プロローグ/「日本昔話再生支援機構」

文字数 4,047文字

1.並行世界/ラムネ星と地球

 ラムネ星が存在する宇宙は、銀河系の並行宇宙だった。そして、ラムネ星には地球という並行世界が存在した。

 結びつきが特別に強い並行世界では、自然と動植物が双子の状態で存在する。
 しかし、ラムネ星と地球の結びつきはそこまで強くはなく、自然環境は異なり、酷似した動植物が存在するだけだった。

 ラムネ星人が宇宙の秩序を恐れぬある企てを起こしさえしなければ、2つの惑星は、お互いの存在を知らぬままそれぞれの時を刻み、悠久の彼方におのおのの終焉を迎えるはずだった。


2.ラムネ星統合政府の「ブラック・エナジー計画」
 
 ラムネ星は、鉱物資源ラムネリウムにエネルギーを依存していたが、ラムネ星統合暦1910年代後半に、ラムネリウムが100年以内に枯渇するという予測が決定的なものとなった。ラムネ星統合政府は、新エネルギー源の開発を迫られることなる。

 1920年代初頭、ラムネ星統合政府は宇宙空間のブラクマターから無限のエネルギーを取り出すべく「ブラック・エナジー・プロジェクト」をスタートさせた。「ブラック・エナジー」のアイディアに対しては、宇宙の秩序を破壊するものとしてラムネ星内に反対の声が強かったため、プロジェクトは極秘裏に進められた。

 ラムネ星統合暦1964年1月27日、運命の瞬間が訪れた。巨大な人工衛星に搭載された「ブラック・エナジー・ジェネレーター」がブラックマターのエネルギー変換を開始したのだ。

 しかし、プロジェクトは開始後30分で破局を迎えた。ジェネレーターが大爆発を起こし、人口衛星もろとも消滅したのだ。この時、ラムネ星統合政府は、まったく未知の強力なエネルギ―が宇宙の彼方に放出されるのを観測した。

 「ブラック・エナジー」への反対者から追求されるのを恐れたラムネ星統合政府は、プロジェクトの失敗を完全に隠ぺいした。一般のラムネ星人たちは、自分たちが宇宙に致命的な打撃を与えたかもしれないことなどつゆ知らず、従来通りの生活を送り続けた。


3.ラムネ星エネルギーの日本直撃

 「ブラック・エナジー・ジェネレーター」の爆発によって放出された巨大エネルギーは時空間を激しく歪め、その一部が並行世界の地球に到達した。地球標準歴2,464年のことだった。
 地球のオゾン層がエネルギーの直撃から地表を守ったが、一カ所だけ例外があった。それは日本だった。

 日本は、自然の許容限界を超えた工業活動によって上空のオゾン層を極めて脆弱なものにしていた。並行宇宙に発したエネルギーは日本上空のオゾン層を突破し、日本人と日本の国土に降り注いだのだ。
 
 自然災害が日本の国土の半分を荒廃させた。地球上の多くの国々が日本製の工業製品に依存していたから、地球連邦政府は日本が自然エネルギーへの転換を進める条件つきで、日本の復興支援を開始した。

 日本の経済復興への道筋がついた2,475年。日本政府の国民精神衛生調査が、驚くべき事実を明らかにした。はじめは口から口へ、出版物等の情報媒体が発達してからは媒体から媒体へと、日本の歴史を通して伝承されてきたはずの「日本昔話」の40パーセントが日本人の脳から消滅していたのだ。

 日本でもトップクラスの科学者と巫女たちが集められ、この現象の原因と考えられる帰結を検討した。科学者と巫女たちは、宇宙からのエネルギーに直撃されて日本人の脳が遺伝子レベルで不可逆的に変化したと結論づけた。


4.地球上/日本人とその国土、終焉の予測

 日本政府を震撼させたのは、科学者と巫女たちが立てた将来予測だった。彼/彼女たちは、日本人の記憶から「日本昔話」の70パーセントが失われると、日本人と日本の国土が消滅すると予測したのだ。
 
 日本人が日本の自然と交流する中から自然発生し伝承されてきた「日本昔話」は日本人とその国土を結ぶ絆であり、その絆が絶たれることは、日本人とその国土の消滅をもたらすというのが彼/彼女らの予測の根拠だった。

 日本政府は、極秘裏に地球連邦政府に再検証を依頼した。地球の「ベスト・アンドブライテスト」の科学者と巫女たちが南極の秘密基地に集められ、日本の将来予測を行った。その結論は、日本の科学者と巫女たちが出したものと同じだった。

 しかし、「ベスト・アンドブライテスト」たちは、日本の科学者と巫女たちがなし得なかったことを達成した。日本人の脳を不可逆的に変性させたエネルギーが地球の並行世界から放出されたことを突き止めたのである。


5.宇宙/地球からラムネ星への損害賠償請求

 地球標準歴2,480年、地球連邦政府は、ラムネ星への損害賠償請求を決定した。それは、ラムネ星の植民地化も視野に入れたものだった。

 巨大なエネルギーで時空の歪みを発生させラムネ星に達する時空超越宇宙トンネルを開削すべく、未処分のまま残されていた熱核爆弾すべてと地中深く保管されていた高濃度核廃棄物を宇宙空間で炸裂させた。

