文字数 765文字

 ブゥゥゥ……ン……耳障りな音で、誠司は目が覚めた。部屋の電気もテレビもつけたまま、布団も被らず、そのまま寝てしまったらしい。テレビにはもう何も映っていなかった。時計を見ると、夜中の三時半だった。頭痛がする。昨日も飲み過ぎた。
 それにしてもこの音は何の音だろうか。音のするほうを見ると、足下に、昨晩に飲んだ日本酒の一升瓶が横向きに転がっていた。中身は空で、蓋は無かった。音はどうやら、そこから聞こえてくるみたいだ。
「何だ?」
 一升瓶を手に取ると、中に一匹の羽虫がいた。羽虫は瓶の中で飛び回っていたが、誠司に気付いたのか、動くのをやめた。
「こいつの羽の音だったのか。くそっ、どっから入って来やがったんだ」
 指先に収まるほどの小さな羽虫だった。羽虫は瓶の口から勢いよく飛び出すと、誠司の脂ぎった鼻頭にとまった。
「このやろ!」
 思いきり鼻をひっぱたいたが、羽虫は悠々と逃れ、流し台のほうへと飛んで行った。誠司は手についた鼻の脂をズボンで拭いながら追いかけると、羽虫は換気扇の下の電気コンロの横に置いてあるタバコの箱にとまっていた。ちょうど、角のところに落ち着いている。
 まったく羽虫というやつは、どうしてこうも叩きにくい場所を選んでとまるのか。きっと人間の殺意を察知するのだろう。ふん、構うものか。そのまま潰してやる。誠司は狙いを定め、上から叩いた。だが羽虫は指と指の間をすり抜けた。角を叩かれたタバコの箱は、はずみで流し台へ落ちた。ボチャッという音がした。
 嫌な予感がする──誠司は流し台を覗いた。洗わずに水に浸けておいた百均の味噌汁用のうつわの中で、箱は力無く、うつ伏せに浮かんでいた。すぐに取り出したが、上蓋が開いた状態だったため、中までしっかりと浸水していた。まだ二本しか吸っておらず、新品も同然だった。ラクダの絵が泣いている。
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