別次元の話

文字数 2,098文字

 あの、殆どっていうのは、小6の時に母親が精神おかしくして、その上不倫して家を出てっちゃったんですよ。それで、それからすぐに親父も蒸発して12才から一人で生活してたんですよね。なんで別に孤児ってわけじゃないんですけど、まあ途中からそんな感じですね。
まあ元々夫婦仲悪くて、家族団らんとかもあまりしたことなかったんで、ベタな展開ではあるんですけど。で、母親の兄夫婦がいい人たちで、(妹の行動に罪悪感を感じたのか知らないですけど)、それまで僕が住んでた団地の近くにアパートを借りてくれたんです。おかげで施設には入らずに済んだし、たまに食事を作りに来てくれたり、様子を見に来てくれたんですけど、それ以外は基本一人でした。あと、自分たちの生活のほかに甥っ子のアパート代と食費を出してくれるのが精いっぱいだったみたいで、小遣いとかそういうお金はほとんどなかったですね。
まあゲーム買えないとかは我慢できても、一番つらいのは服が買えなくていっつも同じ格好していたことですね。友達のお母さんがそいつのお兄ちゃんの着なくなった服をくれたこととかもあったんですけど、正直いつも同じ服を着なくていい嬉しさよりも、恥ずかしさとか悔しさの方が強かったです。
とにかくこの環境から離れた遠いところに行きたいと思って、そのためにはいい大学行こうと思って、死ぬほど勉強しました。もともと部活とかやる金もなかったし、バイトして一時的に金を持っても意味ないと思ったんで、とにかく勉強しました。高校は学区で真ん中ぐらいのところに行ったんですけど、高校でひたすら独学で勉強して、図書館で過去問解きまくって、なんとか大学に行きました。まあおかげで最初に名の通ったコンサルに行けたし、頑張ってよかったと思ってます。ただ、何か好きな事に夢中になったり、何かにはまったりってことがあまり出来ないのはそういう人生の裏返しかなって思ってますけど。
 
 そこまで一気に話して、上杉は少し息をついた。
「で、なんでこんな話をいきなり浦川さんにしたかってことなんですけど」と上杉は続けた。「他の人はどうでもいいんですけど、ここ最近で一番お世話になった浦川さんに嘘つきっぱなしで離れてしまうってのも気持ち悪かったんで、ちょっとお話しさせてもらいました」
「そうですか」と紀子は言った。「わざわざ話してくれてありがとうございます。そんな、気にしてもらって申し訳ないです」
「いや、こちらこそ、いろんな話聞いてもらって本当ありがとうございました」上杉はそう礼を言ってから、「ただこの話はお願いとセットなんですけど、言ってもいいですか」と言った。
「はい、どうぞ」と紀子は言った。
「この話を聞いた後に、浦川さんの中で短絡的なまとめ方をしないでほしいんです」
「短絡的なまとめ方って?」
「あまり幸福でない少年時代を送った子供はみな偏執的な性格になるとか、一人の相手に執着するとか、母親との関係性にトラウマを持った人は母性を求めて気になった女性をストーキングするとか、そういうありがちな一般論的なまとめ方のことです」
 紀子は上杉の言葉を頭の中でかみ砕いてから、「あー」と言ってから、ゆっくりと「それは、上杉さんの生い立ちと小西さんへの想いは別問題ってことですよね」と言った。
「はい、そういう事です」と上杉は言った。
「僕が小西さんのことを追いかけるのは単純にそうしたいだけであって、自分の人生がどうだったとか、どんな過程で成長したとか、そうことは全く関係ないんですよ」少し強い口調で上杉は続けた。「クソな親父とかクソなお袋とか、貧乏とか、生い立ちとか、そういうのはどうでもいいんですよ。そんなクソなものたちと、小西さんへの想いは全く別次元なものなんです」そう話す上杉の横顔には、紀子が今までに見たことの表情が浮かんでいた。一言で表現するなら、それは怒りだった。
「関係ないんですよ、マジで。そんなものはもう、とっくにどこかに置いてきたんだから」
「分かりますよ。私。上杉さんが言ってること」上杉の表情と口調に不安を感じた紀子は、半ば相手の言葉を遮るように言った。「上杉さんがしている事と、生い立ちとか、小さいときに経験されたことは関係ないってこと」
 上杉はその言葉には反応せず、黙ったまま前を見ていた。紀子は少し考えてから、「だから、愛情に飢えていた子供が将来ストーキングに走りやすいとかいうまとめ方は、ファシズムにつながるかもしれないんですよね」と言ってみた。紀子の言葉が聞こえていないのか、上杉はしばらくの間同じ体制のままどこか一点を見つめていたが、静かな声で「はい、そういうことです」と答えた。
「実際にはそういう因果関係は起こりがちなのかもしれない。そういう生い立ちの猟奇犯罪者は多いのかもしれない。でも僕は違う」上杉は再び語気を強め、固く手を握って続けた。「ただ小西さんのことが異常に好きなだけなんだ」
「生い立ちとかクソな両親とか関係ない。そんなものは別次元の話で、そんなものに、自分の小西さんへの想いを邪魔されたくない」同じ言葉を繰り返しながら、上杉は体を震わせた。
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