二 訪う者
文字数 1,644文字
辺りが赤色の霧に染まっているのかと思うほどに、実験棟の中は血の匂いが充満していた。
「容赦なしか」
サムエルはコンクリートむき出しの床の上に転がっている、胸部から肋骨が露出しその下の腹部から内臓がはみ出ている人間の死体を見つめながら呟いた。
「上のフロアは制圧した。目標がいるのは下のフロアだ。進め」
階下に向かって伸びている階段の下、サムエルのいる所から数十メートル離れた場所から声が聞こえて来る。動力付装甲服の外部スピーカーから発せられている、特有のノイズに塗れたその声を聞いて、サムエルは、懐かしい。と思った。
「まだここに一人いるぞ」
サムエルは大きな声を出す。コンクリート製の階段の上を、金属製の重厚な物体が上がって来る重々しくも喧しい音がし始める。
「センサーに反応が出ているから知っていた。陽動部隊が外にいるのに、我々がいるこの場所にこんなに早く来られるのは君しかいない。そうだろう?」
重厚な物体が足を止めると、そう外部スピーカーから発せられた音声が告げた。
「10式動力付装甲服に偽装したのか。見事な物だ」
サムエルは階下から現れ自分の傍まで来た、金属製の頭部のない逆さまにした卵型の胴体部分から、人の物と同じような形状をした金属製の手足の生えている物体に向かって言った。全高三メートルの頭部のない巨人に見えるそれは、陸上自衛隊が正式採用している主力戦車に代わって配備されつつある、10式動力付装甲服と呼ばれる次世代型主力二足歩行兵器だった。
「これは本物の10式だ。千九百七十年に日米安全保障条約が破棄されてから随分経ったが、
この国にはまだまだ我が国に協力的な組織がある」
スピーカーから発せられる音声がそこで途切れると、10式の胴体の後部にあるハッチが開いた。
「ただ、こいつの中は他人の臭いがして困る。やはり女と装甲服は自分だけの為の物の方がいい」
言いながらサムエルと同じように、迷彩服三型に身を包んだ男が10式の前に回り込んで来た。
「よう。ハワード。久し振りだな」
サムエルは言い、拳を握った右手を男の方に向かって突き出した。
「サムエル。元気そうで何よりだ」
ハワードも拳を突き出すとそう言って、拳をサムエルの拳に合わせる。
「ここまでは順調だ。だが、下には化物達がいるのだろう? こいつでやれるのか?」
ハワードが拳を引くと、オールバックにしている金色の髪をその手で撫で付けながら言う。
「下にいる奴らは度重なる実験の所為で死に掛けている。まともに戦えるのは一体か二体。それも、意識がはっきりとしていればの話だ。投薬して意識を奪ってある。どいつもこいつも重度の薬物中毒患者さ」
サムエルはそう言うと笑みを顔に浮かべた。
「その話は聞いている。だが、そういうこっちにとっての都合のいい話というのは信用できない。そういう話には大体裏がある。お前に裏があるようにな」
ハワードが言い、真摯な目をサムエルに向けた。
「しょうがないさ。彼女の事は本気で愛している。だが、俺はここに任務できた。俺は今は米国に雇われている。この国にも雇われてはいるが、それは、本当の雇い主である米国側の指示でやった事だ。本当の雇い主の事は裏切らない。今は傭兵も信用が第一の時代だ」
サムエルは頭の中に麗子の顔を思い浮かべながら言った。
「そうか。それならばこれ以上は何も言うまい。会えて良かった。そっちの仕事は頼む。そろそろ俺は行く。あまり時間はないからな」
ハワードが言うと、10式の裏側に回り込んだ。
「すぐに俺も行動を開始する。今、自立運転状態で俺の10式がこっちに向かっている」
サムエルは言った。
「ここまではただの虐殺だったが、ここからはそうはいくまい。俺の勘がそう告げているんだ。知っているだろう? 俺の勘は良く当たる」
その声を最後に、ハワードの姿が10式の中に消える。
「そうだったな。ハワード。くれぐれも用心しろよ」
