五、アイドルの秘密

文字数 19,023文字

 土日あけて、月曜日。いつも通り隼真と登校して、クラスに入る。予鈴がなり、ホームルーム。岩屋も教室の一番うしろで話を聞いている。うん、今日はとても平和だ。ここのところ夜は五頭龍との戦いばっかりだったからな。この土日に龍たちが大人しくしていてくれたのは本当にありがたい。その反面、もしかしたら作戦を練っているのではないかと考えると、少し焦るけど。
 ホームルームが終わると、岩屋が俺と隼真を呼びつけた。
「……お前ら、気ぃ緩んでねぇか?」
「え? 別に普通ですよ」
「そうですよ、先生。いいじゃん、別に。五頭龍は出てきてないんだし」
 俺たちの態度を見た岩屋は、イライラした様子で頭をがしがしとかいた。
「そんなだからダメなんだ! いいか、放課後は特訓だ。俺が徹底的にお前らをしごいてやるから覚悟しとけ」
 それだけ言い放つと、舌打ちしながら廊下を歩いて行く。
 あんな姿、他の生徒に見られたら、素の姿がバレちゃうんじゃ……。教育実習生なのにこの態度は、まずいよな。俺がそこまで心配することもないか。なんで岩屋が教育実習を受けているのかはわからないけど、教師には多分向いていない。それだけは明らかだ。それに教員免許を持っていても、普通の一般企業に勤める人間もいるからな。岩屋の考えはわからないけど、あいつの将来を考えるほど、俺はお人よしじゃない。そう隼真に言ったら、なぜか笑われた。
「お前、自分で気づいてないかもしれないけど、だいぶお人よしだぞ」
「そうかなぁ?」
「お人よしじゃなかったら、五頭龍と戦ってない」
「それは江ノ島がなくなったら嫌だからってだけだよ」
「はいはい、ツンデレおつ」
「つ、ツンデレって、俺はなぁ!」
「や、やめて……ください」
 俺たちが昼メシを買いに、購買に近い渡り廊下を歩いていると、か細く高い声が聞こえた。俺と隼真は声の方向を見てみる。
「あっちゃぁ~。カツアゲじゃん。たかられてるのも、格好の餌食って感じのヤツだな。黒縁メガネでちっこいって」
「見てる場合じゃないだろ。助けなくちゃ」
「やっぱりお前はお人よしだよ」
 隼真の声がうしろからした。お人よしだとかなんだとか、そんなのは関係ない。俺は俺の思う通りに動くだけだ。
 黒縁メガネの男子生徒に近寄ると、少し柄の悪い男子たちが俺をにらむ。しかし、こんなもの全然怖くない。一ノ瀬や二前の影の方がよっぽど怖かった。
「カツアゲはやめろよ」
「なんだと、てめえ!」
 怖くない……と思ったけど、良く考えたら今日は宝具を持っていない。ってことは、素手で戦わなきゃいけない。つまり肉弾戦ってこと? 肉弾戦だったら、勝ち目はないよ!
 正義のヒーローをを気取って飛び出したはいいが、このままじゃ俺もボコられる! 
 やられる、と思っていたその時――。
「新海? なにしてるの。瀧も一緒に」
「八幡先輩!」
 俺が振り向くと、柄の悪い男子たちの顔色が変わった。
「や、八幡って、狂犬とか、クレイジーヤンキーって呼ばれてる、あの八幡?」
「マジかよ! こいつら八幡の下っ端か! 逃げるぞっ!」
 こうしてお重を持った八幡先輩の登場で、あっけなく男子たちは逃げて行ってしまった。
「はぁ……よかった。八幡先輩、ありがとうございました」
「僕、何かした?」
「はは、八幡先輩が航太に声をかけてくれたおかげで、命拾いしたんですよ」
 三人で話していると、カツアゲにあっていた黒縁メガネの少年が声をかけてきた。
「あ、あの、ありがとうございました。おかげで助かりました……」
「別にいいよ。偶然が重なって助かっただけだし」
「本当にそれな。航太は八幡先輩が来なかったら、お前と一緒にボコられてたから」
「うるさい、隼真」
「あ、そ、それで、もしよかったら、これをお礼に……」
 メガネの男子は、ポケットから封筒を取り出して、俺に渡す。中身を確認すると……。
「え! これって『志桜』のライブチケットじゃないか!」
「今度鎌倉芸術館でやる? プラチナチケットじゃん!」
 『志桜』とは、若い学生に人気のアイドルだ。普段だったら大きなアリーナやスタジアムくらいのキャパシティの場所でやるくらいなのに、今回は地元凱旋公演ということで近くの鎌倉芸術館でライブをするという情報だ。
「しおう……?」
「先輩、知らないんですか? 志桜のかわいさっ! どんなアイドルよりも美しくて、まるで生きたフランス人形……ともかくトップアイドルなんですよ!」
「……そうなんだ」
やっぱり先輩には興味がないようだった。
 三枚のチケットを封筒に入れていたメガネの彼に、俺はつい言った。
「お礼は嬉しいんだけど、これって高額でレアなものでしょ? 受け取れないよ」
「いや! くれるって言ってるんだからもらおうぜ! 志桜のライブ、オレ行きてー!」
「でも……」
 言いよどむ俺に、メガネくんはにっこり笑って答えた。
「いいんです。ボク、特殊ルートでチケット何枚も手に入れることができるんで。みなさん、本当にありがとうございました」
 ペコリと頭を下げると、メガネくんは行ってしまった。
「本当にいいのかなぁ」
「いいに決まってるだろ!」
「僕、あんまり興味ない……」
「先輩ももったいないですよっ!」
「でも僕にはレイちゃんいるし……」
「あーあーノロケですか? お熱いことでっ!」
 隼真……。いくら八幡先輩が俺たちに対してはさほどキレたり手を出してこないからって言っても、なめすぎなんじゃないか? クレイジーヤンキー、狂犬、なんてあだ名がついてるっていうのに。
「……ノロケって何?」
「へ?」
 八幡先輩の質問に、思わず俺らは目を点にする。え? だって、八幡先輩は伶子先生が好きなんじゃないのか?
