第一章 0才

文字数 635文字

 雪がどこから舞い降りてくるのか、幼年期の私は不思議で仕方がなかった。この純朴な無垢なものの始まりへと、私は行ってみたいと憧れた。この天上からの芸術を掴んで羽ばたけたなら、その先に、あなたがいてくれたらと。私の、か細い睫毛でやっと耐えうる重みが、一枚、一枚、さらに一枚と、重なっていった。古寺の名前はわからない。南向きの中門の檜の両扉は誰かを守るように固く閉められていて、境内の東の手水舎の水鉢には、鴇色をした山茶花が、一輪浮かんで漂っている。東西南北には黄土で築かれた土塀が見える。時間が経ったのだろう。その至る所で、築地は白く剥かれて、朽ち、ひび割れた間の無数から、根上がりの松が塒巻く白蛇のごとく、間から間、大地へ空へと、絡んで伸びていた。松葉の彼方の空は、暗く、青黒く且つ淡い色をして、この雪の降る時を黒く締め上げていた。
 静謐な空気が、私を侘しくさせた。私の感覚は想像以上に、空間に根を広げていたのだと思う。まだ自力では起き上がれぬこの五体で、私は掴めた。
 中門の外の南天の葉が揺れて、実が雪と共に落ちるのも、中門の片扉が軋みながら開くのも分かった。私の五体が寝かされているこの金堂へ近づく香りは、私を包む衣から発する匂いと同一であった。匂いの距離が等しくなってゆく。私の前に、穏やかなあなたが覗き込む。生活と、時の流れにひび割れた、手の指先で、睫毛の雪を拭ってくれた。私はあなたの瞳の内に私を見つけて、この人こそが、生涯、唯一の愛、そのものであると感知した。
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