喧しくも重々しい音をたてて遠ざかって行く10式の背中に向かってサムエルは言った。
「容赦なしか」
サムエルはコンクリートむき出しの床の上に転がっている、胸部から肋骨が露出しその下の腹部から内臓がはみ出ている人間の死体を見つめながら呟いた。
「上のフロアは制圧した。目標がいるのは下のフロアだ。進め」
階下に向かって伸びている階段の下、サムエルのいる所から数十メートル離れた場所から声が聞こえて来る。動力付装甲服の外部スピーカーから発せられている、特有のノイズに塗れたその声を聞いて、サムエルは、懐かしい。と思った。
「まだここに一人いるぞ」
サムエルは大きな声を出す。コンクリート製の階段の上を、金属製の重厚な物体が上がって来る重々しくも喧しい音がし始める。
「センサーに反応が出ているから知っていた。陽動部隊が外にいるのに、我々がいるこの場所にこんなに早く来られるのは君しかいない。そうだろう?」
重厚な物体が足を止めると、そう外部スピーカーから発せられた音声が告げた。
「10式動力付装甲服に偽装したのか。見事な物だ」
サムエルは階下から現れ自分の傍まで来た、金属製の頭部のない逆さまにした卵型の胴体部分から、人の物と同じような形状をした金属製の手足の生えている物体に向かって言った。全高三メートルの頭部のない巨人に見えるそれは、陸上自衛隊が正式採用している主力戦車に代わって配備されつつある、10式動力付装甲服と呼ばれる次世代型主力二足歩行兵器だった。
「これは本物の10式だ。千九百七十年に日米安全保障条約が破棄されてから随分経ったが、
この国にはまだまだ我が国に協力的な組織がある」
スピーカーから発せられる音声がそこで途切れると、10式の胴体の後部にあるハッチが開いた。
「ただ、こいつの中は他人の臭いがして困る。やはり女と装甲服は自分だけの為の物の方がいい」
言いながらサムエルと同じように、迷彩服三型に身を包んだ男が10式の前に回り込んで来た。
「よう。ハワード。久し振りだな」
サムエルは言い、拳を握った右手を男の方に向かって突き出した。
「サムエル。元気そうで何よりだ」
ハワードも拳を突き出すとそう言って、拳をサムエルの拳に合わせる。
「ここまでは順調だ。だが、下には化物達がいるのだろう? こいつでやれるのか?」
ハワードが拳を引くと、オールバックにしている金色の髪をその手で撫で付けながら言う。
「下にいる奴らは度重なる実験の所為で死に掛けている。まともに戦えるのは一体か二体。それも、意識がはっきりとしていればの話だ。投薬して意識を奪ってある。どいつもこいつも重度の薬物中毒患者さ」
サムエルはそう言うと笑みを顔に浮かべた。
「その話は聞いている。だが、そういうこっちにとっての都合のいい話というのは信用できない。そういう話には大体裏がある。お前に裏があるようにな」
ハワードが言い、真摯な目をサムエルに向けた。
「しょうがないさ。彼女の事は本気で愛している。だが、俺はここに任務できた。俺は今は米国に雇われている。この国にも雇われてはいるが、それは、本当の雇い主である米国側の指示でやった事だ。本当の雇い主の事は裏切らない。今は傭兵も信用が第一の時代だ」
サムエルは頭の中に麗子の顔を思い浮かべながら言った。
「そうか。それならばこれ以上は何も言うまい。会えて良かった。そっちの仕事は頼む。そろそろ俺は行く。あまり時間はないからな」
ハワードが言うと、10式の裏側に回り込んだ。
「すぐに俺も行動を開始する。今、自立運転状態で俺の10式がこっちに向かっている」
サムエルは言った。
「ここまではただの虐殺だったが、ここからはそうはいくまい。俺の勘がそう告げているんだ。知っているだろう? 俺の勘は良く当たる」
その声を最後に、ハワードの姿が10式の中に消える。
「そうだったな。ハワード。くれぐれも用心しろよ」
喧しくも重々しい音をたてて遠ざかって行く10式の背中に向かってサムエルは言った。