「あの、先輩と伶子先生って、一体どういう関係なんですか?」
「どういう……そうだな、とりあえず保健室に行こう。レイちゃんにこの間のことの説明もしないといけないから」
 先輩は軽く重箱を上げる。これは俺たちもご相伴にあずかれるってことかな。先輩のお弁当、なんだかんだでうまいんだよなぁ。それは隼真も同じ意見らしく、唾を飲みこんでいる。
「先輩! オレたちもお弁当……」
「いいよ」
「やったぁ! じゃ、さっそく行きましょうっ!」
 現金な奴め……。そう思うが、俺も同じ意見だ。
 俺たちは足取り軽く、保健室へと向かった。

「……で、何の用なのかしらぁ?」
「松葉伶子! お前は七福神のひとり、大黒天なんだって言ってるだろ!」
 俺たちが保健室につくと、すでに先客がいた。岩屋だ。てっきり職員室で昼メシを食ってるかと思ってたが、どうやら菓子パン片手に保健室に殴り込みに来ていたようだ。
「岩屋先生。大丈夫? 頭、一度検査してみたほうがいいわよぉ~? それともストレスを感じ過ぎちゃって、パニックでも起こしてるのかしら? 一度殴ってみましょうか~?」
「だーかーらー! くそっ、このバカ女には話が通じない」
「バカって……あなたのほうがバカじゃなくて? 五頭龍だとか七福神だとかを信じろって言うほうがどうかしててよ?」
「くっ……」
「伶子先生、キツいなぁ……」
 俺はつい、つぶやいてしまう。あのドS岩屋も手こずる相手だ。俺たちが加わっても、ちゃんとわかってくれるだろうか?
「失礼しまーす」
「せ、先輩!」
 しばらく様子をうかがってから入ろうと思ってたのに、タイミング最悪じゃないか! 今、岩屋と伶子先生は言い争っている。こんな中に飛び入りするなんて!
「レイちゃん、久々にお弁当作ってきたんだけど、みんなでここで食べていい?」
「みんな?」
 八幡先輩に促され、俺たちも保健室に入る。これで現在覚醒している四人の七福神と、天女がそろった。
 保健室に入って来られたらしょうがない。そう言いたげな眼差しで、俺たちを見る伶子先生。各自適当にイスを持ってくると、先輩がお重を開けた。
「相変わらず俐駆瑛くんのお弁当はすごいのね」
「レイちゃんの好きなもの、たくさん入ってるよ」
「…………」
 伶子先生と八幡先輩は楽しそうだが、それを見ていた俺たち三人は白けていた。何が楽しくて、カップルのイチャイチャしてる姿を見せられてるんだ!
「あ、あの、八幡先輩」
「ん?」
「先輩と伶子センセって、つきあってるんでしょ?」
「……は?」
 ふたりは驚いたような顔をして、隼真を見つめた。え? どういうこと? どこからどう見ても、ふたりはつきあってるよね? それか、八幡先輩が片思いしているか……。違うの?
 先に笑い出したのは、伶子先生だった。
「そう見えちゃうの~? 困ったわねぇ~。私と俐駆瑛くんは、先輩後輩の関係なのよ?」
「にしても、年齢が離れてないか?」
 岩屋も八幡先輩の手作り弁当に箸を伸ばしながらたずねる。
「だって、学校のじゃないから」
「学校以外の先輩後輩?」
 隼真も唐揚げを口に入れたまま、首を傾げる。
 プチトマトを口に入れた伶子先生は、手帳に挟んでいた写真を一枚、俺たちに見せた。
「こんな写真、見せるなんて恥ずかしいわぁ~」
「うぇっ?」
 先輩が見せてくれた写真には、たくさんのヤンキー。レディースもいる。その中で金の文字の刺繍が施された白い特攻服を着た女性がいた。化粧が濃くて、今より髪の毛が立っているけど、これはまさしく伶子先生だ。その横にいる中学生くらいの少年が、どうやら八幡先輩らしかった。
「ふふっ、ちょっと時代錯誤よねぇ? ヤンキーの先輩後輩なんて。でも、俐駆瑛くんのことは、後輩以上……かな?」
「レイちゃん……」
 また、思わせぶりなことを言う。やっぱりこのふたりはできている。もうそれで決定でいい。
「……で、伶子先生は信じてくれないんですか? 五頭龍とか七福神の話は」
「そうねぇ……三ヶ岳っていう龍に身体を乗っ取られていたときのことも覚えていないし……せめてみんなの宝具っていうのを見せてくれるなら信じるかもしれないわね」
「だったら今日の放課後、全員宝具を持っていつもの海岸に集合だ。ちょうど特訓もしたいところだったしな」
「特訓って、私もかしら? 私は宝具ってものが何かわからないわよ?」
 伶子先生の宝具は確か小槌……ハンマーだ。俺や隼真、八幡先輩は普段から愛着のあるものが宝具になったんだから、きっと伶子先生の宝具も普段使っているものだと思う。でも、小槌なんて普段使うか? 若しくはハンマーだけど、そんなものも使わなさそうだ。だったら一体なんなんだろう?
 俺は伶子先生のデスクの上や、保健室を見回すが、特にそれらしきものは……あ、まさかこれ? いやいや、そんなわけがない。これはハンマーでも小槌でもない。保健室にあるべきものでもない。……ただのバールだ。でもなんで、こんな場所にバールなんて置いてあるんだ?
