第9話 とある女性、青年の友人と対面する/とある青年、何かに気付きかける
文字数 3,732文字
「そういえばセル、お前今どこに住んでんだ?」
久々の再会に、村での懐かしい出来事を思い出し話していると、フェルが突然聞いてくる。
そういえば…。
言われてみると、確かにまだその事については話していない。
俺は二人に、自分を助けてくれた女性の事と、その人の家に今住まわせてもらっている事を話した。
「ちょ、それ…」
話を終えると、ネルが歯切れの悪い呟きを零し、口元をひきつらせた。
…何だ、俺は何か変な事を言ったか…?
俺がそう思っていると、フェルがネルの肩に手をポンと置き、何やらボソッと話し掛ける。
すると、
「ああ…。そうよね。セルだもんね」
とネルは勝手に納得し、何故かうんうんと頷いた。
「何だ?」
俺は訝しんで二人に訊く。しかし二人は、
「いや、セルは気にしなくて良い。と言うか、その状況なら、知らない方がいい」
「うん。あんたはそのまんまの方がいいわ。その女性にとっても、セルにとってもね」
と、はぐらかして教えてはくれなかった。
…まあ、この二人が知らない方がいいと言うなら、取り敢えずはいい…か。
フェルもネルも、悪意で隠し事をする様な性格ではないし、必要な事なら、その時に教えてくれるだろう。
俺がそうやって納得していると、突然フェルが、鋭い目付きで俺の後ろの方を見た。
「どうしたの?」
ネルが訊くとフェルは、『誰か来る』と声量を抑えて呟き、俺達にも警戒するように促した。
三人で息を殺してやって来る何者かを待つ。
しかし俺は、直ぐにその人物が警戒する様な相手ではないと思い至り、警戒を解いて振り返る。
何しろここは、市街の外れの山の中だ。山菜の季節もとうに過ぎた今は、街の人達も滅多な事では入って来ない。
ならこんな所に来る人間は…
俺は緊張を解いて、大樹の向こうを見る。
裏から現れたのは…
この山に唯一建った一軒家の家主。俺の良く知る女性、由羅さんだった。
「あ…居た…」
由羅さんは俺の姿を見ると、ホッと安堵した様に、ため息を零す。
そんな由羅さんを見て、俺は自分が
「行き先も言わずに出掛けてしまってすみません」
「あ、ううん。セルくんが謝る様な事じゃないから…」
由羅さんはそう言って、弱々しく微笑んだ。
俺はその顔を見て、悪い事をしたな、と少し反省する。
…これは最近気付いた事だが、多分、由羅さんも過去に、誰かが突然居なくなるという経験をしている。何があったのかは流石に分からないが、誰が居なくなったかは、彼女を見ていれば、何となく分かってしまった。
…俺は彼女に、“寂しそうな笑顔”ではなく、“嬉しそうな笑顔”で笑ってほしい。
俺は由羅さんに、今度からはきちんと行き先を告げてから出掛けます、と言って、もう一度謝った。
由羅さんは、今度は少し、困った様な笑顔で笑った。
俺は由羅さんのその表情で、もう大丈夫そうだなと判断し、ネルとフェルを呼んだ。
俺が双方への簡単な紹介を済ませると、今度は二人共、自身での自己紹介を始めた。
「…初めまして。御紹介に預かりました、セルの幼馴染のスピルネルです。セルを助けて頂いて、本当にありがとうございました」
ネルは滑らかな聞き取りやすい声で話して、由羅さんに深く頭を下げた。
ネルの両親は割と有名な魔法士で、幼い頃から社交場へ出る事も多かったネルは、初対面の相手への自己紹介に、人より慣れているらしい。
「えっ?…ええと…、同じくご紹介に預かりました。セルの幼馴染のフェルマーです。…セルを助けてくれて、本当にありがとうございました!」
フェルもネル同様、由羅さんに頭を下げる。
先に始めたネルがあまりにも丁寧に話していたからか、一瞬分かりやすく動揺していたが、何とか持ち直し、ネルの台詞を参考に、上手く自己紹介を終わらせる。
「…スピルネルさんと、…フェルマーくんね」
名前を呼ばれた二人が、それぞれ頷いて、『はい』と返事を返す。
今度は由羅さんが、自己紹介を始める。
「こちらこそ初めまして、御紹介に預かりました、黒川由羅です。二人の事は、少しだけ、セルくんから聞いています。…“助けた”だなんて…私こそ、セルくんにいつも助けて貰ってるのに…」
