第1話

文字数 1,826文字

 友達はみんな彼氏と帰って行った。

 卒業式が終わり、友達や先生や部活の仲間と別れを惜しんで、写真をいっぱい撮って。
 そろそろ帰ろうと思ったら、みんな彼氏と帰ると。

 そうか。

『高校生活最後の下校』だもんな。
 少し雪も散らついて名残を惜しむには持ってこいのシチュエーション。

 いいな……。

 私は三年間通学を支えてくれた白い自転車をこいで一人学舎(まなびや)を後にした。

 誰と帰るかまでは考えてなかった。こんなことなら意地でも卒業式までに彼氏を作っておくんだった。

「ただいまー」
 いつも通りの声で帰宅する。
「おかえり。卒業おめでとう」
 お母さんもいつも通りのテンションで迎えてくれた。
「雪、降り出したんだね。早く着替えてあったまりなさい」
 脱いだ制服をハンガーにかけて、もうこれを着ることはないんだなとしみじみした。
 部屋着に着替えて炬燵(こたつ)に入る。お母さんがココアを入れて持ってきてくれる。パンダ柄のマグカップを両手で包むと、卒業の日に一人で帰ったさみしさが紛れていく気がした。

 意外と淡々としたものだな。

 今日を振り返ってそんなことを思っているとスマホの通知音が鳴った。

『今から行っていい?』

 篠原からのメッセージだった。
 篠原とは高二、高三と同じクラスでわりと気が合って、たまに一緒に出かけたり、試験前には一緒に勉強したりした。

『いいよ』

 篠原に返事をして、キッチンにスナック菓子を取りに行く。

「篠原が今から来るって」

 お母さんに伝えて、自分の部屋の暖房をつけた。

 寒そうに到着した篠原にタオルを差し出すと、雪に濡れた頭をガシガシッと拭いた。

 お母さんが篠原のココアを入れてくれた。それを持って私の部屋へ行く。

「どうしたの?」
「いや、今日で卒業だから制服で前田に会っておこうかな〜と思って」

 うちの高校の男子の制服は学ラン、女子はセーラー服だ。この春に入学してくる子たちからはブレザーに変わる。制服もジェンダーを配慮してブレザーの学校が多くなった。

 篠原の学ランにはズラリとボタンが並んでいる。

「誰にもボタンくださいって言われなかったんだ」
「言われたけど断ったんだよ!」
「へ〜〜」

 笑いながらポテトチップスをつついた。酸っぱい味のお気に入り。

「前田、いつもそれ食べてたよなあ」
「美味しいもん」

 篠原が鞄からドサッと写真を取り出した。

「なに?」
「俺の育ってきた軌跡を見たいだろ?」
「なんで?」

 篠原の言うことはよくわからないけど、小さい頃の篠原はプクプクとしてかわいいし、中学生の頃は野球部の坊主頭がいじらしい。それにしてもこんなに写真があるのがすごいな。

「おやじの趣味なんだ。カメラ」
「へ〜」
「で、なんで写真なの?」
「好きな人の幼い頃の写真、見たいだろ?」
「は?!」

 好きな人……。私って篠原のこと好きなんだっけ。

「前田、鈍感過ぎて気付いてないみたいだから伝えに来てやったんだよ。ほい、第二ボタン」

 篠原の制服から外された金色のボタンを受け取って眺める。
 えっと……、どういうこと?

「高校生活って、やっぱり俺にとってはユートピアだったよ。だってさ、毎日約束しなくても学校に行けばみんなに会えるんだぜ。約束しなくても前田は学校にいる。明日からはそうじゃない……」

 篠原の言う通りだ。卒業を淡々としたものだと思ったが、それはまだ実感がないからだ。

「私って篠原が好きなの?」

 ボタンをてのひらに乗せたまま、まぬけな質問をする。

「好きだろ。明日からもう俺に会えないと思うとさみしいだろ」

 確かに。それはさみしい。それに今日、一人で帰る道すがらチラリと浮かんだのは篠原の顔だった。こんなことなら嘘でも篠原と付き合っておけばよかった、なんて。

「好きな写真、選んでいいよ」

 そう言われて、もう一度たくさんの写真に目を通す。そこに写る篠原がどれもこれも愛おしく見えてきた。

「じゃあこれとこれとこれ」

 三歳ぐらいの篠原と、野球少年の篠原と、高校生の篠原の三枚を選んだ。

「今度、前田の写真も見せてくれよな」
「うん。探しておく」

 私って鈍感なのかな。それとも流されやすいのか……。
 どっちかわからないけど、今日一人で帰った時に冷え切った私の心はすっかり温まっていた。

 そして篠原が帰ってしばらくしてから気がついた。

 篠原は告白しに来てくれたんだ。
 あんな言い方だからわからない!

 ちょっと変化球だけど、私の卒業式を温かい日にしてくれてありがとう。

 今度、篠原に会ったらそう伝えようと思った。
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