 俺がじっと見つめていたら、伶子先生が恥ずかしそうに話し出した。
「そのバールはね、ちょっとしたお守りみたいなものなのよ~。私が現役だった時代の相棒ってところかしら」
「うん、レイちゃんかっこよかったよね。バールで相手の単車のタイヤ、パンクさせてさ」
「もう、俐駆瑛くんったら! あんまり褒めないでよぉ~」
「は、はは……」
 ヤンキーの中で、それは褒め言葉なのか。正直怖い。
「バールがハンマーにっていうのは、ちょっと無理がある」
 そこで冷静にツッコんだのは、岩屋だった。岩屋はじろじろと伶子先生を見つめる。
「……スマホと財布を出せ」
「な、なんでかしら?」
「ほら、おばちゃんがよく、スマホや財布に根付をつけるだろ? そこに小槌の根付がついていれば……」
「わ、私がおばちゃん? 何をいうのかしら? 岩屋セ・ン・セ」
 キャピキャピな感じで伶子先生は返す。ここは男子校。ちょっとくらい年が行ってても伶子先生の年齢だったら、まだギリギリでチヤホヤしてもらえる。だが、これが共学だったら……。
「ともかくスマホと財布を出せ。おばちゃんかどうか、判断してやる」
「くっ、だ、出せばいいんでしょ! 出せば!」
 伶子先生が軽くキレる。どんなにきれいな人でも、おばちゃん扱いは腹が立つんだろうなぁ。伶子先生はバッグの中からスマホと財布を出す。それを見た俺と隼真は驚いた。岩屋の察した通り、見事財布のファスナーの部分に、小槌の根付。小さく緑色の珠もついている。
「これは、金運アップの根付だな。さすがだ。商売繁盛の神だけある」
「それって私がお金にがめついとでも言いたいのかしらぁ~? ん~、ケンカを売ってるなら……買うぞ? このひょろメガネ」
「ひいっ!」
 声を上げたのは俺と隼真だった。それなのに、伶子先生と同じくSな岩屋には効いていない。岩屋はニヤリと笑っている。
「おーおー、本性が出たな? この女狐」
「誰が女狐だ、この野郎。○○○をちょん切って、魚に食わせてもいいんだぞ?」
 あ、あの伶子先生からそんな単語が出るなんて! 俺たちは耳を塞ぐ。それなのに、八幡先輩は平然と話を聞いていた。伶子先生が好きなら、こんな言葉聞きたくないんじゃないのか?
 俺が先輩を不思議そうに見ると、視線に気づいた先輩は平然と言ってのけた。
「レイちゃん、昔からこうだから」
 そ、そうだったのか……。男子校の唯一の美女が元ヤン。しかも、かなりタチの悪いタイプだったなんて、幻滅だ。
「だけど、その根付って、僕があげたやつだよね。ずっと持っててくれたんだ」
「え?」
 八幡先輩の意外な言葉に、俺たちは目を丸くする。
「レイちゃん、元々家が貧乏でさ。それでも大学に入りたいって言ってたから、お金が貯まりそうな根付をプレゼントしたんだ」
「へぇ……」
 なんだ。おばちゃんとか失礼なことを思ったけど、そんな裏話があるなら事情は変わる。つまり、伶子先生は八幡先輩にもらった根付を大事に持っていたってことで、それは率直に言えば、八幡先輩のことを伶子先生は……。
「ははーん、松葉伶子。お前、こんなガキが好きなのか。犯罪だぞ?」
「ふふっ、岩屋先生? 私は後輩として俐駆瑛くんを大事にしているの。俐駆瑛くんもそれはよくわかってるはずよ?」
「うん。だから、高校卒業したら、レイちゃんをちゃんともらう」
 素直な告白に、聞いている俺たちが赤面する。こんな堂々と人前で言っちゃうなんて、八幡先輩もすごい度胸してるよな。さすがクレイジーヤンキーと言われるだけある。クレイジーというか、エキセントリックすぎる。
「なぁ、岩屋先生。伶子センセの宝具がこの根付だとして……例の入れ墨はどこにあるんだろう?」
 隼真の問いかけで、忘れていたことを思い出す。そうだ、入れ墨。俺は首筋、隼真は腕。そして八幡先輩は尻にある。だったら伶子先生は?
「……認めたくないけど、多分これねぇ……」
「わぁっ!」
 俺と隼真が大声を上げる。伶子先生は人目もはばからず、胸元のブラウスのボタンをひとつ開けたからだ。岩屋と八幡先輩は、伶子先生の胸をじっと見つめる。
「ああ、あるなぁ」
「『大』って書いてある」
 そ、そんなところに入れ墨があるのか! 見たい。思春期の男だったら見たいに決まってる! けど、見たら多分立ち上がれなくなるっ!
「お前ら、ちゃんと確認しないのか?」
 悪どい笑みを見せながら、岩屋は俺をからかう。くそっ!
「お、お、オレは見るぞっ!」
「隼真っ!」
「ぐはぁっ!」
 隼真は見た瞬間、顔が真っ赤になり、うしろに倒れた。
「ふふっ、大げさなんだからぁ~」
 伶子先生は余裕だ。さすがオトナ……。とはいえ、俺にはまだ刺激が強すぎる。
「お、俺は大丈夫、です……」
「あら、そ?」
 先生はプチプチとボタンを留めた。あ~っ! 見たかった! 見たかったけど、見たら多分終わってた! 隼真は勇者だ。俺には真似できないよ……。
「これで信じたか? 松葉伶子」
「うーん……仕方ないわねぇ。俐駆瑛くんも信じてるの?」
「……レイちゃんの身体、確かに乗っ取られてたからね。信じるしかないよ」
「わかったわ。信じる」
「よし。それじゃ、今夜さっそくうまく宝具を使えるように特訓だ」
「えぇっ~!」
 全員から出た不満の声を無視し、岩屋は弁当を食べ終えると保健室を出て行ってしまった。
「どうする?」
「行くしかないっしょ! オレたちは選ばれた神の生まれ変わりなんだぞ!」
 相変わらずノリノリの隼真だったが、意外だったのは伶子先生の態度だった。
「龍に乗っ取られていた記憶はないけど、その五頭龍と戦うのはストレス発散になりそうね。最初は信じてなかったけど、暴れられそうじゃない」
「ん。レイちゃんが加わったら、戦力になるし……また昔みたいに一緒に戦いたいな」
「これで放課後は特訓、決定だ!」
「俺の意見は?」
 全員無視。ああ、やっぱりこの運命からは逃げられないんだな。諦めるしかないのか。
俺たちは学校が終わると、江ノ島のいつもの浜に集合することになった。ここが一番、暴れても害がない場所だから。

