第17話 隠す
文字数 1,908文字
呪われて身の回りがごたごたしたものの、今は何事も無く平和に暮らしている。
花澄の体調もいつも通りに戻ったようだし、前の席の洋介は相変わらずうるさいし、綾は毎日格好良くて可愛い。自分の日常に、警戒している洋介も入っているのは複雑な気分だけれど、関わることが多いので仕方が無い。できることならお近づきにはなりたくないのだけれども。
変わったことも無く日々過ぎていくけれど、私を呪ったのは何故なのかが分からないままだ。綾の話ではまだ話せるほどに回復はしていないのだという。確かにあの状態では解呪も簡単にはいかないだろうし。簡単にはいかないものだなあと溜息が出る。
私としては早く理由が知りたかった。訳の分からないまま排除対象にされるのは気に入らない。単独犯か組織なのかってところが一番気になるんだけれど。
私は特に目立ったことはしていないただの猫又なんだけれどなあと思いつつ、机に突っ伏す。
お日様プリーズ。
むずかしいこと考えるの止めて、ほかほかの日差しを浴びてお昼寝がしたい。それなのに、どうして今日は雨なのか。気分も曇り空のようにどんよりとしてくる。
溜息を吐くけれど、いつものように前の席からのツッコミはない。今日は休みなのか何なのか、洋介の姿はなかった。その代わりに、隣の席のメガネっ娘が声をかけてきた。
この子の名前は、天見 鈴 といって、近年有名になったアマビエの子孫らしい。疫病が流行っても押さえ込む力はないし、予言を授かるのも農業関係や疫病についてだから特にお金儲けができるわけじゃないんだよ、というのが本人の弁だ。今は農家をやりながら暮らしていると言ってたっけ。近所の農家の人には、当たり障りなく予言を伝えてるとかなんとか。現代にたくましく生きる妖怪かっこいいと思う。
「なんかお悩みかなー?」
「んー、おつかれモードなだけー」
本当の事言っても困らせるだけだし。
少しだけ顔を鈴の方に向けると、眼鏡の奥で大きな瞳を瞬かせてからニッコリしたのが見えた。そして、椅子ごと近づいてくると、私の頭を撫でてくれる。撫でられるの最高!
「天気悪いと体重いって言うもんね」
「そうそう」
元が猫なので。天気が悪いと怠さが増しましになる。
撫でてくれる手にすり寄りながら私はその感触を堪能する。人間よりも低い体温が今の気温にはちょうど良い。
あまりにも心地よくて目を細めていたから、鈴がなにかを隣でとりだしていることに気が付かなかった。
「ごめんね」
「なにが?」
そう呟いたはずの言葉は、私の口から発せられることはなかった。口をパクパクとさせても、声が音にならずに消えていく。
周りの風景はいつもの教室なのに、私だけが違うところに隔離されたみたい。透明な箱の中に入れられて宙に浮かんでいるような状態だ。
綾がこの教室に飛び込んできたのが見えたけれど、同じところにいるのに私のことが見えていないようだった。あちらの音も聞こえないけれど、ここで必死に声を上げても音になることはない。
鈴は手にしていた玉をポケットにそっと隠す。そして、近付いてきた綾と話をしていた。取り乱すことなく淡々と話す鈴の話を、綾も信じているようだった。今、その鈴に囚われたみたいだよ、私!
綾の徴もこの空間内では効力を失っているのか、綾は気付かない。こんなに近くにいるのに、触れることもできないし声も聞こえない。
いったい私が何をしたと言うんだろう。
力がないと言っていた鈴の話は私を欺くための嘘だったのか、それとも他の人と結託しているのか。綾を欺くことができる大掛かりな装置を、ただの妖怪が持っているはずがないから後者だろう。
私はここに隠されてしまった。誰も私を見ていない。
そう思ったとき、教室に入ってきた人物と目が合った。気のせいかと思ったけど、そうではないらしい。
目が合ったのは洋介だ。私と綾を見比べながら、人の悪い笑みを浮かべた。
どうして洋介だけが私のことが見えるのだろう。黒幕はこいつか!と思ったけれど、反応的に違う気がする。宙に浮いている私を見て、洋介は純粋に驚いていたからだ。
助けを求められるのは胡散臭い洋介だけだ。口パクで、たすけて、と伝える。
考える素振りをしつつ、洋介は宙に浮かんだ私の横を通って自分の席に座る。その時、私の足元に何かが転がってきた。
「あめ玉……」
前に綾に止められたあめ玉と同じ包み紙だ。これを入れたのは洋介だろう。隔離された空間に簡単に異物を入れられるなら、私を出すことも可能なんじゃないの?
