第1話

文字数 2,715文字

 夏休みの昼下がり、ライナは家のリビングで宿題に没頭していた。机の上には歴史の教科書やノートが広げられ、彼女は地元の街の歴史についてのレポートを書こうとしていた。夏の暑さが、集中力を邪魔する。やる気も薄れてくる。

「20枚も書かなきゃいけない、どうすればいいの。時間もないわ」
 ライナはため息をつきながら、教科書のページをめくった。
 母親がキッチンから顔を出し、揶揄う。
「自業自得ね。ちゃんと前もって、書き進めておかないからよ」

 ライナは小さく笑いながら答えた。
「まあね。でも、今回の歴史のレポートはちょっと難しいのよ。なんで会ったこともない昔の人間のことを調べなくちゃいけないのよ」

 母親は軽くうなずきながら言った。
「そういえば、昔話していたことがあったわね。町の外れにある廃墟の教会、覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ。『死者の教会』っていう伝説よね」

 母親は微笑んで頷いた。
「そう。あの教会の地下には古代の秘密が隠されているって言われているわ。街の歴史といえば、ついその話を思い出ししてね。もしかしたらレポートのテーマにできるかもね」
「教会の地下で呪いの実験が行われてたってやつでしょ。ふざけないでよね、レポートになるわけないじゃん」
「でもその話を聞いたあなたは、本当のことみたいに聞き入れて大泣きしてたじゃない」
「そんな昔の話、わたしもう16なの。そんなの嘘だってわかるわ」
 
 だがライナはそのことに少し興味も持っていた。実際に存在する教会らしく、そこに行くだけの時間はある。昔とは違って今は、自分のスマホも自転車もある。
 呪いの実験のことは流石に信じなかったが、教会なら歴史のレポートのテーマになりそうだと考えた。幼かった頃を懐かしむついでに、その教会について調べてみようという気持ちになったのだ。
 
 午後、ライナは自室のパソコンを開き、教会について調べ始めた。インターネットにはほとんど情報がなかった。そのかわりやはり呪の実験についての伝説や噂が多く見られた。
「くだらない記事ばっかり。でも実在する以上、管理人だっているはずよね。どうしてここまで、ネタにされてるのに情報が出てないのかしら」
 町の図書館に行けば、もっと詳細な資料が手に入るかもしれないと考えた。

 次の日、ライナは自転車に乗り、町の図書館へ向かった。到着してロビーに行くと、教会についての古い新聞記事や町の歴史書を見るために職員に尋ねた。対応したのは少し老いた男の司書だった。

「ねえ、町外れの教会のこと、知りたいんだけど。なんか昔の新聞とかの記事に乗ってない?そうなら見せて欲しいんだけど」
「死者の教会のことか。あそこに興味があるのか」
「そうよ、もう少し詳しいことが知りたいの。レポートを書かないといけないの」

 司書は彼女を資料保管室に連れて行き、昔の新聞記事と古びた蔵書を見せた。
「すごい、40年も前の新聞がそのまま残ってるなんて。街を大切にしたいって人の思いね」
「私が保管してきたんだ」

 記事には昔その近辺で起こった事件のことが書かれていた。教会の方の周辺で残忍な連続殺人が起きていたらしい。容疑者は当時医学生だったフェルナンドという青年らしいが、未だ見つかっていないそうだ。
「私がここで働いて間もないころ、彼に会ったことがあるよ。小学校ではよく動物を捕まえて解剖してた。みんなに不気味がられてたよ」
「うわあ、気持ち悪いわね」
 
 蔵書の方には『死者の教会』に関する記録がいくつか含まれており、特に興味深かったのは、教会の地下にある研究所についての記述だった。

「ちゃんと伝承としては存在するのね」

 記録によれば、教会の地下には古代の儀式を研究していた秘密の研究室が存在するという内容が含まれており、その研究所が死者を蘇らせるための実験を行っていたとされていた。
「ただの伝説だと思うだろうが、じゃあ何のために書かれたと思う」
「何か秘密があるってこと?」
「わしにもわからん、気になるならそれを貸し出してやるよ。いいレポートが書けるといいな」

 また、蔵書の中に古い地図も発見し、その地図には教会の地下研究室への入り口を示す目印が描かれていた。ライナの好奇心がさらに刺激された。

 図書館から帰る途中、ライナの心は興奮と期待でいっぱいだった。教会がどれほど荒廃しているのか、地下の研究所にはどんな秘密が待っているのか、彼女は想像を膨らませながら家に帰った。夜になり、彼女は地図を眺めながら計画を立てた。どのルートを通って教会に向かうか、地下のどこから探索を始めるかを考えた。自発的に興味を持ったことを調査するのが楽しみになっていた。

 翌朝、ライナは早めに起き、自転車に乗って町の外れに向かった。森林の中を進む道は次第に険しくなり、途中で何度も方向を確認しながら進んだ。やがて、朽ち果てた教会の姿が見えてきた。教会は長い間放置され、木々や草に覆われていた。外観は古びており、まるで時間が止まったかのような雰囲気を醸し出していた。廃墟同然で、壁には蔦が絡みつき、窓ガラスは割れていた街からは大きく外れているわけではないが、隔絶を感じる。

 教会の前に立ち、心を落ち着けるために深呼吸をしてから中へと足を踏み入れた。恐怖と興奮が入り混じった感情を抱えながら、教会の内部に入る決意を固めた。ドアを開けると、内部には長い間放置された祭壇や木製のベンチが埃をかぶり、静寂が広がっていた。教会の内部には時間が止まったような不気味な雰囲気が漂っていた。

 ライナは地図を手にし、地下への入り口を探し始めた。彫刻やベンチの間を歩き回って探した。

 そして崩れた祭壇の下に小さな扉を見つけた。それを開けると隠された地下への階段があった。奥深く下へ向かう階段で、階下は見えなかった。

「これね」

 一人が出入りするのがやっとという大きさの扉になんとか入り込み、彼女は胸の高鳴りを感じながら階段を降り始めた。階段を下りるにつれて、空気は湿っぽく、薄暗い光が彼女を照らしていた。
 暗い階段を懐中電灯の明かりで照らしながら降りていくと、地下には広い廊下が広がっていた。壁には古いランプが所々に取り付けられていたが、ほとんどが壊れており、頼りになるのは手に持つ懐中電灯だけだった。そこには古びた実験器具や埃をかぶった書物が散らばっており、陰鬱な雰囲気が漂っていた。ライナは慎重に足を進め、地下研究室を探し始めた。

「本当に、こんな場所があったなんて、、!」

 彼女はその不気味な空間に圧倒されながらも、好奇心に駆られてさらに進むことにした。廊下はひどく荒れ果てており、埃が舞い上がる中、彼女は慎重に歩みを進めた。
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