのに、あろうことか、吹雪が吹く始末だ。
その中でもジェリーは顔色一つ変えずに、狂気に満ちた無双を見つめ、そして、無双の必殺が今、
舞い降りる・・・!
「必ッ殺ッッッッッッ!!熊のカリウド!!!」
瞬間、辺りは急に静まり返った。
突風も吹雪も無くなったというのに、挑戦者達の顔色は最悪な物でしかなかった。
なぜならば、そこに、十メートルはあるんじゃないかと思うくらいの刀と体格を持った巨大な熊がいたのだ。
明らかに、ただの熊ではないことを物語る力の源は無双が召喚した殺戮兵器そのもので、あの一撃を喰らえば、間違いなく、天へと逝かされることだろう。
なのに関わらず、ジェリーはケラケラと笑みを浮かべて余裕そのもので、無双は本能的に眉をぴくつかせた。
「行け、熊のカリウドよ!あやつを野菜炒めにしてしまえ!」
その威勢と共に、カリウドはジェリーへと襲い
狂う。それにジェリーが動こうとした時、ピクリとも動けなかった。
野菜だ。
野菜の縄がジェリーを拘束したのだ。
これでは確かに、野菜炒めにでもなってしまうだろうが、ジェリーは焦ること無く両手をかざし、
ゆっくりと唱える。
「黄金なる炎の翼を我に授けたまえ。業火鳥≪ごうかちょう≫よ!!」
瞬間、炎の黄金なる翼が生えたかと思うと熊のカリウドは一瞬にして壁側に穴を開けて、倒れ伏した。
「カリウド!!」
その一瞬の出来事に無双の顔が一気に青ざめる。
しかし、ジェリーの攻撃が止むことを知らず、さらなる必殺を投入する。
「必殺ッッッッ!業火鳥の、歩みみみみみ!!」
ジェリーのフォルムが黄金の鳥になったかと思えば、熊のカリウドは泡のように消え去り、辺りに少し火花が散っていた。
それに巻き込まれたのだろう。
傷だらけで倒れる無双の姿があった。
しかも、無双の体からはジュワーと美味しそうな匂いが漂っており、見事、ジェリーに料理されていた。
「決着は着いた。第一階層の扉は開けさてもらうぞ。行くぞ、皆の物」
とジェリーが背を向けた時、無双が歯を剥き出しに辺りに血を飛ばしながら襲おうとした時、止められた。触れもせずに、指一本で月のような丸い目に化粧を施したかのような白い肌。
皐月リョウである。
リョウは和やかに二人の攻撃を止めると、一人一人に話しかける。 
「ジェリーさん、もう勝負は着いたでしょ?軽はずみに挑発に乗っちゃいけないよ?」
「無双さん、勝負は決したのに相手の背丈を取ってはいけませんよ?それに師範ならもっと冷静に対処しなきゃ」  
あまりに和やかな雰囲気に呑まれそうになるものの、無双は問う。
「何故、主のような者が勝負を挑まなかった?まさか我はそれにも値しないと言うのか?」
それにリョウは「いえ」と答えた後、こう答えた。
「ただ、‘相手を観察して倒した’までです」
「なっ!?」
「まあ、格闘はジャンケンで決めて後は待機して観察という形ですね」
無双はその言葉に笑うしかなかった。
ただ、力の差を感じるしか無かったのだ。
「あと、無双さん‘喰ってください’」
「喰うって何を?」
「僕の料理・・・」
「・・・・!?」
そのただならぬ威圧感に呑まれた無双に、先ほどの笑みをより深くしてリョウが囁いた。
「さあ、料理の時間だ」
━━━━気がつけば、無双は屈服していた。 
あまりの差にただ従うしかなく、無双の心は脱け殻のように、もういっそのこと、師範の座をこの子達にあげようか・・・・
「あ、あの・・・!」 
「んっ?」  
「こ、これ、食べてください・・・!」 
そこに居たのは青い髪の少女ソフィだった。
ソフィは無双にお粥を渡したのだ。
「何故、これを我に?」
「あの、無双さん、こういうの、好きそうだったんで・・・」
確かにお粥は好きだ。
だがこれは、海老と野菜が入っただけの普通に美味しいだけに・・・
んっ?んんん!?旨い!海老の旨みが口に広がったかと思えば、野菜達が心を優しく包み込み、
適度に煮込まれた米が体をほぐして行く・・・・
「君」
「は、はい・・・!」
「抱きしめても、構わんかね?」
「・・・え、え?」
「美味じゃぁぁぁぁ!!」
「キャアアアアアアアアアアアアア・・・・!!」
「カカ、相変わらず、ソフィは変な奴にモテルのう」
とジェリーが言うので、それに苦笑してリョウが答える。
それに続くかのように、女性陣も「無双さんに料理食べさせて、最上階目指す~」と意気込み、子猫達もニャーニャー意気込む。
そして、第二回層の扉もゆっくりと開くのであった。
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