2.異能、発揮

文字数 2,705文字

 私は、浩太と善後策を話し合うことにした。
「いや、ボクのチョンボで申し訳ないんだけど、『犬ッコと猫とうろこ玉』を成立させるのは無理だ。機構本部にSOSを送って、回収してもらおう」
 浩太が犬の姿なりにガックリ肩を落として、言った。
「こっちからSOSを出すのは、ダメよ。浩太は、あの件で、『機構』の上の方からにらまれてるんだから」
「あぁ、そうだった。ボクの方からギブアップしたら、連中がボクに悪さをする口実を与えてやるようなものだ」

 浩太は、先輩のクローン・キャスト小梅さんと一緒に、クローン・キャストの沙紀先輩が『機構』の上層部を抱き込んで行っている悪事を妨害したことがある。元はと言えば、浩太が沙紀先輩の悪事に巻き込まれかけたので私が小梅先輩に浩太を助けて欲しいと頼んだもので、小梅先輩が沙紀先輩の手下と対決して、撃退してくれたのだ。

 でも、そのせいで、小梅先輩と浩太は、沙紀先輩とつるんでいる「機構」の上層部からにらまれている。私は、表には出なかったけど、目をつけられている可能性は、十分、ある。
 そう考えると、この仕事に浩太と一緒に起用されたことが、急に怪しく思えてきた。昔話の配役を決めるキャスティング部長も、沙紀先輩とグルのはずだから。

 あちゃ、私たち、ハメられたか? いや、ちょっと待て。浩太が6ヶ月定検をかっ飛ばしたのは、浩太本人のドジ。つまり、私たちは、まだハメられたわけじゃない。だったら、なおのこと、ギブアップしてはいけない。
「なんとかして、この昔話を成立させよう。最悪でも、『昔話成立審査会』から中止命令がくるまで、頑張る」

 昔話の進み具合は、ラムネ人・地球人合同の「昔話成立審査会」が見守っている。「審査会」は、ラムネ星と地球の間にある暗黒宇宙に設置されている。暗黒宇宙からは、日本の歴史のどの時間・どの場所で進んでいる出来事も、手に取るようにわかるのだそうだ。

「審査会」は、クローン・キャストがこれ以上演技を続けても昔話は成立しないと判断すると、中止命令を送ってくる。「審査会」にも沙紀先輩の手が回っているはず。そこから中止命令が来ないのは、私たちには、まだ希望があるということだ。

「道案内してくれる鳥役のクローン・キャストでもいればいいのになぁ……」
浩太の言葉で、私はピンときた。
「鳥さんとお友だちになれば、いいじゃない」
「えっ?」
 私は、鳥に変身できる。あの有名な昔話『鶴の恩返し』のヒロイン、鶴が持ち役だと自慢したいところだけど、私は、スタンバイ要員。本物の鶴役がケガしたり病気したりした時のための代役。それでも、鶴に変身する訓練はきちんと受けている。

 もちろん、今、ここで鶴に変身したら、間違いなく中止命令を受けてしまう。
 ところが、私は、変身しないままで鶴のテレパシーを発信するという、本物の鶴役にもできない隠し技を持っている。鶴のコトバで周りに話しかけたら、応えてくれる鳥がいるかもしれない。

 私は、さっそく、頭の中で鶴テレパシーのスイッチを入れて、「誰か、助けて」というメッセージを送り始めた。
 10分もしただろうか、バサバサと大きな羽音を立てて一羽のカラスが飛んできて、私たちの頭の上の枝に止まった。
「なんだ、鳥の仲間が困ってると思って助けにきたら、ネコじゃないか。鳥をだますな」
 カラスが怒る。
「待ってください。私は、子どものころ、猟師に捕らえられた鶴のヒナと一緒に育ちました。その時に、鶴の言葉を覚えたのです」
 浩太が犬の目を丸くして私を見るので、私は、ネコの尻尾で、浩太にシレッとしていろとサインを送った。

「鶴さんと私は、一緒の小屋に入れられていました。でも、鶴さんは、大きくなるにつれて、『外に出たい。広い世界を飛び回りたい』と言って泣くようになりました。そこで、私は、ある日、鶴さんと私にエサをくれに入ってきた猟師に飛びかかって、驚かせました。慌てた猟師は小屋の扉を開けたまま外に飛び出したので、そこから鶴さんは逃げ出すことができました。私は、猟師のところにはいられなくなったので、森に逃げ込み、そこでこの犬さんと仲良くなって、一緒に旅しています」

 カラスが、私をギロリとにらんだ。「では、お前は、鶴を助けたんだな」
「はい」
 私は、神妙に答える。
「わかった。鳥のコトバを話せて、鳥を助けたことのあるネコの頼みとあれば、聞いてやろう。わしに、どうして欲しい」
「犬さんと私は、この山を越えて西へ行こうとしていたのですが、道に迷ってしまいました。どうか、西に抜ける道を教えてください」

「えっ、なんで、西って、わかるんだよ?」
 浩太がラムネ語のテレパシーを飛ばしてきた。私は、鳥コトバに集中していたいので、シッポで浩太の顔を軽くたたいた。浩太は私の気持ちがわかったらしく、テレパシーを飛ばしてくるのを止めた。

「よっしゃ、ついて来な」と言って、低空飛行するカラスの後に続いて、私たちは山からふもとに降りることができた
「カラスさん、ありがとうございました。本当に助かりました」
 とお礼を言った私は、ふと思いついて、カラスに尋ねてみた。
「ところで、カラスさん、このあたりで、よそから来た人間が呉服屋を開いて、大もうけしている話を聞いたことは、ないですか?」
「変なことを訊く奴だな」とカラスが疑わしげな目で私を見たので、私は、総毛が逆立ちそうになった。
 でも、カラスは、すぐに表情をやわらげて、「わしは、人間どものことは良く知らんが、この先の峠に住んでるカラスは、よく町に飛んでいって、遊んでいる。そいつに聞いてみるといい」と教えてくれた。
「ありがとう、カラスさん」
 私と浩太は、シッポを千切れそうなほどに振って、カラスにお礼をした。

「美鈴は、どうして、西へ行くって、決めたの?ボクは、もう、どっちの方向にも番頭の匂いを感じることはできないんだよ」
「あれ、企画書の内容を忘れちゃった? 悪い番頭は上方から来たのよ。『うろこ玉』を盗んだ後は上方に戻って呉服屋を開くとも、書いてあったわ」
「だから、カラスに呉服屋のことを訊いたんだ」
「ええ」
 私は、ちょっと自慢気に応えていたと思う。

「クウ、クウ」と浩太が犬の声で鳴き始めた。
「どうしたの、浩太?」
浩太が、急に、身体をすり寄せてきた。
「この仕事、美鈴と一緒で、良かった。そうでなかったら、今頃、ボク、ボク・・・」
「浩太、泣かないでいいから、今度から6ヶ月定検はちゃんと受けてよ」

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