七、五頭龍と天女

文字数 2,295文字

「岩屋先生は本当に麗しい……早く俺と結婚してくれないかな?」
「やめろ、気持ち悪い」
 あの五頭龍との戦いから数日後。
俺たちが保健室でお弁当を食べていると、五頭生徒会長が訪ねてきた。
ここは学校だ。他の生徒を巻き込まないためにも、大人しくしていてもらいたいんだけど……どうやら先日の戦いから、五頭龍の様子がおかしい。
何度でもいう。岩屋は男だ。五頭龍の伝説は、天女に五頭龍が惚れる話だ。天女だった岩屋は『男だったから』、五頭龍を封印できなかった。そこで俺たち七福神を探し出し、封印させようとしていたはずだ。
それがなぜ、今になって五頭龍が同性である岩屋に愛の言葉をささやいているんだ?
「岩屋先生、抱きついてもいい?」
「げっ! やめろ。冗談でもよせ。吐き気がする」
「ふふっ、岩屋先生はツンデレなんだよね? 今はツンだけど、いつかは俺にデレる姿も見せてほしいなぁ」
 思わず、ぶっ! っと隼真が米粒を吐き出した。
「岩屋先生、どういうことなの? 見てる分にはとても愉快だけれど……」
 にっこり女神……いや、女王様の笑みを浮かべる伶子先生。確かにこの状況の説明はしてほしい。岩屋は俺らを巻き込んだ張本人だ。それなのに、結局五頭龍に惚れられたって。
 岩屋はがじがじと箸を噛みながら、隙あらばくっつこうとする五頭を避けつつ、話し始める。
「多分、これはこいつの能力だ」
「五頭の力……幻覚だっけ?」
 伶子先生の脚をリンパマッサージしていた八幡先輩がつぶやくと、岩屋は大きくうなずいた。
「ああ、そうだ。そして、俺の羽衣はバリアと反射。つまり、俺は幻覚を跳ね返したわけだけど……五頭はその返ってきた幻覚にかかったんだ」
「そのせいで、岩屋先生が愛しの人に見えるようになったってことでしょうか?」
 浜津は甘い卵焼きばかりを頬張りながら、岩屋を見る。
「みたいだな」
 隼真もじーっとアツアツ……か不明なふたりを見つめる。
「でも、これで万事おさまったってことだよね? 宝具を奉納して封印することもなく、平和に暮らせるんじゃ……」
「俺の平和を無視してるだろーがぁっ!」
「怒る岩屋先生もかわいいなぁ。俺はこのままでいいよ? 一生一緒にいようね。海外で同性婚しよう」
「ふざけんなっ! 俺は美女が好きなんだっ!」
「……へぇ? まぁいいよ、俺と離れたいなら。俺は岩屋先生の気持ち、大事にするから。でもね、俺は一生先生につきまとって、女と結婚なんて絶対にさせない。俺と一緒に死んでもらうよ」
「しかもヤンデレ気質まであるのか……」
 俺は呆れた口調で五頭に目をやった。五頭はもう、俺たち七福神にはまったく興味がなさそうだ。
「本当になんだったんだろうなぁ、俺ら」
「マジでそれだよな……」
「もう戦う必要もなくなったんですよね?」
「これで普通に戻れるの……?」
「それはそれでつまらない気もするけれどねぇ……」
 別の高校の都さんはどうかわからないけど、俺たちはなんだか腑に落ちなかった。平和になったことはいいことたし、宝具も手放さなくてよくはなったけど、今までの戦いはなんだったんだって感じ。
 その翌日。俺と隼真は弁天橋のところでみんなを待っていた。
伶子先生と八幡先輩、浜津と都さん、そして岩屋と……岩屋のストーカーになった五頭とともに、岩屋洞窟に行く予定になっていた。
 もうすぐ六月も終わってしまう。五月半ばから始まった俺らの戦いは終止符を打つ。今日の天気は晴れ。いよいよ夏だ。
 みんなと合流して江島神社でお参りし、その先へと歩みを進める。
「ねぇ、岩屋先生! 帰りはふたりっきりで龍恋の鐘のほうに行こうよ。鐘を鳴らして、鍵をフェンスに……」
「だーっ! やめろ、マジでやめろっ! くそっ! なんでお前なんかとそんなことをしねーといけないんだ! 罰ゲームも大概にしろっ!」
「いや、罰ゲームは受けてもらわなくちゃ困るよ」
 俺はついペラった。
「おい、新海! てめぇっ!」
「だってそうじゃないですか。俺たち巻き込まれたんですよ?」
「確かにな! いいじゃん、先生。五頭と幸せに暮らせば。伝説の通りになるし」
 俺と隼真が適当なことをいうと、岩屋は頭に青筋を立てて怒る。
「ふざけんなっ!」
「でも、案外お似合いよぉ~? 岩屋先生と五頭くん」
「本当ですか? 松葉先生。やっぱりわかる人にはわかるんだなぁ~」
「いい気になるんじゃねぇ! おい、松葉伶子! 余計なこと言うな!」
「レイちゃん、僕たちも龍恋の鐘、行く?」
 どさくさに紛れて、八幡先輩が伶子先生を誘うと、先生はちょっと嬉しそうにうなずく。
「潮! アタシらも行くぞ!」
「え!」
 突然いわれた浜津が、びっくりしたように跳ねる。
「お、オトちゃん? な、なんで……」
「龍恋の鐘で願掛けだ! アタシがビッグなスターになれるようにって!」
「そういう場所じゃないんだけど……オトちゃん、わかってないでしょ」
 大きなため息をつく浜津。こいつも苦労してるなぁ。
「俺たちはどうしようか?」
「男ふたりで龍恋の鐘はちょっとな」
「俺と岩屋先生は行くよ?」
「五頭、お前は黙れ」
 そんな軽口を叩きながら、みんなで階段を上下していく。
 岩屋洞窟の近くに行くと、突き抜けるような青い空と、輝く海が見える。打ち寄せる波に、飛んでくる飛沫。風とともに鼻をかすめる塩のにおい。今日は暑いから、それがとても気持ちいい。
「本当にここは最高の島だなっ!」
俺はこれからもこの島を守っていく。夢のような場所、江ノ島。天女と龍に守られた島。たとえこの島が夢じゃなくても、俺は江ノ島が大好きだ!

                                    【了】

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