「よし、いいか。全員宝具は持ってきたな?」
 岩屋に言われて、俺たちは宝具を見せる。俺は釣り竿、隼真はリュック。八幡先輩はフォークで、伶子先生は財布から外した根付だ。
「これをどうやって実戦で使うかだけど、ついている珠に触れればいい。新海や瀧はわかってるな」
 俺は黄色の珠に手を触れる。するとリールの部分が変形する。隼真もファスナーについていた珠に触れると、リュックに画面が浮かび上がる。八幡先輩もそっと自分のフォークの珠に触ってみると、フォークは宝具に変わる。最後は伶子先生。最初はみんなが自分の持っていたものが宝具に変わるのを驚いてみていたが、息を軽く吸うと、自分も同じようにする。すると、大きなハンマーに変わった。
「嘘でしょ……」
「嘘じゃねぇって言ってるだろ」
 驚く伶子先生に冷たく返答する岩屋も、自分の天女の羽衣を取り出す。
「よし、新海は釣りだ」
「え……特訓って、釣り? いいんですか?」
「お前の武器は竿だろーが。敵を釣り上げる練習だ」
「やったあ! さぁ、今日は何が釣れるかな~」
「出たよ、釣りバカ……」
「呆れるな、瀧。お前の武器は勝手に爆弾を作ってくれる楽なものだ。その代わり、遠くまで飛ばせないと意味がねぇ。だからこれな」
「野球ボール? 遠投練習ってこと?」
「わかりやすいだろ」
「そりゃそうだけど……結構大変そうだな」
「僕はどうすればいいの?」
 自らたずねてきた八幡先輩には、岩屋は優しかった。
「お前の戦闘センスは悪くないからな。松葉伶子とともに実践だ」
「あら、ずいぶん余裕そうじゃなぁい? 元・湘南砂斬黒主愚連隊の私たちに勝てるかしら?」
「湘南さざんくろす愚連隊……すごい名前だな」
 思わず隼真が俺に耳打ちする。確かにセンスはすごいが、まぁヤンキーだったらこのくらい普通なのかもしれない。
 伶子先生は、久しぶりに大暴れできると楽しみにしているのか、じっと岩屋を見つめている。だが岩屋は「その前に」と前置きした。
「八幡はそのまま攻撃してもいいが、松葉伶子の武器はハンマーだけじゃない。人形見もだ。要するに松葉伶子は、七福神の力を使って戦うこともできるってことだ。だから集中力も同時に鍛えなくてはいけない。松葉伶子対俺と八幡で戦う」
「僕がレイちゃんと? 嫌だな」
 渋る八幡先輩に、岩屋は珍しく優しい声で言い聞かせる。
「五頭龍と戦うんだ。自分の身は自分で守らせろ」
 岩屋は本当に厳しいな。というか、男だからとか、女だからとかないところは、ある意味男女差別がないってことでいいのかもしれないけど、戦いにおいては別な気もする。
 だけど伶子先生は元ヤンだし、本人もやる気は出てきたみたいだからいいのかな。
「それでは各自練習はじめ!」
 俺は橋のほうまで行くと、さっそく釣りを始める。……と言っても、魚がかからなければ暇だ。みんなはちゃんとやっているのだろうか。砂浜へ目をやると、隼真は必死に遠投の練習をしっかりしている。岩屋も伶子先生と戦うために、羽衣をハンマーに変えた。
「私と同じ宝具を使うの? ふふっ、面白いわねぇ」
「行くよ、レイちゃん!」
「来なさい、俐駆瑛くん」
「てやあっ!」
 岩屋がハンマーを思い切り振ると、それを同じハンマーで防御する伶子先生。その隙を
狙って、先輩が伶子先生の脇を刺そうとする。が、ハンマーをくるりと回すと、今度は八幡先輩の宝棒を折ろうとした。さすがは元ヤン、動きもかなりいい。
 俺がみんなの練習を眺めていたときだった。誰かがこちらに走ってくる。小柄でメガネの学ラン……。あの子、昼に会った、カツアゲされてた子じゃないか? 彼の背後には、大勢の男たち。どうやら理由はわからないけど、追いかけられているようだ。
 彼は俺の近くまで逃げると、肩で息をしながら足元に座った。
「ど、どうしたの?」
「あ、お昼の……。じつはボクもよくわからないんです。高校を出たところで、ヤンキーがたむろしてて、何をしてるのかなと思ったら、ね、猫を……」
「猫を食べてた?」
 聞くと、メガネ少年はこくこくとうなずいた。ということは、あいつらは龍の影だ。この彼が追われているのは、俺と同じ理由。龍の食事風景を見てしまったから、追いかけられてるんだ。……にしても、高校からここまで走って来たって、かなりきつかっただろうな。メガネの彼はくたっとしている。その間にも、龍の影たちが近づいてくる。
俺は特訓中のみんなを大声で呼んだ。
「みんな! 敵だっ! 五頭龍の影が来たぞ!」
「ふん、ちょうどいい。こいつらで練習させてもらうとしよう。全員、臨戦態勢だ!」
岩屋が合図すると、俺たちは全員、宝具を構えた。
「1、2、3、GO!」
叫ぶと、さっそく八幡先輩と伶子先生が敵陣に飛び込む。ふたりと宝具との相性はぴったりなようだ。その中に、龍が持っていた刀と同じものを取り出した岩屋が、敵を斬っていく。
「みんな! 一旦退避っ! 行くぜ~! 五倍爆弾っ!」
 両手に爆弾を持った隼真が、敵にそれを投げつける。今度は俺の番だ。爆風で飛んできた龍の影たちを、自分で言うのもなんだが、見事に釣っていく。
「爆釣だ!」
 釣り上げたあとの龍の影は、自然と消えていく。
 三十人くらいいた龍の影は、あっという間に俺たちが始末した。
 隠れていたメガネ少年は、ひょっこりと顔を出す。
「あ、あの、みなさんって一体……」
「オレたちはただの正義の味方だ!」
 親指を立てて、ビシッと決めた隼真だが、他のみんなは別段何も言わなかった。言ってもやっぱり信じてもらえないと思ったから。
「ともかく、また助けてくださってありがとうございました」
「……お前、名前は?」
 ふいに岩屋がメガネ少年にたずねる。そういや聞いていなかったな。もし彼が学校やネットで、今回のことをみんなに情報として流したらまずい。だから岩屋は、そうなる前に名前を聞いたのか。
「浜津潮、一年です」
「オレたちとクラス違うよな。浜津って言ったっけ。今日の昼まで、見かけたことなかったから」
「ええ、普段はほとんど教室から出ませんから……。ともかくありがとうございました。あ、これ、先生たちもどうぞ」
