第1話

文字数 1,024文字

春はあけぼの。 やうやう白くなりゆく山際…
 
有名な古典の冒頭。
(やうやう白くなりゆく…あけぼのだなんて、そんな早朝に起きていられるわけがない。春だったら、春眠暁を覚えずのほうが正しいに決まってる)
そう思いながら机に突っ伏して居眠りしようとしていると、廊下を思い切り全力疾走する足音が聞こえてきた。
ダダダダダダ…どんどんこっちに近づいてきたかと思うと、ガラッと教室の引戸をあけて誰かが部屋の中に走りこんできた。
うるさくて、寝てられやしない。
私は、寝るのをあきらめて、それでも机に頭をつけたまま目を開けて、教室の中を見る。
 
「桜子!あんたまた、私の彼氏に手を出したでしょう!」
声の主は、席に座ってほかのクラスメイトと雑談をしている、一人の少女を指さしながらそう怒鳴った。
そして、ストレートのツインテールの髪をゆらしながら、その少女のほうに近づいていく。
言われた少女はというと、びっくりするでもなくむしろ涼しい顔で、近づいてくる少女を見ていた。
机の横に立って腰に手を当て、怒り心頭と言った顔で桜子を見下ろしている少女を見上げて、桜子は返した。
「私、あんたの彼氏に手なんて、出してないわよ?いいがかりつけないでよね、桃子」
桜子は肩にかかるストレートの髪を、サラリとはらいながらそう言った。
 
「うそ!さおりに聞いたんだから。昨日の夕方、浩史が桜子と一緒にゲーセンにいるの見たって。ヒトの彼氏と遊びにいておいて、手を出してないって、ウソつくんじゃないわよ」
「ああ。あれ?べつにいいじゃないの?一緒にゲームしただけだし。遊んだからって減るもんじゃなし。それに、だいたい浩史くんの方から、声かけてきたんだもん。ゲーセンいこうよって」
「だからって、ヒトの彼氏と遊んでいいという理由には、ならないでしょう!ひとこと断れば、すむことじゃない」
 
…まったく貴重な昼寝タイムを邪魔しやがって。
そう思いながらクラスを見回すと、女子二人がけんかをしているというのに、誰も気にするそぶりがない。
それどころか、ニヤニヤして見ているクラスメイトもいる。
それもそのはず。
この二人のけんかは、今に始まったことではないからだ。
桃子が桜子にくってかかることもあれば、逆に桜子が桃子にかみついていることもある。
理由はさまざまだけど、大概は些細なこと。
彼氏を取ったの取らないのという、言いがかり的レベルだ。
あとは昼ごはんのパンを食べたの食べないの。
係りの当番をサボったのサボらないの。
アホらし。


 
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