第2話

文字数 1,060文字

「塗師を全面的にロボットに置き換える。」

 俺の勤める建築会社でその通達をみたのは啓太と横断歩道を見た次の日だった。俺は単なる事務員で職人でも何でもないから直接何かが変わるわけではないけど、何だかやるせない気持ちに支配される。
 「どうせ、若い連中には何を教えても無駄なんだ。その日の気温とか湿度とか自分で考えることを放棄しちまっている。AIの方が色んな事を学習してデータを集めては考えてやってるさ。まだ見所あるってもんだ。」
 煙草の煙を吐きながら、頭領はそう言ってどこか遠くを見ていた。

「ちょっと引き継ぎの様子を見てきてくれないか。」
 俺は上司にそう言われて現場を訪ねた。AIは頭領の過去の仕事データをすべて学習して、職人のかわりに頭領指導のもと現場で試行を始めることとなっていた。
「これはロボットというより工場だな。」
 建物に沿うように可動式レールが組まれ、その上を刷毛を装着したロボットアームが縦横無人に行き来している。
「こいつは休みませんからね。一度に作業する面積は人間の比ではありません。炎天下の中では熱の関係で多少の休憩が必要ですが、それでも人間よりも全然タフですよ。」
 説明するエンジニアも鼻高々というところだ。頭領はと見ると何やら小さな子供のようなロボットにしきりと話しかけている。どうやらこの工場のようなロボットをあの小さな奴がコントロールしているようだ。頭領が塗装の出来映えを確認するため小さなロボットの側を離れたその時、一人の若い職人が現場に近づいてきた。
「こんなガキのおもちゃみたいな奴に俺たちは仕事を奪われたのか。」
 若い職人は小さなロボットの前に立つと「ふざけんな!」と叫び手にしたバールで小さなロボットを滅多打ちにする。ロボットは粉々に砕け散り、首はもげ手足はバラバラになってしまった。
「何をしている!」
 その若い職人を警備員が取り押さえる。連行される彼の横顔は能面のように感情を失っていた。
「こんな事をしても何にもならないのね。」小さくため息をついたエンジニアは傍のボックスからさっき破壊されたのと同じ小型ロボットを取り出すとセットアップを始める。
「これは頭領とコミュニケーションを取るための単なるアバターにすぎません。本体の人工知能はクラウド上にあるのでこいつを壊されたってどおってこと無いんですよ。」
 再起動した小さなロボットはクリクリとしたまなこで俺を見上げている。何が言いたいのか、俺のことをどう思っているのか。多分、なんとも思っていないんだろうけど、心がざわざわする。太陽が眩しい。
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