第1話

文字数 1,011文字

悠はベッドに横たわり、いつものように空想の世界へと逃げ込もうとしていた。彼の日常は、まるで薄い膜に包まれているようで、何もかもが曖昧で捉えどころがなかった。目を閉じると、瞼の裏にはぼんやりとした模様が現れる。それをじっと見つめているうちに、現実の輪郭が次第にぼやけ、遠のいていく。やがて体の力が抜け、呼吸音だけがはっきりと耳に届くようになった。このとき、悠が心の中で求めているのは、ただ体の痛みが消えることだった。

彼はゆっくりと意識を漂わせながら、平和な社会を頭の中に描いてみる。目を閉じた先には、奇妙な形をした生物たちがなだらかな野原で遊んでいる光景が広がっていた。彼らは食べ物を必要とせず、ただそこにいるだけで生きている。空には一片の雲もなく、少し空虚に感じられたが、空気は暖かかった。

そのとき、突然部屋の外から大きな笛のような音が響いてきた。悠はベッドから起き上がり、その音の発生源を探ろうとしたが、音はまるで地面全体から鳴っているかのようだった。彼は靴を履いて外に出ることにした。地面は小さく振動していた。不安を覚えた彼は、通りがかった少女に話しかけた。

「地面が揺れているけど、大丈夫?」と尋ねると、少女はにっこりと微笑んで「私は大丈夫よ」と答えた。その笑顔に少し安心したが、揺れは依然として続いていた。悠はスマホを取り出し、ツイッターで情報を探したが、どこにも地震についてのニュースは見当たらなかった。

「地震のニュースがないみたいだ」と言うと、少女は「私の名前は沙羅よ」と名乗り、「多分、この世界にはもう私とあなたしかいないんじゃないかしら」と言った。その言葉に悠は一瞬不安を感じたが、同時に奇妙な安心感も覚えた。もう恐ろしい人間たちはいないのだ。

「俺は悠。とりあえず家に来ないか?」悠は沙羅と共に家に戻り、アルプラゾラムを飲んだ。沙羅は静かに話し始めた。「悠がいてくれて、本当に良かった。私一人だったら、絶望していたかもしれない。」

「ああ、俺もだ。でも不安だ。この世界が平和であってほしい。今は何もかもが混乱していて、辛い。」悠の暗い表情を見た沙羅は、彼の肩に手を置いて言った。「これはきっと夢のようなものだよ。だから大丈夫。見えないものに視界や心臓を押しつぶされそうになっても、私がいるから。」

沙羅の手の温もりが肩から広がり、悠の体全体に伝わっていく。その温もりが心臓に届いたとき、悠は確かな安心感を感じた。
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