 浜津は、昼に俺たちにくれた『志桜』のライブチケットを岩屋と伶子先生にも渡す。
「あらっ! 志桜のライブチケ? 私、行きたいと思ってたのよね~」
「ふん、くだらん」
正反対の感想を述べる教師ふたりに、浜津は控えめに言った。
「行かないようだったら、誰か他の方に譲っていただいて結構ですよ。ボク、こんなものでしかお礼できないから……」
「いやいや浜津くん! 君はオレに最高のプレゼントをくれたよ!」
 隼真のミーハーぶりは、小さい頃から変わっていない。意外なことに伶子先生もだ。 
「志桜のラブソングって、キュンキュンするのよねぇ~。私もよく聴くのよ?」
「三十路間近でキュンキュンも何もねぇだろ」
「岩屋先生~? 女の子はいつまでも若くいたいのよぉ~?」
「女の子?」
「岩屋、てめえ!」
 このふたりは本当に相性が悪いな。八幡先輩が止めてくれるならいいんだけど、たまにスルーしてるときがある。頼みの綱なのに。
「今度の土曜日だよな! 絶対行くよ、浜津」
「うん。きっと志桜も喜ぶよ。それじゃ、僕はこれで」
 浜津は、カバンからハンドタオルを取り出して、汗を拭きながら片瀬江ノ島駅のほうへと向かって歩いて行った。
「今度の土曜、行くよな? みんな!」
「私はもちろん」
「レイちゃんが行くなら僕も」
「みんな行くなら、俺も行こうかなぁ」
 志桜にはさほど興味はなかったけど、トップアイドルだし、生で見てみたい気もする。チケットを見てみると、隼真が「これ、かなりいい席だぞ」と教えてくれる。これは行かないと損かもしれない。
「岩屋先生はどうするの?」
 岩屋は渋い顔をしていた。多分、土曜日夜の見回りができなくなるからだ。そんな岩屋に、隼真はへらへら笑いながら言った。
「もしかしたら、人が集まる場所に五頭龍が現れるかもしれないよ? 人が大勢いるところで人質を取って、オレたちを脅迫するとか……」
「む……その考えはなかったが、あり得ない話じゃねぇな」
 案外簡単に納得する岩屋。だけど、実際そんなことはないだろう。まさかね。そのまさかが実際に起こるなんて、この時点では岩屋以外誰も本気にしてはいなかった。岩屋の持っている珠が、『四』という数字とともに、ピンクに光っていたことを知っていたら、少しは変わっていたかもしれないのに。

 土曜日。集合時間より一時間も早く、俺と隼真は鎌倉芸術館に訪れていた。早く来ていたのは理由がある。ツアーグッズを手に入れるためだ。隼真がどうしても欲しいというから、俺もつきあいで来た。ただついてきただけじゃつまらないから、俺もキーホルダーをひとつ買ってしまった。まさにライブグッズマジック。その場に商品があって、みんなが買っていると自分も欲しくなる魔法だ。
「志桜のライブグッズって、男性ファンでもつけられそうな感じのモノもあるんだな~」
 俺の買ったキーホルダーは、S字型のシルバーのものだ。偶然、俺の名字も『新海』だし、これに鍵をつけよう。
 隼真はというと、ハンドタオルからTシャツまで、様々なグッズを買い占めていた。
「なかなか志桜のライブなんて行けないからな! 記念品だ!」
「そんな大荷物で平気なの?」
「ああ、座席指定だろ? イスの上に置くから平気だって!」
 残った時間は近くのカフェでお茶をしながら、志桜の話をしていた。見た目は色素の薄いフランス人形。声はちょっとハスキーだが、そこがまたいい。そんな彼女がステージの上でぴょんぴょん跳ねたり踊ったりする。テレビの音楽番組では見たことがあるが、今日はそれを生で見ることができるのか。
 隼真じゃないけど、だんだん楽しみになってきた。しばらくすると、スマホが鳴る。岩屋からだった。どうやらもうすでに、八幡先輩と伶子先生も入口に集合しているようだ。
 俺たちは買い込んだグッズを持つと鎌倉芸術会館の入口に向かった。
「なんだ、瀧。その荷物」
「ライブグッズですよ! せっかくだから」
「ふふっ、いいようにアイドルに利用されちゃって。本当にかわいいわねぇ、ただの養分でしかないっていうのに」
「レイちゃん、毒舌過ぎ」
 笑う伶子先生を、八幡先輩がいさめる。確かにひどい。養分って。……まぁ、その通りだとは思うけど。
 少し待つと、拡声器を持ったスーツの男たちが、列整理を始める。
「一階席の方はこちら……」
「あ、俺たちはこっちですね」
 チケットを確認しながら、入口に向かう。入口には荷物チェックの警備員がいた。
「すみません、釣り竿は持ちこめませんね」
「え」
「こちらの番号札をお渡ししますので、クロークに預けてください」
「は、はい」
 そりゃそうだよな。釣り竿なんて危険物だ。普通だったら持ち込み禁止が当たり前。俺はクロークに竿を預けようとした。が、それを岩屋に止められた。
「大丈夫だ。瀧の持っている大きな発砲スチロールの棒があるだろ? そこに仕込めばバレない」
「ちょ、ちょっと岩屋先生! これはライブ中に使う蛍光棒で……」
「あん? ライブと五頭龍討伐、どっちが大事なんだ」
「……う」
「ほら、貸せ。俺が仕込んでやる」
 岩屋はその場で発泡スチロール部分を抜き、中に釣り竿を入れた。
「これは瀧が持っとけ」
「はい……」
 がっくりしている隼真に、俺は謝る。
「蛍光棒代は払うからさ」
「これ、一本千六百円したのに……」
「せっ!」
 あまりのぼったくり値段にビビった俺は、口を手で塞いだ。そりゃあ伶子先生に養分扱いされるわけだ。しかし、俺の責任であることは変わらない。財布から千六百円を取り出すと、それを隼真に渡した。
もぎりにチケットを切ってもらうと、リーフレットを受けとる。中には他のアーティストの情報や、今日のライブ終了後に出すアンケートが入っている。そこを抜けると、座席表を見つけた。
「俺たちはA列……って最前列?」
「なんだよ、航太。気づいてなかったのか?」
「だからお前も気合い入れて、Tシャツとか買ってたのか!」
「ふふん、まあな! やっぱ最前列に立つもの、正装しないと!」
