第二章 子守唄と鳳凰

文字数 768文字

第ニ章 

 火葬の煙が南の小高い里山にて立ち昇るのを見て、私は心から祈った。煙はゆらゆら風に遊ばれて、大丸の月を美しく霞ませた。匂いはここへは届かないけれど、ほのかに優しい香の匂いが、抒情的瞬間の連続に良く合って、死と私の距離をうまく緩和させていた。
あなたも遠くの葬煙をじっと見て、垂れ下がる前髪の隙間から、泣き虫な私のために、日々歌を詠んだ。

「ねんねんころりよ おころりよ
 坊やはよい子だ ねんねしな
 坊やのお守はどこへ行た
 あの山越えて里へ行た
 里の土産になにもろた
 でんでん太鼓に笙の笛
 起き上がり小法師に豆太鼓」
 
 歌の意味など知らなかった。歌は不思議と心を温かくさせた。金堂の床は黒褐色の檜で、あの月の銀色の光を写し込んで、鈍く艶めいていた。あなたは、その一重の薄い衣で、開け放たれた睦月の床で、私をあやしてくれたのだ。今思えば、あの情景の日日は、あなたのおかげであった。私の心臓の上に掌を重ねて、優しく調子をとっているのが分かった。その時間は永遠に終わらない時間となった。あなたは日々の苦労を見せまいといつも微笑みを見せて、見事に歌い切った。しばらくあなたは私を撫でて、静かに境内の土塀の方へと体を向けた。何かをあなたは、感じていた。私はあなたの視線の送る先へと目をやった。土塀のひび割れた向こう側には一羽の鳳凰が居て、あなたのことをじっと見つめていた。瑠璃色の嘴を備えた頭に、白桃色の羽を畳んだ丸みを帯びた胴を持ち、青龍色の細い脚の片方を少し浮かせた精悍と緊張の佇まいでこちらを見ていた。
あなたの歌に惹かれてやってきたのだろうか。
 床が軋んで、あなたが立ち上がったと同時に、鳳凰は勢いよく羽を広げて南の夜空へと羽ばたいた。
 もう、火葬の煙は消えていた。ただまん丸い月の方へ、鳳凰が飛び去っていく様を私とあなたは見つめていた。
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