第1話 挑戦

文字数 620文字

「やっ」
「ほいっ」
「よっと」

 控えめな掛け声と、木が木を打ち付ける乾いた音が体育館を緊張に引き込んでいる。掛け声に合わせて短く白い息が煙る。

 隣の子供がそれを終えると、次の子がプレッシャーで固くなっている身体を揺り起こして作業に集中する。

「そりゃっ」

 掛け声と共に身体ごと大きく上下させて、宙に浮いた紐で繋がっている玉を右手に持つ十字状の『けん』をぎこちなく動かし、その大皿の部分に玉を乗せる。

 壁には『昭成小学校 ギネスに挑戦!!』と書かれた大きな立て看板が在る。


 順序良くけん玉の音が響き渡っていたものの、そのリズムが途切れる。緊張なのか手が(かじか)んでいるのか、震えて糸先に垂らした玉の揺れが収まらない。

「城戸くん、頑張って」

 周囲から激励が飛ぶ。城戸と呼ばれた彼は大きく息を吸うと意を決して『けん』を引っ張り上げる。膝が固い……。肘、肩が身体から離れず一緒になって上下する。

「あっ!」

 玉は大皿に跳ね返って落ちた。

「あぁぁー」
 無情のため息が体育館に充満する。肩を落とす城戸。見守る父兄たちの中から自身の母親の姿を探す。母は息子と目が合うと力強く頷く。
 母の目は『そこは誰も助けてあげられない場所、あなたがやるしかないのよ』そう訴えかけていた。落とした肩に力を入れ直し、顔を上げる。

 その肩をポンと叩きながら変顔をして『気にすんな』と励ます少年が1人。立てた親指をグッと突き出す。

「うん……ありがと四季(しき)

 そう言って城戸も笑い返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み