 そう言いながら、隼真はTシャツの上からさらにTシャツを着る。そしてうまく下に着ていたシャツを脱ぐ。どこで覚えたんだ、そんな脱ぎ方。
俺がツッコもうとしていたところ、伶子先生たちも席を確認していた。
「私たちはB列ね。それでも前から二番目なのねぇ」
「あ、ホントだ」
 伶子先生と八幡先輩もチケットを見て驚く。
「あの浜津ってやつは一体何者なんだ?」
 岩屋があごに手を当てて、たずねる。浜津について知っていることは、黒縁メガネのちっこいやつ。俺たちとは隣のクラスで、いじめられっこだってことくらいだ。いとも簡単にチケットをくれたが、よく考えたら普通でも志桜のライブチケットは入手困難。それを五枚もポンと仲良くもない俺たちにお礼としてくれた。しかも最前列と二列目。
 席に着いて周りを見渡してみると、スーツのおじさんや事細かにメモを取っている女性、『記者』と腕章をつけたカメラの男性など、一般のファンではどう見ても見えない人たちが陣取っている。
「ここってまさか、『関係者席』ってやつなんじゃ?」
俺がそう口にすると、隼真も大きくうなずいた。
「そうだよ! ここ、超VIP席じゃん! なんで浜津のやつ、VIP席のチケなんて何枚も持ってたんだ?」
「……実は志桜が家族だったりして」
 ぼそっとリーフレットを見ていた八幡先輩がつぶやくと、俺と隼真は同時に「それだ!」と声を上げた。
「よぉ~く思い出してみろ。浜津と志桜って、少し似てないか?」
「そう言えば華奢な感じとか、雰囲気は近いかもしれないわねぇ~」
 伶子先生も同調する。そんな中、岩屋はぎろりと周りを見回していた。
「岩屋先生?」
 俺がどうしたのか聞こうとしたら、岩屋は俺たちを叱った。
「お前ら! 気ぃ抜きすぎだ! 言っただろ、人が集まる場所に五頭龍が現れるかもしれないって」
「それは言ったけどさぁ……」
 五頭龍を言い訳にしてライブに来たかった隼真は、言葉を濁す。実際五頭龍がここに来るかどうか考えると、俺の本音としてはかなり怪しい。だって、いちアイドルのライブだぞ? 人はいっぱい集まるけど、まず五頭龍が志桜の存在を知っているかどうかだよな。
「まぁ、岩屋先生は頭が固いわねぇ~。今日はライブを楽しみましょうよ」
「ふん、ババアが若いメスにキャーキャー言う姿を見せられるのは苦痛だがな」
「誰がババアなのかしらねぇ~?」
 岩屋と伶子先生は相変らずだ。八幡先輩はいつも通り何にも言わない。こんなときはちゃんと割って入ってほしいっていうのに。しかもちゃっかりふたりの間ではなく、伶子先生の左側に座っていて、我関せずといった態度だ。せめてふたりの間に座っていてくれればよかったものの……。
俺と隼真のうしろで、大人の男女が一見穏やかだが、罵り合うのが耳に入る。
「クソババア」
「私がババアだったら、あなたはオカマじじいね。天女に生まれ変われなかった、哀れなおじさん」
「早くライブ始まんねぇかなぁ」
 うんざりしている隼真が腕時計を見る。時間はすでに開園時間である六時半を過ぎている。少し押しているのか? 俺も時間を確認しようとしたところ、バチンと客席のライトが消える。それと同時に湧き上がる歓声。座っていた観客たちも立ち上がる。ステージには、光線が踊る。流れていた音楽も次第に大きくなっていく。

『Let’s Play Music!』

 ハスキーな声とともに、ステージにバルーンスカートを履き、大きなリボンをつけた女の子の影が映る。指先は天井を指し、反対の手は腰に。どうやら大きな扇子も持っているみたいだ。隼真は釣り竿の入っていないほうの蛍光棒を振りかざす。いよいよ志桜の登場だ。
「志桜のハッピーライブへようこそ!」
 前奏が終わると、うおおっ! と声が上がる。一曲目ということで、アップテンポなナンバー。扇子を広げて踊る志桜。周りはみんなノリノリだ。俺もつられて腕を振り上げる。……ヤバい。楽しいじゃないか! こんなところに五頭龍なんてくるわけない。今日は志桜のライブを絶対満喫してやるっ! そう心に決めて、二曲目に入るところだった。その悪夢が始まったのは。
「志桜ちゃーん!」
 男の雄叫びが聞こえる。それがだんだん近づいてくる。男の声に釣られて、女の叫び声も。どうやらうしろの座席からファンがステージに押し寄せてきているみたいだ。思わず俺と隼真は振り返る。
「わっ!」
「八幡先輩!」
 先輩が三列目の男に押された。そのうしろからもどんどんファンがやってくる。
「押すなよっ!」
「うるせぇ!」
「危ないっ!」
「落ち着いてくださいっ!」
 最前列に立っていたスーツの警備員が、どうにかファンたちをステージにあげないようにしているが、これも時間の問題だ。俺たちの背後から、人がたくさん押しかけてくる。二階から飛び下りてくるファンも出てきた。これは明らかに異常。いくら志桜みたいなアイドルのライブだからって、こんな混乱が起きるわけがない。
 俺たちが慌てているうちに、最前列の警備員が吹っ飛ばされた。ステージに立っていた志桜が、男に捕まる。男は志桜の首を押さえて、マイクを使い、会場の観客に向けて声を放った。
「ここにいる全員に告ぐ! 江ノ島を守る七福神を退治せよ! どこにいるかはわからないが、少なくても四人と天女は鎌倉市立男子高校にいるっ!」
「ま、マジ? あれって……岩屋先生っ!」
 隼真が振り向くと、岩屋はすでに羽衣を刀に変えていた。
「あのリーダーは五頭龍のひとり、四ノ宮だ! くそっ、あいつは大勢の人間を操る能力を持っていたのか。これじゃあ暴動だ」
「……岩屋先生の言う通りになった」
「まぁ、偶然じゃないの~?」
 そういう八幡先輩と伶子先生もやる気だ。宝具を手にしている。
「隼真、俺たちも!」
「わかってるって! 志桜を守らねーとな!」
 隼真から釣り竿を受け取った俺は、さっそく構える。隼真に爆弾を投げてもらい、四ノ宮と呼ばれる龍と、志桜を離す。そして、四ノ宮を釣ればこっちのもんだ。どんな攻撃をしてくるかはわからないが、こっちには岩屋や八幡先輩、伶子先生の三人がいる。三人は俺とは違い、直接攻撃型だ。きっと三対一なら勝てる。