そう思ったけれど、こんな目立つとこで救出劇されても困るか。
手にしたあめ玉を眺めたまま、私は途方に暮れるのだった。
花澄の体調もいつも通りに戻ったようだし、前の席の洋介は相変わらずうるさいし、綾は毎日格好良くて可愛い。自分の日常に、警戒している洋介も入っているのは複雑な気分だけれど、関わることが多いので仕方が無い。できることならお近づきにはなりたくないのだけれども。
変わったことも無く日々過ぎていくけれど、私を呪ったのは何故なのかが分からないままだ。綾の話ではまだ話せるほどに回復はしていないのだという。確かにあの状態では解呪も簡単にはいかないだろうし。簡単にはいかないものだなあと溜息が出る。
私としては早く理由が知りたかった。訳の分からないまま排除対象にされるのは気に入らない。単独犯か組織なのかってところが一番気になるんだけれど。
私は特に目立ったことはしていないただの猫又なんだけれどなあと思いつつ、机に突っ伏す。
お日様プリーズ。
むずかしいこと考えるの止めて、ほかほかの日差しを浴びてお昼寝がしたい。それなのに、どうして今日は雨なのか。気分も曇り空のようにどんよりとしてくる。
溜息を吐くけれど、いつものように前の席からのツッコミはない。今日は休みなのか何なのか、洋介の姿はなかった。その代わりに、隣の席のメガネっ娘が声をかけてきた。
この子の名前は、
「なんかお悩みかなー?」
「んー、おつかれモードなだけー」
本当の事言っても困らせるだけだし。
少しだけ顔を鈴の方に向けると、眼鏡の奥で大きな瞳を瞬かせてからニッコリしたのが見えた。そして、椅子ごと近づいてくると、私の頭を撫でてくれる。撫でられるの最高!
「天気悪いと体重いって言うもんね」
「そうそう」
元が猫なので。天気が悪いと怠さが増しましになる。
撫でてくれる手にすり寄りながら私はその感触を堪能する。人間よりも低い体温が今の気温にはちょうど良い。
あまりにも心地よくて目を細めていたから、鈴がなにかを隣でとりだしていることに気が付かなかった。
「ごめんね」
「なにが?」
そう呟いたはずの言葉は、私の口から発せられることはなかった。口をパクパクとさせても、声が音にならずに消えていく。
周りの風景はいつもの教室なのに、私だけが違うところに隔離されたみたい。透明な箱の中に入れられて宙に浮かんでいるような状態だ。
綾がこの教室に飛び込んできたのが見えたけれど、同じところにいるのに私のことが見えていないようだった。あちらの音も聞こえないけれど、ここで必死に声を上げても音になることはない。
鈴は手にしていた玉をポケットにそっと隠す。そして、近付いてきた綾と話をしていた。取り乱すことなく淡々と話す鈴の話を、綾も信じているようだった。今、その鈴に囚われたみたいだよ、私!
綾の徴もこの空間内では効力を失っているのか、綾は気付かない。こんなに近くにいるのに、触れることもできないし声も聞こえない。
いったい私が何をしたと言うんだろう。
力がないと言っていた鈴の話は私を欺くための嘘だったのか、それとも他の人と結託しているのか。綾を欺くことができる大掛かりな装置を、ただの妖怪が持っているはずがないから後者だろう。
私はここに隠されてしまった。誰も私を見ていない。
そう思ったとき、教室に入ってきた人物と目が合った。気のせいかと思ったけど、そうではないらしい。
目が合ったのは洋介だ。私と綾を見比べながら、人の悪い笑みを浮かべた。
どうして洋介だけが私のことが見えるのだろう。黒幕はこいつか!と思ったけれど、反応的に違う気がする。宙に浮いている私を見て、洋介は純粋に驚いていたからだ。
助けを求められるのは胡散臭い洋介だけだ。口パクで、たすけて、と伝える。
考える素振りをしつつ、洋介は宙に浮かんだ私の横を通って自分の席に座る。その時、私の足元に何かが転がってきた。
「あめ玉……」
前に綾に止められたあめ玉と同じ包み紙だ。これを入れたのは洋介だろう。隔離された空間に簡単に異物を入れられるなら、私を出すことも可能なんじゃないの?
そう思ったけれど、こんな目立つとこで救出劇されても困るか。
手にしたあめ玉を眺めたまま、私は途方に暮れるのだった。