由羅さんはそう言って、少し照れた様な笑顔を見せる。
そして…、
「…えっと、歳は少し離れちゃうけど…私とも、仲良くしてくれると嬉しいな…」
と、由羅さんは照れ顔のまま、二人にそう言った。
「………」
「………」
「フェル? ネル?」
どうかしたか?と思い呼び掛けると、二人共我に返って、
「あっ、はい!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
と慌てて答えた。
…これで自己紹介は終わったな。
そう思った瞬間、俺は首に腕を回され、二人にグイッと引っ張られた。
「何すんだ!」
「何すんだじゃねえ!」
「あんた、あの美人さんと一緒に住んでるってほんとなの⁈」
二人は俺の首に腕を回したまま、そう訊いてくる。二人は衝撃と驚愕と、あともう幾つか感情が混ざった様な、複雑な表情をしている。
「はあ…」
俺はため息をつき、つい数十分前にした説明を、再び二人に話して聞かせる。
「…だから、さっきも話しただろ? 由羅さんに助けられて、そのまま由羅さんの家で暮らしてるって。それがどうし」
俺はそこで、二人が何に対して心配し、慌てているのか、
…っ、そうか、さっき話した時の反応は…
俺は首に回された腕を振り払い、慌てて二人に釘を刺す。
「言っとくが、二人が心配してる様な事は、何も無いからな!」
フェルとネルをそれぞれギッと睨む。
「「………」」
二人共図星だったらしい。ネルとフェルが、無言のまま視線を横に逸らす。
「はあ…」
俺は思わず頭を抱えて、ため息をつく。
「…あのな、そもそも由羅さんは、俺を助けてくれた人で、そんな人を、俺はそんな目で見ないし、恐らく見られてもいない。ただ同じ家で生活してる、それだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
俺がそう言い終えると二人は、
「…はい」
「了解…」
とだけ、返事をした。
俺はふう…と、ひと息つくと、伸びをして、二人によって縮められた背骨を伸ばした。
「……………。」
ふと、伸びをしながら改めて考える。
…確かに、由羅さんは美人だし、料理も上手くて、その上優しい…笑顔の素敵な、女性として、とても魅力的な人、だとは思う。
…しかし、俺が十九なのに対し、恐らく由羅さんは、二十代後半辺り。
そんな彼女から見れば、十九の俺なんて、まだ“子供”にしか見えないだろう。
…行く当てもなく、違う世界から来た、“迷子”。
…きっと、そんな俺を由羅さんは、放って置けなかっただけだ。
…俺が、彼女の寂しそうな笑顔を、放って置けない様に。
「あれ…?」
俺は上げっぱなしになっていた腕を下ろし、ふと気になった事を自分に問う。
…何故俺は、由羅さんの寂しそうな笑顔を放って置けない?
理由を探してみるが、はっきりと他人に説明出来る理由は、なかなか見つからない。
ただ何となく…
俺はその
「…何で」
「おーいセル?」
「…っ!」
俺は突然掛けられた声に、驚いてばっと振り返る。
振り返った俺に驚いたフェルが、目を丸くして、手を挙げて固まる。
「うおっ、なんだよビックリした〜!」
「ビックリは俺の台詞だ。…急に話し掛けるなよ」
思いの外大きくなってしまった鼓動に、俺は内心動揺していた。普段ならこのくらいで、ここまで心拍が乱れたりはしない。その事にフェルも気付いたのか、『…珍しいな。お前がビックリなんて』と、割に失礼な感想を、率直にぶつけてくる。
「はあ…で? 何の用だよ?」
一呼吸し落ち着いてからそう訊くと、フェルは『おお。忘れてた!』と言って、さっき決まった事を話し始める。
「ユラさんが、立ち話もなんだろうからって、家に誘ってくれたんだよ。んで、移動するからってんでお前も呼んだんだけど、全然反応が無い。そしたら、『セルも家の場所は知ってるんでしょ?』って、焦れたネルがユラさん連れて先に…。…セル、お前ユラさん家の場所、知ってるよな?」
「ああ。それは…」
それは勿論知っている。…が、
「…ここからどうやって帰るのかは…、…知らない」
………
「…え?」
結局俺達は、
− 続く−