「行くぞっ!」
「おうっ!」
 隼真はすでに俺の考え読んでいたようで、うまい具合に火薬少な目の爆弾をステージに投げた。この距離なら、さほど大きな爆発でなくてもふたりを離せる。うまく爆発して、四ノ宮と志桜は離れた。だが、四ノ宮はノーダメージ。そこで俺の出番。釣り糸を四ノ宮に向けて放った。
「ふん、こんなもの!」
「えっ!」
 四ノ宮は俺の投げた釣り糸をうまく避け、くるくると指を回す。すると、釣り糸は俺に戻って来た。
「う、嘘だろっ!」
 自分で放ったはずの釣り糸で、腕が固定される。こんなこと、初めてだ。
「くそ、航太!」
「隼真! 爆弾っ!」
「今度は吹っ飛ばしてやるっ!」
 また爆弾を投げつける隼真だが、一度は食らったものの、二度目は食らわないということなのか。四ノ宮は手を目の前で広げる。すると、爆弾がこちらへ戻って……。
「うわあっ!」
「お前ら、油断しすぎだっ!」
 座席からすでに移動していた岩屋たち直接攻撃組が、人をかき分けステージに駆けあがる。ステージ上にいた龍の影をどんどん倒していくが、四ノ宮だけは別格だった。何度も攻撃を仕掛けても当たらない。八幡先輩の宝棒も、伶子先生のハンマーも力が跳ね返る。
「ちぃっ!」
 岩屋が舌打ちをする。
「岩屋先生! こいつの武器は? 羽衣で攻撃できないの?」
 大声で俺がたずねるが、岩屋は一ノ瀬たちが使っていた刀を羽衣に戻す。
「こいつの武器はない! ただ、相手の気を打ち流しているだけだっ!」
「……それってどういうこと?」
 八幡先輩が首を傾げると、岩屋の代わりに伶子先生が答えた。
「こういうことよっ!」
 ハンマーでバコンッ! と打とうとするが、跳ね返って身体が飛び上がる。
「レイちゃんっ!」
「……ふふっ、俺が使っているのはね、これなんだ」
 四ノ宮が懐から取り出したのは、鏡だった。そうか。鏡の力で俺たちの攻撃をすべて跳ね返していたのか。だったら話は早い。あの鏡を壊してしまえばいいだけのこと。でも、どうすればいい? 岩屋の羽衣は使えない。あの鏡はバリアみたいなものだ。こちらを攻撃する武器じゃない。かといって、八幡先輩の宝棒、伶子先生のハンマーの攻撃は跳ね返らせるし、隼真の爆弾も効かない。俺の釣り竿も針が戻ってきてしまう。
「もう少し間近にいれば、鏡を割ることができるのに!」
 岩屋がメガネをくいっとあげる。焦っている様子だ。ステージ上には四ノ宮と、少し離れたところに志桜がいる。座席側は四ノ宮に操られている観客たちで大混乱だ。すでに何人かがステージに上がってきている。この暴動もおさめなくては。あー、どうすればいいんだっ!
「……しろ」
「え?」
 四ノ宮から少し離れたところで声がした。ハスキーで、聞き覚えのある声。……まさか。
「てめぇらっ! 静かにしやがれ! 誰のライブだと思ってやがんだっ!」
 志桜の大声に呼応するように、腕のブレスレットが光り出す。その腕を上げると、観客たちの視線がそこに注目され、動きが止まる。
「くそ、まさかこいつっ!」
 四ノ宮が志桜に直ると、彼女は手にしていたステージ用小道具だった扇子を向ける。扇子はみるみると鉄扇に変わり、志桜はそれで四ノ宮の懐を突いた。
「……な……」
 四ノ宮の胸元からは、パラパラと鏡の欠片が落ちてくる。
「ボクのライブを邪魔しやがって……ブチ殺す」
「志桜……?」
 俺たちはぽかんとして彼女を見る。志桜は扇子をバッと開くと、四ノ宮の首を裂いた。
「か……はっ……」
 血を流しながら苦しんだ四ノ宮は、四と書かれた珠へと変わる。それを拾うと、志桜は鉄扇をしまった。
ライブ会場にいた観客も、我に返る。警備員たちが上手く連携し、ライブは緊急中止になった。拡声器で観客を出口まで案内する。それを見た志桜も一息つくと、ステージの裏へと向かって行く。
「待て」
 止めたのは岩屋だった。
「お前……七福神のひとりだな? だけどわからねぇ。なんで宝具をふたつ持ってるんだ?」
 志桜はじっと俺たちを見つめると、どことなく見覚えのある顔で笑う。
「詳しくはボクの楽屋で話すよ。岩屋先生」

 志桜の楽屋には、たくさんの花束が飾られていた。ライブ開催のお祝いだろう。そのライブが中止になってしまったのは、俺も悔しい。せっかく楽しんでいたのに、五頭龍に邪魔された。
 志桜のマネージャーはコーヒーを淹れてくれると、楽屋を出ていく。志桜がそうお願いしたのだ。俺たちだけにしてほしいと。
「……ボクの家には小さな社があったんだ。それで、おじいちゃんの代から、ずっと守られてきた宝具があった。それがこの数珠と扇子だ」
 ブレスレットだと思っていたのは、よく見たらたしかに数珠だ。今は鉄扇から元のふわふわな扇子に戻っているけど、こちらも柄の部分は古い木でできていて、細工がしてある。根元にはやはり石。
「岩屋先生のいう通り。ボクは七福神の生まれ変わり。ただ、普通の七福神じゃない。福禄寿と寿老人、ふたりの生まれ変わりだ」
「あ、そういえば、七福神の寿老人と福禄寿は同一人物って説もあるのよね」
 伶子先生がコーヒーにダイエットシュガーを入れながらつぶやく。
「ってことは、志桜はそのふたり分の力を持っているってこと?」
 八幡先輩の質問に、ミネラルウォーターを飲んでいた本人が肯定する。
「実はさっきの龍……四ノ宮だっけ。あいつはボクの身体も乗っ取ろうとしたんだ。でも残念ながら、こちらは簡単に乗っ取っられるような身体じゃなくてね。なんせふたり分の力があるんだから」
 ふふっと小さく笑う、志桜。それを見て、八幡先輩と伶子先生は思わず顔を合わせた。
「志桜はライブに龍が来るってわかってたの?」
 俺が聞くと、彼女はにっこりと微笑む。
「うん、七福神と天女が来るって餌をまいたんだ」
「で、でも、オレたちがなんで七福神の生まれ変わりだってわかったんだ?」
 隼真が不思議そうにする。それは俺も同じだ。俺たちは志桜とは面識がない。手の届かない芸能人。それなのに、彼女はなんで俺たちを知ってるんだ?
