第7話 とある青年、故郷の友人達と、再会を果たす

文字数 1,326文字

 「ん…?」

 朝八時頃。朝食後、いつもの様にこの世界の文字を覚えるために、コーヒーをお供に本を読んでいると、森の方から、大きな魔力の波動を感じた。

 …この世界にも、多少の魔力はある。
 しかし、それは生き物や植物の持つ(わず)かなもので、ここまで大きなものは、今のところ、感じた事がない。

 というか、この魔力の感じ…

 俺は本を閉じてソファーから立ち、急いで玄関へと向かう。
 「セルくん?」
 俺の行動に疑問を持ったらしい由羅さんに呼び止められたが、俺は一瞬立ち止まり、
 「ちょっと出て来ます」
 とだけ言い、玄関の外へと出た。
 外へ出た俺は、魔力の流れてくる方向、由羅さんの家から離れた森の中へと、向かって歩いて行く。
 「………」
 魔力の流れを追って森の中を暫く歩いていると、その流れの出発地点が、自分がこの世界に来た時、最初にいた場所だという事に気付いた。

 …同じ場所に、…強い、魔力の波動。

 「…まさか、また俺みたいに…!」

 流れを追う足が段々と速くなる。

 俺は自分の予想が外れることを願いながら、森の奥へと、急ぎ駆け出した。


 「はあっ、はあっ、はあっ…」
 頰から流れる汗を手の甲で拭い、俺は正面に聳え立つ一本の()を睨み付ける。
 この樹はかなり幹の太いもので、恐らくこの森の中でも、一番樹齢が高い樹。多分大樹とか、そう呼ばれる(たぐい)のものだ。

 …俺はこの樹を知っている。

 …この樹は…

 「…っ!」

 大樹を睨み付けていると、()の裏側から、人の声が聞こえたような気がした。
 俺は耳を澄まし、声の正体を探る。
 声は、低いものと少し高いものの二種類あり、恐らくは青年と少女のものだ。どうやら二人は、何か言い争っているらしい。
 「…ん?」
 …というか、この声…

 俺は大樹を回り、恐る恐るその向こう側を覗く。

 「…だから!悪かったって言ってるでしょ?」
 「それ、全然謝ってる側の態度じゃないよな!ホントにそう思ってんのか?」
 「なに?じゃどうすれば許してくれるわけ?」
 「許すとか許さないとかじゃなくて…」

 ………

 「…お前ら、何してるんだ?」

 大樹の向こう側に居たのは、紺のローブを着た鮮やかな薔薇色(ばらいろ)の髪の少女と、薄い金髪に特徴的な明るい緑の瞳を持つ、エルフと人間のハーフの青年だった。

 「はああぁぁー……っ」
 俺は盛大にため息をつく。
 どっかで聞いた声だと思ったら…。
 「…そう言えば、近いうちに来るとか、そんな事言ってたっけな…」
 俺はチラと二人を見る。
 二人共別れた時から大した変化はなく、その性格や喧嘩の様子にも、成長の色は見られなかった。
 「はあ…」
 俺はもう一度ため息をつく。
 普通は久々に会えて感動する場面なのかもしれないが、この二人の場合、見てる側は、呆れることしかできない。

 「…ネル。フェル。お前らこんなとこまで来てても、やっぱり喧嘩するんだな」

 俺はふっと苦笑しながら二人の顔を見る。

 二人も俺の顔を見て、それぞれ、ニッと嬉しそうに笑ったのだった。



 − 続く−
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登場人物紹介

セル 


十九歳の青年。本作の主人公。

由羅さんに助けられて、今は一緒に暮らしている。

思慮深く、感情が表に出にくいタイプだが、無表情ではない。

由羅さんの作るご飯に、胃袋を掴まれている。

由羅さん(ゆらさん)


二十代後半くらいの女性。怪我をしていたセルを助けた。本名は黒川由羅(くろかわ ゆら)。

山の中腹にある一軒家に一人で住んでいたが、セルが来てからは、彼に部屋を割り当て、共に暮らしている。料理上手で優しく、家庭的。仕事はPC使用の在宅勤務。

時折寂しそうな笑顔を浮かべる。

ネル


十九歳の魔法士の少女。セル、フェルの幼馴染み。本名はスピルネル・エレングラル。

有名な魔法士の両親同様魔力量がとても多く、難しい魔法の扱いにも長けている。

反面手先は不器用で、包丁の扱いも危なっかしい。暗いところが苦手。

フェル


十九歳の魔法士の青年。セル、ネルの幼馴染み。本名はフェルマー。人間とエルフのハーフ。

明るくノリの良い性格で、ふざけたりネルをからかったりもするが、魔法には真面目に取り組んでいる。

木工職人の父譲りか手先がとても器用。愛用の小型ナイフで木製小物を作るのが趣味。

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