あるいは『ダイイングメッセージは“念・力”』

文字数 1,966文字

「『残業過多で死んだ俺が異世界転生したらペンギンで念力を使えるようになっていた件』ていうライトノベルを考えてみた。どうです?」
 人見(ひとみ)麟太郎(りんたろう)が唐突に言い出した。私は恐らく目を丸くしていただろう。だがそれも一瞬のことで、次には冷静に指摘していた。
「……人見さん、あんた疲れているのか」
「よく分かったなあ、鳥井(とりい)さん。まさしく今言ったタイトルの通り、本職では残業続きでね」
「いや、そういうことじゃなく。まあいいか」
 私は自分の手を見つめ、そして相手を指差した。と言っても今は指がない。腕全体が黒い三角の着ぐるみにすっぽり収まっている。
「題名だけ思い付いたんだろう? この劇で私らに与えられた役がペンギンで、人見さんは残業で疲れている。そんな己の身を投影した」
「念力はどこから来たと思います?」
「……よくは知らないけれども、ライトノベルの異世界転生では定番の一つなんじゃないのかい? 転生した先で超常的な能力を身に付けているってのは」
「確かにそうだけど、どうせならもっとぱっとした能力を設定するのが普通でしょ」
「念力はぱっとしないのか」
「物に触れずに動かしたり壊したりするのは凄くても、あまりに基本的、ベーシックで、面白みに欠けるというか」
「よく分からない指標だ。で、あんたには他に理由があるってことになる。念力を採用した理由が」
「ご明察で」
 人見はペンギンの手で器用に指を鳴らした。布一枚を通したせいか、さすがにくぐもった音だったが。
「稽古が始まるまでまだ時間があるみたいだし、考えてもらいましょうかね。仕事上のことを外に漏らすのはよくないが、鳥井さんは町内会で防犯係を長くやっていて、信用のおける人だから、ちょっとだけ。うちの捜査一課が今、殺人事件に手こずってて。被害者が死に際の伝言を残してたんだが」
「ダイイングメッセージ」
「そう、それ。漢字で『念・力』と縦書きで。文字と文字の間には中黒があった」
 宙に文字を書く仕種をした人見。多分、“念・力”と書いたに違いないが、ペンギンの手つきでは判然としない。
「念力? まさか、被害者の死因は念力で首を折られたとか?」
 声を潜め、冗談として軽口を叩いた。
「念力によるものじゃないでしょうが、首の骨を折っていたのは当たり。詳細は伏せますが、高いところから落ちたみたいで」
「念力で突き落とされたのではないと」
 会話を続けつつ、私はペンギンの手で“念・力”と空中に書くのを繰り返した。
「はは、鳥井さんも言うねえ。死亡した状況はよく分かってないんだな、これが。遺体が見付かったのは原っぱ。周りには家どころか、大きな木や岩すらない。といってヘリコプターや飛行機から落ちたはずもなく、よそで転落死した遺体を移動させたんだろうって」
「首を折って、字が書けるんだろうか。頸椎離断とか何とか、正式な用語は忘れたが、ほぼ即死に近いこともあると聞いた覚えが」
「この被害者はそこまで酷いものではなかったようで。ま、死んだら大差ないけど。何名か疑わしいのが浮かんできてはいるが、絞り込めないんですよ。早く解決しないと、女房のやつが娘の誕生日に休みを取れず、不機嫌になる」
 人見の妻・香里奈(かりな)さんも人見と同じく刑事の職にある。夫は交通課、妻は捜査課所属という。
「疑わしい関係者の名前、把握してるのかい?」
「え? ああ、全員ではないけれども、特に容疑が濃いのを三人。大河原玉代(おおがわらたまよ)七瀬謙三(ななせけんぞう)(はら)こころ。漢字は、原こころの下の名前だけ平仮名で、あとは――」
 人見はまた宙に字を書こうとしたが、さすがに伝わるまいと気付いたらしく、着ぐるみを脱ぎ始めようとする。
「待った。脱がなくていい。とりあえず一人、ありそうな線を見出したから」
「誰です」
「原こころだ。原を片仮名にし、こころを漢字で書くとどうなる?」
「ハラ心。あ、いや縦書きか……ふむ、“念”の字になる!」
「だろう? 死にそうになっていたら、なるべく簡単に書き表そうとするはず。原よりもハラ、こころよりも心」
「なるほど、理屈は合う。でも、“力”は?
「中黒があったのだから、もう一人の名前なんじゃないかな。原こころの身内に、(つとむ)なんてのがいるのかも。原こころは女性だろうから一人で遺体を運ぶのは難しくても、つとむの手を借りて二人掛かりでなら、原っぱまで遺体を移すのは楽になる」
「むー。何とも言えませんが、貴重な意見として妻に伝えるとします」
 言葉遣いが馬鹿丁寧になった。私の仮説に、それなりに感心している証拠だ。
「ペンギンの手で電話できる?」
「短縮に入れてるんで、問題なし。ちょっくら外に出て来るんで、もし留守中に呼びに来たら、うまいこと言っといてください」
「了解した。こけないように気を付けて」
「分かってま、わ!」
 私が言ったそばから、人見ペンギンは前のめりにすっころんだ。

 おしまい

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