空色マジック

文字数 1,508文字

 僕は河原で腰をおろしている。
水面に陽の光が反射して、電気みたいにチカチカしていた。
ときどき手を伸ばしてみるけれど、それはどこまでも遠くにあって、届く気配はなかった。でも、届かないからこそ、光る価値があるってこともあるのだろう、となかなかに詩的なことを考えていた。
触れられたとしても、感電してしまってはいけない。
 彼女は、心の疼きを抑えられない、といった感じで、砂利を駆けている。
全く大人げないな、と思ったけれど、大人然としてただ立っているだけの僕よりは、はしゃぐ彼女の方がずっと良い。
そんな彼女に惹かれたのは僕だ。
 それにしても、もう冬だというのに、昼の太陽の力が強く、コートも必要ない。空気のせいか空もすっきりと澄み切っている。
 彼女は、近くにいたこどもたちと何やら会話をしている。
 わあ、と声が聞こえた。
 こどもが足を滑らせて転んでしまったのだ。
 幸い大事には至らなかったらしく、すぐに立ちあがって、また笑いながらどこかへ行ってしまう。

「どうしたの? 楽しくない?」

「そういうわけじゃないさ」

 息を切らせて駆け寄ってきた彼女に僕が手を振って言い返す。

「なんだか疲れちゃった」

 彼女が僕の横に座る。
 二人で、散りばめられた砂利と、無邪気に駆けるこどもと、漏電する水面と、透き通った空を見ていた。
 ほう、と彼女が息を吐く。

「寒い? もう戻ろうか?」

「だめ、もう少し、いさせて。だめ?」

「いいや、いいよ。もう少し時間はあるから」

「ありがとうね」

 お礼を言うのは僕の方だ、という言葉がなぜ今出てこないのだろう。
言葉はいつも自分勝手で、僕の言いたいことをちっとも代弁してくれない。無理やりねじ伏せようとしても、舌はもつれてしまうし、指先は硬くなってしまう。
 それに引き換え、彼女にとって、言葉は味方だ。
 友達で、仲間で、恋人だ。
 僕は、そんな彼女に寄りそうことで、何とか言葉のおこぼれにあずかろうとしているに過ぎない。

「ん? 何をしているの?」

 僕が彼女の仕草を見て疑問の声を上げる。
 彼女は指を空に向けて、くるくると回していた。

「言葉を、書いているんだよ」

「言葉? どこに?」

「言葉を、空に」

 真面目な口調で、彼女が応える。

「一体、どういう意味?」

 首を傾げた僕に、彼女は、ゆっくりと時間をかけて、言葉を選んで返す。

「この世界をね、私の言葉で満たしてあげるんだ。きれいで、やさしくて、あまいあまい言葉を、世界中に書きたいの」

 彼女は笑っていた。
 そして、少し悲しそうだった。

「私には、言葉がある。他のものはてんでだめだったけれど、言葉だけは、私のものだったから、それを誰かに伝えなくちゃいけないの」

 はっきりと、彼女は宣言をする。
 ああ、彼女のように、僕も言葉を世界に散りばめられたら。
 本物でなくてもいい、偽物でもいい、美しい言葉で世界を飾ることができたのなら。
 きっと、僕は彼女の側にいられるのだろう。
 けれど簡単なことのはずなのに、僕は胸が締め付けられてしまう。

「どこにも、書いてないじゃないか」

 ちょっとだけ意地悪を言って彼女の反応をうかがう。

「うん」

 すると彼女は、とても素敵な笑顔で、世界中を暖かくするような笑顔で、僕に向かって言った。

「それはそうよ、何せこのマジックは空色だから」

いたずらっぽく、不敵に笑う彼女に、僕は不覚にも心臓を鳴らす。

「あなたにも書いてあげる」

 くるりと、彼女が僕に向けた指を回す。
 彼女、僕に何て書いたのだろう。
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