第3話

文字数 3,150文字

 拘束具がライナの腕と脚をしっかりと縛り付け、拘束具の冷たい金属に触れている感覚が体に染み込んでいた。彼女の周囲には長い間放置された古びた医療器具が無造作に散乱し、部屋には腐敗した臭いと湿気が立ち込めていた。薄暗い中で、わずかに揺れる灯が影を作り出し、その影が異様に歪んで見えた。

 心臓が激しく打ち、全身が冷や汗でべっとりと濡れている。ライナは恐怖に震えながら、拘束具を再び必死に外そうとしたが、10代の人間が力づくで外せるようなものではない。手首に食い込む感覚が、彼女の心にさらに深い絶望感をもたらした。
 彼女の息が荒くなり、目の前がぼやけていく中で、自分がどうしてこんな目に遭っているのかを考えようとしたが、恐怖で頭が混乱し、冷静に思考できない。

 突然、部屋の扉が軋む音を立てて開き、不気味なシルエットが現れた。白衣を纏った男の姿が薄暗い中から浮かび上がり、人間の概形はとどめつつも、そのグロテスクに変異した姿がライナの恐怖を一層深めた。彼女の呼吸が加速し、心拍がますます強くなる。

「君みたいな新鮮な人間が、自らここに来るとは思わなかった」
 男がゆっくりと語りかける。

「だ、誰なの。お願い、これを外して。家に帰りたいの」
 ライナはただ泣き喚く。

 男は聞き入れない。
「僕のことは知っているはずだ。日記を見たろ」
「まさか、あなたがフェルナンドなの?もうここには来ないわ、約束するから。ここから出して、お願いよ」
「新鮮な脳は簡単に手放せない。私にとって必要なんだ。私が生き延びるために。その代わり君も彼らの仲間にしてあげよう」
 ドクター・フェルナンドの声は冷たく、抑揚のない響きを持っていた。

「嫌!なんで、どうしてそんなのとするの!」

 彼の言葉はライナの心に深い絶望を刻み、涙が無意識に彼女の目から溢れてくる。大声をあげて泣くことしかできない。彼女は必死に自分の感情を抑えようとしたが、恐怖と絶望が彼女の全身を支配していた。フェルナンドの冷酷な視線が彼女を突き刺す。

 ライナは彼の意図が何なのかを理解しようと必死になったが、頭の中で整理がつかず、パニックでおかしくなっている。
 フェルナンドの発言と日記から、彼がこれからライナの脳や臓器を取り出そうとしていると考えるのが妥当だろう。彼女の体は震え、目の前が暗くなるほどの恐怖が押し寄せた。

 フェルナンドが一旦部屋を出ると、ライナは再び必死に拘束具から脱出を試みた。しかしその固定はあまりにも頑丈で、冷たい金属部位が肌に食い込み、動けない体の中でさらに混乱が増していく。
 彼女は手首を固定する拘束具を力任せに引っ張るが、金具の硬さが彼女の手足を苦しめるだけだった。

 そこへ彼が再び部屋に現れた。彼の目は冷たく、彼女を見つめる視線には冷酷さと楽しみが込められていた。彼女の心臓はさらに高鳴り、息が急激に速くなった。彼はレナの苦しむ姿を楽しむかのように、その不気味に変異した体を見せつけて立っていた。

 ドクター・フェルナンドは冷酷にライナの全身を覆うように手術用覆布を被せた。手術台の横に立つと、医療器具を一つ取り出した。彼は無表情で冷淡な目つきでライナを見下ろしながら、手に持った医療器具をじっと見つめていた。

「やめて!ねえ、お願い!ああああ!クソやろう!」

 ライナは必死に体を引き抜こうとしたが、拘束具は無常にも、彼女を離さず、無機質に人体を固定する。彼女は何度も力を入れて逃げようと試みたが、成功する気配は全くなかった。
  
