3.巨塔

文字数 1,967文字

 ボブ爺さんに頼んでいた荷物が無事に到着したので、(あろうことかC-5ギャラクシーで飛んで来やがった)活動を再開することにした。

 エアコンガス、エンジンオイル、さらにワックスでピカピカに磨かれた九十八年式ランドクルーザーはご機嫌で、心なしか加速の調子もいいように思えた。エアコンが効いている車内は快適で、ぼくも気分がいい。

 車を走らせながら、街というものが思いのほか頑丈にできていることに驚いた。この炎天下でも舗装は融解していないし、倒壊した建物も少ない。見上げるほど高いビル群も、歩道橋も、横断歩道の白線も、がらんどうのコンビニエンスストアも、五年前と変わらない姿でそこにあった。ただそこに人がいないだけで、街は街としてそこにあり続けていた。

 スクランブル交差点を八十キロで通過しながら、今更、自分がどこに向かっているのは分からないことに気が付いた。いつもならぼくが訊ねるよりも早く、青山さんが指示を出すのに。

「青山さん、今日はどっちに向かいます?」

「…………」

 当の本人は助手席でむっと目を閉じている。これは珍しい。いつもなら

の気配がする方角を、嬉々としてぼくに伝えてくるんだけど。

「どうしたんですか青山さん。まさか、近くに

の気配がしないから不機嫌になっている――とか?」

「…………」

「何もないなら、たまには休みってのもいいんじゃないですか。ここのところ、毎日施工ばっかりでしたし。そうと決まれば、今日はデートの日にしましょう。今夜は寝かせませんよ」

「…………クックック」

 ドスの利いた嗤い声。そこには明らかにぼくへの嘲笑も含まれているのだが、もう半分は別な方に向いていた。
 そして彼女がそういう風に笑うとき、決していいことは起こらない。
 
 案の定、青山さんの口から出たのはこんな言葉だった。

「とんだ

巣窟(そうくつ)だぜ、この街は」

「は?」

の気配がしない、どころの話じゃねえよ。

。一体全体、何がどうしたってんだこの街は? 至るところからストレスの気配がビンビン伝わってきやがる。魔境だぜ、ここはよ」

「…………」

 青山さんは、第六感の性能を薬物で無理やり向上させている。そのため、カンの良さに関しては超常的な域に達している。五年も一緒にいるせいで、その凄まじさは身に染みている。だから、今度の展開もなんとなく想像が付く。

「クックック、旧東興(とうきょう)都、いいところじゃねぇか。気に入った。ここにいるうちは退屈せずに済みそうだ」

 青山さんはすでにカラシニコフへ弾倉を装着していた。桃色のフリル付きドレスを着た少女を浮かべるには、およそ相応しい満面の笑顔で。

「おい、まずは全体像を把握するぞ。この街でいちばん高い建造物をさがせ」 

 青山さんの指示に従ってハンドルを切りつつ、脳内で旧東興の地図を広げた。五年前、ぼくがまだ普通の社会人だったときに住んでいた場所だから、それなりに土地勘はある。

 幸い、この街でもっとも高い建物は誰でも知っている観光地なので、記憶をたぐり寄せるのはさほど苦ではなかった。東興スカイツリー。全長634mにも及ぶ巨大なビルで、一時(いっとき)は世界でもっとも高いビルとして注目を浴びた。その記録は、すぐに塗り替えられてしまったらしいが。
 しかも、634mとはあくまで建築構造物込みの高さであり、最上階自体の高さは400m程度なのだとか。……まぁ、いずれにせよ、それだけあれば旧東京を一望するには十分だ。

 結論からいうと、ぼくたちは東京スカイツリーに登ることはできなかった。ただ茫然と、変わり果ててしまった姿を見ることしかできなかった。さすがの青山さんも、これには苦笑いを浮かべるしかなかった。彼女は「やれやれ」という仕草をしながら、大麻に火を点けた。

 ぼくは、彼女にこんな質問をした。

「……世界でもっとも大きな生物ってなんでしたっけ?」

「シロナガスクジラ。最大全長36メートルだな」

「じゃあ、ぼくたちがいま見ているのは何ですか?」

「なにって……決まってんだろ」

 青山さんは、面白そうに大麻の煙を吐き出しながらその生物に視線を向けた。かつてそれは、東京スカイツリーだったのだろう。しかし今となっては、

からしか、その名残を伺いようがない。ツリーの頂点部は球体状の肉塊と化しており、地表に垂れる細長いものは、ぼくの眼が狂っていなければ腕のように見えた。

 そんな化物を指さして、青山さんは言った。

「634mの

だ。お前ならあれをどう治療する?」

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登場人物紹介

青山せらぴ

 世界に残されたたった一人のメンタル施工技師。母体であるWHOは既に実質の機能が崩壊しているが、それでも「患者を救う」という信念を掲げ戦い続ける女性。

 ピンクのワンピースを基調にしたフリルだらけの衣装を身に纏っており、髪型はツインテール。銀縁のメガネが幼い見た目に不思議なギャップを生む。

 好きな銃はカラシニコフ。


 ※ アイコンはあくまでイメージです。

ぼく

 この物語の語り部。かつては普通のサラリーマンだったが、とある出来事をきっかけに青山せらぴの助手になった。どこにでもいるような青年だが、青山せらぴのことになると人が変わったような必死さを見せる。

 麻薬に浸っていたが今は決別している。そのため、麻薬の匂いを忌避している。

 好きな人は青山せらぴ。心の底から愛している。


 ※アイコンはあくまでイメージです。

 

ボブじいさん

 崩壊した世界で好き勝手に道楽に勤しむ破天荒な老人。この世のおよそ不可能と思われることを次々に可能にしている。現在は旧曰手県を占領し、陸上自衛隊駐屯地を乗っ取って特殊な弾薬や新種の麻薬の調合に勤しんでいる。

 あらゆる兵器や技術、財力を有しており、とにかく楽しいことを追求している。青山せらぴを気に入っており、彼女のもたらす奇天烈な実体験を聴くのが生き甲斐の一つ。

 その一方で、漠然とせらぴに付き従っている「ぼく」に対する不安を覚えている。

 好きなものは金と暴力、知的好奇心を満たすもの。


 ※ アイコンはあくまでイメージです。

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