第11話 とある青年、友人からの指摘に動揺する

文字数 1,555文字

 「ネルちゃん、今度はこう言うのはどう?」
 「え?…あ、かわいい…」
 「でしょ? ね、着てみて着てみて」

 通路向こうの店舗で服に埋もれる楽しげな二人を見ながら、俺はブラックの缶コーヒーを飲む。右肩に掛けたエコバッグが、持ち始めた時より重く感じられる。

 はあ…。

 「…何で女性って、皆あんなに服が好きなんだろうな…」
 「…あー。そういやうちの母ちゃんも、服屋入ると長かったわ…」
 声のする左隣を見下ろすと、フェルがしゃがみこんで項垂れている。…が、それも無理もない。何故なら二人が眼前の服屋に入ってから、そろそろ三十分が経とうとしている。

 「はあ…」

 …俺だって、椅子があったら座りたい…。

 「いつまで掛かるんだろうな〜…」
 フェルがぼやきながら、さも怠そうな緩慢な動きで顔を上げる。そしてそのままよろよろと立ち上がると、凝り固まった身体を解す様に、ぐーっと伸びをした。
 俺は残り少なくなった缶コーヒーを、手持ち無沙汰にクルクルと回す。
 「はぁ…」
 楽しそうな由羅さんを見られるのはいいが、こう立ちっぱなしだと、流石に俺も疲れてくる。これを飲み干したら、缶を捨てるついでに言いに行こうか。
 俺はそう決心し、コーヒーを飲み干す。
 さて捨てに行こうと片足を浮かし掛けた時、
 「…なあセル」
 「ん?」
 身体を伸ばし終わったらしいフェルが、ふととんでもない事を言い出した。

 「お前ユラさんのこと好きだろ」

 「………………はっっっ⁈」
 「いや『間』っ!…っ、くっ…ふはっはははっ」
 フェルが堪え切れないといった様子で笑いだす。俺は何故か腹が立って、
 「何でそんな考えに至るんだよ!」
 と、笑うフェルに言い返した。フェルは尚も笑い続けている。
 「いや、何でも何も…、くっ…お前、ユラさんの事、かなり優しい顔して見てるし。ふっ…三十分も立たされてるのに、文句の一つも言わねぇし」
 「今言いに行くところだったんだよ!」
 「そうか、優しい顔は否定しないのか」
 「っ、」
 俺がフェルを睨むと、フェルはやっと笑いを納め、『悪い悪い』と顔は笑顔のまま、両手をパタパタと振った。
 「いやぁ〜、お前も人を好きになったりするんだなぁ…」
 「っ、馬鹿にしてるだろ。それ」
 「いやいや。ちゃんと祝ってるって。良かったな、良い人に出逢えて」
 「………」

 …それは、否定しない。
 確かに彼女の笑顔は見ていると心が安らぐし、彼女が寂しそう・悲しそうな顔をしていると、それを放ってはおけないと思う。
 …だが、そう思ってるだけで、別に好きとかそういう感情は…。
 ……。
 …………。
 ………………

 「…セルくん?」
 「わあっ」
 突然目の前に件の由羅さんの顔が現れ、俺は驚いて身を退け反らせる。
 「って!」
 反らせた拍子に背後の柱に頭をぶつけ、思わず声を上げる。
 「大丈夫っ?」
 そんな俺に、由羅さんが慌てて更に近付く。
 心臓の鼓動が、胸を内側から叩く様に、大きく鳴っている。

 「…っ」

 由羅さんの顔が、…近い…

 「…っ、大丈夫です。ちょっと考え事してて、驚いただけですから!」

 『これ、ちょっと捨てて来ます』と俺は言って、由羅さんと柱の間から、するりと身体を逃がした。

 …ああもう!この間からこんなんばっかりだ!
 「しっかりしろ俺!」
 俺は大股で歩きながら、自分の両頬を、缶を持ったままばちんと(はた)く。
 落ち着いてから振り返ると、由羅さんが少し俯いているのが見えた。


 …そんな顔を、俺はさせたくないのに。

 「っ!」

 俺はコーヒーの缶を、八つ当たり気味に、ゴミ箱へ投げ込んだ。



 − 続く−
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

セル 


十九歳の青年。本作の主人公。

由羅さんに助けられて、今は一緒に暮らしている。

思慮深く、感情が表に出にくいタイプだが、無表情ではない。

由羅さんの作るご飯に、胃袋を掴まれている。

由羅さん(ゆらさん)


二十代後半くらいの女性。怪我をしていたセルを助けた。本名は黒川由羅(くろかわ ゆら)。

山の中腹にある一軒家に一人で住んでいたが、セルが来てからは、彼に部屋を割り当て、共に暮らしている。料理上手で優しく、家庭的。仕事はPC使用の在宅勤務。

時折寂しそうな笑顔を浮かべる。

ネル


十九歳の魔法士の少女。セル、フェルの幼馴染み。本名はスピルネル・エレングラル。

有名な魔法士の両親同様魔力量がとても多く、難しい魔法の扱いにも長けている。

反面手先は不器用で、包丁の扱いも危なっかしい。暗いところが苦手。

フェル


十九歳の魔法士の青年。セル、ネルの幼馴染み。本名はフェルマー。人間とエルフのハーフ。

明るくノリの良い性格で、ふざけたりネルをからかったりもするが、魔法には真面目に取り組んでいる。

木工職人の父譲りか手先がとても器用。愛用の小型ナイフで木製小物を作るのが趣味。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み