 地球標準歴2465年、ラムネ星統合暦1980年、時空に裂け目が生じ地球から太陽系のラムネ星への時空超越トンネルが開通した。

 時空転移装置でラムネ星に降り立った地球連邦政府の全権大使が示した損害賠償請求はラムネ星統合政府を震撼させた。地球連邦政府は、損害賠償がなされない場合、ラムネ星人が免疫を持たない地球のウィルスを送り込むと告げ、ラムネ星を脅迫した。


6.ラムネ星/ラムネ星統合政府の対策

 ラムネ星統合政府は必死の外交努力で時間を稼ぎつつ、ラムネ星の「ベスト・アンド・ブライテスト」を集めて、日本人と日本の国土消滅を防ぐ方策を検討させた。
 その結果提案されたのが、ラムネ星人が日本の「むかし、むかし、あるところに」飛んで、同じ「日本昔話」を繰り返し、繰り返し再生するというプランだった。

 日本人の脳が不可逆手に変性したのは地球標準暦2,464年である。その時点以前で、個々の「日本昔話」が出現し伝承される回数を限りなく増やすことで、記憶の喪失を補おうというのである。

 ラムネ星と地球は元々別の宇宙に存在するので、ラムネ星人が地球の過去に時空転移しても地球上のタイムラインに悪影響はないと考えられた。

 しかし、ひとつ問題があった。「日本昔話」のメイン・キャラクターは人間だけではない。イヌ、ネコ、サル、クマ、キツネ、タヌキなどの動物、さらにはお地蔵さんや茶釜などの物までが重要な役割を果たす。

 この問題への打開策として打ち出されたのが、遺伝子操作で変身能力を組み込んだラムネ星人のクローンを地球に送り込むことだった。

 提案は地球連邦政府に伝えられ、地球の「ベスト・アンド・ブライテスト」の検証を受けた。結論は、効果のほどは確かではないが、ラムネ星人のクローンが地球の過去に時空転移することの悪影響はないというものだった。

 日本政府は、地球連邦政府に対し、消滅してしまう日本人が賠償金を得てもその意味は乏しく、むしろ、限りなくゼロに近くてもよいから消滅を防ぐチャンスを確保して欲しいと訴えた。


7.ラムネ星・地球/「日本昔話再生支援機構」設立合意

 ラムネ星統合暦1,985年、地球標準歴2,465年、地球連邦政府とラムネ星統合政府は、「日本昔話再生支援条約」を締結した。
 
 この条約により、ラムネ星統合政府が「日本昔話再生支援機構」を設立することが決定された。「日本昔話再生支援機構」は遺伝子操作によって変身能力を付与したクローン人間を製造し、「日本昔話」を再生する演者、つまりクローン・キャストとして訓練する。

 クローン・キャストは時空転移装置で日本の「むかし、むかし、あるところに」飛んで、「日本昔話」を再生する。これに関する費用は、すべてラムネ星統合政府が負担することとなった。

 ラムネ星と地球を結ぶ時空超越トンネル内に地球・ラムネ星合同の「昔話成立審査会」を設置し、昔話の進行を見張り、その成立・不成立を判定することも決定された。時空超越トンネルからは、地球の過去のどの時間・どの場所での出来事も観測することができたのである。

「日本昔話再生支援条約」は、3年間の期限つき条約とされた。ラムネ星のクローン・キャストが3年間「日本昔話」の再生を続けても日本人の昔話記憶に改善が見られない場合、条約は打ち切りとなり、ラムネ星統合政府は直ちに地球連邦政府の損害賠償に応じることが、条約と同時に取り決められたのだ。


8.ラムネ星/ラムネ星統合政府による隠ぺい

 ラムネ星統合政府は、地球連邦政府との「日本昔話成立支援条約」の内容を、ラムネ星人からはもちろん、クローン・キャストからも完全に隠ぺいした。それが明らかになることは、ラムネ星統合政府の宇宙規模の失態が白日のもとにさらされることを意味した。
 
 条約の実態を知るのは、ラムネ星統合政府の対地球窓口の高級官僚と、「日本昔話再生支援機構」のラムネ星人の極めて限られた幹部職員だけだった。

 ラムネ星統合政府は、一般のラムネ星人とクローン・キャストには、ラムネ星統合政府が「純然たる善意」により地球の日本人民と国土の救済に乗り出したと説明した。地球連邦政府も、ラムネ星統合政府が表向きこのような説明を使うことを暗黙裡に承認した。

 この経過から明らかなように、「日本昔話再生支援条約」は、圧倒的に地球連邦政府が有利な不平等条約である。

 こうして、実質は地球連邦政府に縛られた中で、ラムネ星統合政府の「純然たる善意」を信じて疑わないクローン・キャストたちの奮闘が始まった。

 「日本昔話再生支援機構」によるクローン・キャスト派遣が開始されて70年経った現在、日本人の昔話記憶は改善はしていないが、下げ止まっている。




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