1.手抜き、発覚

文字数 2,069文字

「浩太、もしかして、さっきから、同じところをクルクル回ってたりしない?」三毛猫に変身中の私は、犬に変身している浩太に訊いた。
「深い山の中だから、そういう風に感じるだけだよ。ボクは、地球の犬の遺伝子を組み込まれてるんだぜ。美鈴の5万倍の嗅覚があるんだ。安心してなって」浩太が自信たっぷりに答える。
 私は犬の遺伝子を持っていないから、浩太にそう言われると、頭では納得するしかない。でも、私の身体は、何かおかしいと訴えてる。ちょっと、嫌な感じだ。
 
 私は、いま、日本の「むかし、むかし、あるところの」深い山中にいる。『犬ッコと猫とうろこ玉』という日本昔話を演じているところだ。
 私は、ラムネ星の「日本昔話成立支援機構」に所属する遺伝子改造型クローン人間M2488、通称「美鈴」。犬に変身している相棒は、同じく「機構」所属の遺伝子改造型クローン人間M2415、通称、「浩太」。
 
 浩太と私は、同じクローン人間養育所で育った幼馴染だけど、組んで仕事をするのは、これが初めて。しかも、この『犬ッコと猫とうろこ玉』という昔話は。浩太が演じる犬と私が演じる三毛猫が力を合わせて親切なおじいさんを危機から救う話。
 もしかして迷ったかしらという不安とは別に、私は少しワクワクしてもいる。

 私たちは、数字だらけの公式名でなく、通称で呼び合っている。養育所のマザーたちが愛情を持ってつけてくれた通称の方が本当の名前だと、私は思っている。
 あっ、私たちが話すといっても、ラムネ語のテレパシーを使ってのこと。この世界の日本人の前で出すのは、ネコと犬の声だけです。

 ラムネ星と地球の関係、「日本昔話成立支援機構」と遺伝子改造型クローン人間の必要性。この辺のところを、私は必ずしも納得できていない。納得はできないけど、私が自分に言い聞かせている内容を、ちょっとお話しますね。

 ひとつ。ラムネ星と地球は並行世界だ。地球で特別にまずいことが起こると、ラムネ星にダメージがあるらしい。反対は起こらないと言う。並行とか言っても、ラムネ星にとって損な関係みたいだ。

 ふたつ。日本人が、代々語り継がれてきた「日本昔話」を覚えている力が急に下がった。昔話の7割が忘れられたら、日本人が消滅することが理論的に予測されている。

 みっつ。なぜか、ラムネ星が「日本昔話」をくりかえし成立させる手伝いをして、日本人の昔話記憶を補強することになった。そのために「日本昔話成立支援機構」ができた。「機構」は、動物や、鬼や、色々な人間に変身できる遺伝子改造型クローン人間を作って訓練し、日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣するようになった。それが、私たちだ。

 桃太郎、乙姫、『鶴の恩返し』の鶴など、「昔話」の主なキャラクターは特別な外見や力の持ち主。それを、私たちクローン人間が演じ、地元の日本人を巻き込んで「昔話」を成立させる。
 私たちは、「昔話」を演じる役者みたいなものだから、ラムネ星人からも現代の地球人からも、クローン・キャストと呼ばれている。

 さて、今、私と浩太は、私たちを可愛がってくれたおじいさんから「うろこ玉」という大事な宝物を盗んで逃げた悪党を追っている。「うろこ玉」は、毎日、黄金の粒を1つずつ生み出すというスグレ物。おじいさんは「うろこ玉」から得た元手で呉服屋をやって成功していたのに、番頭に雇った若者に「うろこ玉」を盗まれ、商売が傾いてしまった。

 山に入って、2日目になった。浩太がはじめて首をかしげた。
「おっかしいなぁ~、番頭の匂いが段々、弱くなってきた。どうも、変な感じだ。犬に変身するのは1年ぶりだから、ちょっとノリが悪いのかなあ」

「1年ぶり」と聞いて、あたしは、ハッとした。
「浩太、6ヶ月定期点検、受けた?」
 私たちは、色々な動物の遺伝子を組み込まれているけど、しょせん、あとから付け足したものだから、メンテしないと元の動物と同じ性能を発揮できなくなる。そのために、動物変身能力については6ヶ月ごとに定期点検を受けることになっている。

「あっ」浩太が口をあけて、私を見た。
「今日が6ヶ月定検の日だった……」
「だったら、前倒しで受けてきたよね。それが、『機構』のルールだもんね」
 私は、かすかな望みをつないで、尋ねる。
「どうせ、仕事の後に終業後点検があるから、それと一緒にすれば時間の節約だと思って……」
「時間の節約だと思って?」
 心の中に残されたわずかな希望の火が消え、暗闇が広がっていく。
「受けないで、来ちゃった」

 やられたぁ~!
 仕事の前にプロジェクト管理官から渡された『犬ッコと猫とうろこ玉』の企画書には、「昔話」だから当たり前だけど、正確な場所とか距離とかは書いてなかった。でも、雰囲気的には、相当な距離、悪い番頭を追跡する感じだった。それも、浩太の鼻だけを頼りに。

 それなのに、浩太ったら、半年定検をすっ飛ばして来ちゃったなんて……もぉ、信じらんない!
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