「……まさかあのガキがアイドルだなんて、誰も気づかねぇよ」
 岩屋が頭を抱える。それに注目する俺たち。……ガキ? 誰のことだ? 首を捻っていると、志桜はがっと自分の髪……いや、ウィッグを取り、黒縁メガネをかけた。
「は、浜津……潮!」
「みなさん、すみません。龍を倒すにはみなさんをおとりにするしかなかったんです」
 志桜から浜津に戻った『彼』は、途端に敬語になる。
「お前が福禄寿と寿老人の生まれ変わりだということはわかったが……どうやって覚醒したんだ? 普通だと、俺が気を入れるか、七福神の招福がないと能力は目覚めない」
「それがわからないんですよね。あ、でも入れ墨はありますよ。肩に『寿』って。一個しかないけど、福禄寿と寿老人はどちらも『寿』っていう字が入ってますから」
 浜津は堂々と衣装を脱ぐ。俺と隼真はつい目を逸らす。別に同性なんだから、裸を見たってなんてことはないんだけど……『志桜』の裸を見るようで気が引けたのだ。それなのに岩屋はデリカシーというものがない。
「おい、ちゃんとお前らも見ろよ」
「み、見られませんっ!」
「あんなかわいい女の子の裸なんて!」
「……ふふっ、童貞丸出しねぇ」
 伶子先生はいつも通り、俺らを嘲る。黙ってて欲しいと思った瞬間だ。
「あの、ボク本当に男なんで、むしろ気にしないでください」
 浜津が言うなら仕方ない。俺たちが振り向くと、そこにはまな板……ではなく、薄い浜津の胸板があった。
「ノオオオッ!」
「お、落ち着け、隼真! 志桜は浜津で、男!」
「あはは、ふたりって面白い人なんですねぇ」
 浜津は余裕の表情だ。当然ながら、同性に裸を見られたところで恥じらったりもない。
志桜はあんなにかわいいのに、男だったんだな……。日本中のどれだけの男が騙されているんだろう? 心から同情する。
「浜津、お前は宝具の使い方もよく理解していたな」
「それはうちのおじいちゃんたちがずっと話してくれていたんです。江ノ島に暗雲に覆われるとき、天女と七福神が復活する。そのひとりがボクらの血筋だって。最初はもちろん、年寄りのたわごとだと思ってました……けど、見ちゃったんです」
「この間襲われたときのこと?」
 俺の質問に、浜津は首を振った。
「もっと前……。学校で、五頭龍を見たんです」
「学校って!」
 驚く俺たちだが、岩屋だけは冷静だった。
「五頭龍は最初からわかっていたんだ。一ノ瀬が新海に見つかった時点で、高校にすでに入り込んでいた。だから、八幡や松葉伶子、お前らの身体が乗っ取られたと考えれば……」
「ボクは八幡……先輩や松葉先生の身体が乗っ取られていたことも知っていたんです。でも、本当に戦わないといけないのは、他にいた。だからみなさんには悪いと思いつつ、単独行動を取っていたんです。それに、『志桜』の仕事もありましたし」
「浜津は『志桜』の名を使って、俺たちを集めて餌にした。そして自分を乗っ取ろうとたくらんでいた四ノ宮を見事倒したってことでいいのかな?」
「ええ。四ノ宮は最初、普通の一生徒でした。でも、学園内の様子をうかがう、偵察でもあったんです」
「もったいぶらないで言ってよ。四ノ宮たち以外の龍を、キミは見たんでしょ?」
 珍しく八幡先輩が口を挟む。一ノ瀬、二前、三ヶ岳でも、今日捕えた四ノ宮でもない五頭龍。五番目の龍……。それは一体誰なんだ? 重苦しい空気の中、浜津は小さく口を開いた。
「生徒会長の、五頭先輩です。……最初は何をしているのか、わかりませんでした。でもあの人は、うちの生徒ではない四人の学生に指示を出していた。その学生たちは珠に変わり、それぞれの場所に飛んで行ったんです。さすがに最初は目を疑いました。だけど、感じたんです。重くて暗い、龍の気を」
「五頭か。ちっ、うまく化けてやがったな」
 岩屋は苛立ちを隠せないのか、眉間にしわを寄せる。
「そうね。五頭くんが保健室に来た時、私は何も感じなかった。まだ覚醒してなかったからかもしれないけど、あれは偵察だったのね」
 伶子先生も苦々しくつぶやく。
 生徒会長の五頭か……。俺や隼真は一年だからよく知らない。八幡先輩も学年が違う。これは盲点だったかもしれない。
「こーなったら、五頭を全員で縛りあげましょう! 一応七福神の中の五人……いや、六人は集まったんだ! 力技で倒せるって!」
「どうだかな」
 隼真が拳をあげて立ち上がったのに、岩屋はそのやる気を削いだ。
「なんでっスか! こっちには龍の珠だって四つある! 勝てないわけがない!」
 そう隼真は続けたが、岩屋はもちろん、伶子先生、昔から自分がどういう存在だか理解していた浜津は黙る。八幡先輩は困ったような表情を浮かべるだけだ。そういう俺も、本当のことをいうと勝てる気がしない。
まず、龍を封印するには『七福神』がそろわなくてはいけない。だが、最後のひとり弁財天が見つかっていない。だったら力技で倒す? それも自信がない。なぜなら、生徒会長の五頭は、岩屋や伶子先生の前に立っても気づかれなかったくらいだからだ。それに、浜津いわく、四人の龍たちに指示をしていたというじゃないか。五頭龍のリーダー。今までの敵は何とか倒してきたとはいえ、五頭に勝てるのだろうか。どんな攻撃をしてくるかもわからない。それに五頭は、俺たちの目をうまく誤魔化してきたんだ。今だって、どこかに潜んで動向を探っているかもしれない。一ノ瀬や二前のようなことはしなくても、もしかしたら三ヶ岳みたいに弁財天の身体を乗っ取っているかもしれないし、四ノ宮みたいに大勢を操る能力があるかもわからない。
例えば、学校の朝礼などで、大勢の生徒を操って俺たちを襲ったら? それなら学校の外で戦うしかない。
『志桜』の楽屋で無言になる俺たち。そのとき、浜津のスマホが鳴った。
「……オトちゃん?」

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