 ドクター・フェルナンドは手術台の横に置いた消毒液をタオルにかけ、その濡れたタオルでライナの額を丁寧に拭く。

「触るな、化け物!このクソッタレえ!おねがい、まだ死にたくないの、」
 ライナの泣き喚く声が部屋のなかに虚しく響く。
 
 彼女は必死に周囲を見回し、化け物に対抗するための手がかりを探し続けた。

 すると、左にある古びた棚に目を向けたところ、その中に薬草が並んでいることに気づいた。あの日記に書かれていた薬草だ。ライナはそれが化け物に対抗するための唯一の手がかりかもしれないと考えた。
 また、周囲の医療器具の中に目を凝らすと、固定された手の近くのテーブルの上に、古びた刃物や針、器具を見つけた。それらを使って何とか拘束具を外そうと試みる。彼女は体をひねりながらも、冷静さを保とうと努力したが、心臓は狂ったように打ち、息は荒くなっていった。
 手に神経を主柱させ、指先をピンと伸ばし、やっとのことで錆びた金属片を捕まえた。
 尾錠のピンとベルトの間にそれを挟み、器用にピンをずらしていき、ついに右手の拘束が解けた。

 フェルナンドがいよいよライナの頭蓋を開けようとその手で彼女の頭を押さえつけた時、ライナは思い切り右手で彼の腹を殴打し、左の棚から薬草の瓶を手に取った。そしてその瓶を勢いよく投げつけた。瓶が割れ、中の液体と草が飛び散ると、周囲の化け物たちは苦しむように体をよじり、その動きが鈍くなった。薬草の効果は事実のようだ。
 ライナはその隙に、左手と足の拘束を解き、逃げる準備をした。

 完全に拘束を解いた後、薬草の瓶を数本取り出し、出口に駆け、部屋の扉を開け、暗い廊下に飛び出した。廊下の壁にかけられた古びた絵や剥がれた壁紙が、不気味な雰囲気を醸し出していた。彼女の心臓は依然として激しく打ち、息は荒くなっていた。恐怖と興奮が交錯し、彼女の体は震えていた。だが、絶望的な状況を一つ乗り越え、少しの希望も芽生えていた。

 ライナは廊下の奥にある階段を見つけると、急いでそこへ向かった。
「ここに入ってきた時の階段だわ」

 階段を駆け上がりながら、彼女は時折振り返り、フェルナンドが追いかけてくる音を確かめた。すると廊下の奥から鈍い足音が聞こえてきた。ライナは驚き、息を止めた。振り返ると、奴がゆっくりと部屋から出てきたのだ。その姿は先ほどよりもさらに変異が進んでおり、顔には奇怪な変化が見られた。彼の目は深い憎しみを湛えており、ライナに対する敵意が露わだった。
 
 急いで階段を昇りきると、教会の祭壇の下に出た。教会に置かれた像や彫刻が静かにその様子を見守る。ようやく悪夢から現実に戻ってきたようだ。
 だが、まだ安心はできない。奴をここから出してはならない。
 下の方から何かが登ってくる音がする。ライナはあの化け物が登り切った時に攻撃を仕掛けて落としてやろうと決意した。
 
 音がだんだん大きく、近づいてくる。彼女は深く息を吸い込み、心を落ち着けようとした。手術台での恐怖がまだ彼女の心に色濃く残っており、彼女の身体はそれに反応して震えていた。しかし、確実に仕留めて逃げるためには、この瞬間の冷静さが必要だった。
 奴が暗闇から顔を出した瞬間、瓶の蓋を開け、大きく叫びながら、その目に勢いよく突きやしてやった。

 瓶の中に赤黒い液体が入り込み、奴の鼻腔から粘質の液体が垂れ流れ、片方の耳から、溶けた内臓のようなものが吹き出した。

「地獄に堕ちろイカれ野郎!」
 ライナはフェルナンドを蹴り飛ばし、奴は地下の深淵へ落ちていった。

 教会のステンドグラスに、わずかな光が差し込んでいた。ライナはその光を見て、希望を抱いた。光の先に出口が見え、彼女はその方向に向かって全力で走った。

 教会の正面扉を開けた瞬間、ライナは外の空気を感じ、深く息を吸い込んだ。外の世界が彼女を待っていた。
 フェルナンドの脅威から逃れた彼女は、疲れきった体を引きずりながら、自分の自転車の元へ急いだ。顔は未だ青ざめて、ヒック、ヒックとしゃくりあげていた。

 彼女はその後、自分が直面してきた恐怖と絶望を振り払うように、再び普通の生活に戻るために全力で街の中心部へ自転車を漕いで行った。
 
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