第2話

文字数 1,079文字

 店のコンセプトもズバリ『未知なる本との出会い』
 十坪ほどの店内に並べられた、ワンタイトルの本。一冊だけに特化した利点を生かし、その本のコンセプトにあった世界観を店内に演出する。例えばそれが小説だった場合は、作品の舞台となる風景の写真や絵画はもとより、作品に登場する特産品や音楽などの装飾を施す。
 紹介文を添えるのはもちろんだが、民芸品や服、食べ物なども展示して物販も行った。
 時には著者自ら解説や講演を行うこともあり、その結果、それまで本に関心の無かった若者までもが注目するようになっていく。
 それを一週間単位で繰り返しては、また別の本に差し替えると言った手順で、一度来店した客も飽きさせない工夫を施していた。

 当然ながら、『一冊だけの本屋』に並ぶのはランダムではない。
 黒沢自身が選び抜いた、世間にはあまり知られていないが、このまま埋もれていくのは勿体なさすぎると思われる珠玉の本をセレクトし、それに合わせたコンセプトを展開していく。

 意外に思われるかもしれないが、この『一冊だけの本屋』に初めて置かれた本は小説などではなく、地層に関する専門書であった。タイトルは『地層のごちそう』。写真やイラストを交えながら、判り易く解説してあり、地層に興味のない人でも楽しんでもらえるようなアイデアを盛り込んだ。
 第一冊目にしては地味過ぎると思う方もいるかもしれない。もっとインパクトのある――例えば有名作家の最新本だとか、芸能人の暴露本だとかの方が話題性もあり、知名度も上がりそうだ。
 しかし黒沢は敢えてメジャーではなく、誰も見向きもしない一見地味なこの書籍を選んだのには当然訳があった。
 先ほども述べた通り、コンセプトはあくまでも埋もれていた名著であり、仮に話題性があったとしても、そういう本は敢えてこの店で扱わなくとも勝手に売れる。それに黒沢自身の心に響く本でなければ価値がないと考えているからである。

 初日には地質学者である著者を招き、来店者に向けて地層の奥深さを熱弁してもらった。
 するとマスコミに取り上げられ、その後口コミで広がり、三日後には店舗には行列ができるようになった。売り上げも好調で、初日こそ十冊程度だったものの、結果的には一週間で五百部を越える売り上げを記録した。専門書としては異例の数字と言えよう。
 ネットの普及で、本もワンクリックで買えるようになったが、敢えて書店へと足を運び、一タイトルだけしかない本を購入する。
 この不思議な感覚が功を奏し、独特の演出も相まって、『一冊だけの本屋』には、日を追うごとに大勢の客が押し掛けるようになった。
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