第3話

文字数 1,007文字

 夜は大学時代の友人Oと待ち合わせをしていた。彼は美学を専攻し、卒業後はインダストリアルデザイナーとして活躍をしていた。俺のような普通のサラリーマンとは違う世界の人間だが、不思議と馬が合い、卒業後も定期的に飲み歩く仲だ。
「俺はもうデザイナーをやめるぞ!」俺が店に入るとOはいきなりそう切り出した。
「なんだもう酔っぱらってるのか。」
「これが酔わずにいられるかってんだよ。」
 Oは手にしたグラスをひと呷りし空にすると話しはじめた。
「今日、プレゼンがあったんだよ。うちの事務所からは3つのプランを出した。2つは俺のデザイン。もう一つは俺のデザインを学習したAIのデザインだ。」
 俺は口にしたビールを吹き出した。「お前もかよ。」
「何だお前もかって?」
「いいから、それでプレゼンどうだった?」
「取ったよ、AIのプランが。」
 Oの眼から光が消えた。
「わかんないんだよな。」
「何が?」
「どうしてあのデザインなのか。」
「元はお前のデザインから学習したんだろ。」
「ああ、それとクライアントの情報。会社の業務内容から社長の趣味まで、ありとあらゆる情報をインプットしてたよ。でもな、どうやってあのデザインになったかがわからないんだよ。悪いと言ってるんじゃ無い。プレゼンに出したんだから、うちの若いのよりずっと完成度の高いものだ。このクライアントだったらこういうの受けるってのもわかる。でもなぜこのデザインなのかが俺にはわからないんだ。」
「ブラックボックスか。」
「俺のデザインにはストーリがある。商品に繋がる道がな。でもあのAIのデザインにはストーリーが見えねぇ。何となくいいのはわかる。クライアントも満足している。でも俺は納得できねぇ。」     
 そう言ってOはお代わりしたばかりのグラスをまた空にした。俺はOに塗氏の頭領の話をした。黙って聞いていたOは最後に言った。
「こうなったのは俺たちのせいかもしれないな。俺たちがいい加減すぎたんじゃ無いか。この生活は未来永劫続くと過信してただけなのかもしれねぇ。」
 今日はいつもにも増してバーの明かりが暗く感じる。

その夜、俺は夢を見た。
大きな恐竜が恐る恐る横断歩道を渡っている。
太い足がアスファルトに描かれた縞模様をゆっくりと踏みしめる。
みしみしみし
縞模様は何も言わない。

そこに俺たちの居場所はもうないのかもしれない。

                                    了
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