終わらない悲しみ

文字数 1,740文字

 次の日の朋美は落ち着いているように見えた。
 朝いちで彼女の部屋を訪れると、彼女はベッドの上で上半身を起こしていた。

「おはよう朋美。」

 妙な感じを与えないように、あんまり感情を込めないように注意しながら声をかけてみる。

「うん、おはよう、慶介…。」

 元気…ではないが、昨日のように取り乱しているわけでもない。
 これなら少しは話ができるだろうか…そう思った俺は、ベッドの近くまで歩いていき、床に腰を下ろした。
 朋美はこちらを見ようともせず、ぼんやりとベッドサイドの窓から外を見ていた。

「ねぇ…慶介くんは私のお願いを聞いてくれる?とても大切なお願い。」

 窓の外から視線を外すことなく、朋美は言った。

「俺で…出来ることなら、聞くけれども…。」

 どんなお願いがくるのか分からず、警戒してしまう。

「とっても簡単なことだよ…。私と慶介くん、二人のためになるお願い。」

「俺達の?」

「うん、私たちがこれから幸せになるためのお願い。」

 あの一件以来、初めて聞いた前向きな言葉に、少しだけ心が沸き立つ。
 朋美が戻った。馬鹿な俺はそんな都合のいいことを考えてしまった。

「俺たちが幸せになるためのお願いなら、聞くよ。」

「うん…ありがとう。慶介くんやっぱり優しいね…。」

 朋美が視線を窓から俺の方へと向ける。そこには俺が大好きなあの柔らかな微笑が浮かんでいた。

「ね…慶介くん…。」

 なのにい突然その微笑が消えた、急速にオレの心に不安が湧き上がる。

「私たち、別れよう。」

 嫌な予感が的中してしまった。薄々考えてはいた。
 俺がいて朋美が苦しむならその方法もと考えたことはある。
 だけど、どうしてもその決断だけは出来なかった。愛していたから。
 なのに朋美はあっさりとそれを口にした。

「お、俺のこと…嫌い、なのか?」

 なんとばかげた問だろうか、話はもうそんなレベルのものではないというのに。

「ううん…大好き。慶介くんのこと、本当に大好き。誰よりも好き。世界で一番好き。誰にも渡したくない、私だけのものにしたいくらい好き。だからね、分れるの。」

 自分の理論が絶対に間違っていないという顔、全く感情のこもっていない声。

「ごめん…。意味がわからない…。好きなら別れたくないよ。」

「私はね…貴方に捨てられる恐怖が消えないの。慶介くんはね、私を見てずっと悲しい顔をしているの。そんな二人がね、一緒にいて幸せなわけないじゃない。だからね、お互いにお別れしよう…。私は捨てられないため。慶介くんは、悲しくなくするために…ね。それが一番なの。」

「俺は!俺は朋美を捨てたりなんかしない!捨てられるくらいならこんなに苦しんだりしない!本当だ、信じてくれ!」

 縋り付くように俺は言った。この提案だけは絶対に翻意させなくてはならない。
 この提案を受け入れた時点で、絶対に俺たちは幸せになれないと思った。
 だからしつこいくらいに食い下がる。

「康介くんはね…とっても優しいんだよ。だからね傷ついた私を見捨てられないの。でもね何年かして、ふと我に返った時に、絶対に後悔するんだよ…こんな傷物と付き合っていたことを。」

 淋しそうな顔で、淡々というと朋美。

「馬鹿にするなよ!」

 遂に俺の感情が爆発してしまった。悲しみと苦しみの中で藻搔いている朋美に、絶対にしないでおこうと思っていたのに、俺は語気を荒らげてしまった。

「傷物ってなんだ!お前は傷物じゃない、汚れてもいない。」

「汚れてるよ…初めてを奪われ…体中を触られ…慶介さえ触れていないところも。」

「それは…お前の意志か?お前の意志でしたことか?」

「そんな訳ない!私はずっと、いつの日か慶介とって思ってた!」

 朋美の感情が爆発しかける。口調に感情がこもり始め目つきが変わる。

「なら!」

 俺は短くそう言うと、強引に朋美を抱きしめた。
 恐怖からなのか、朋美は俺の抱擁から逃れようと暴れる。

「いつの日か、お前が大丈夫になった時…お前の意志で、俺に抱かれてくれ…それで十分だから。俺にとってはそれがお前の初めてだから…。」

 朋美の体がビクリと震えた。

「な…ちょっとだけ、話を聞いてくれるか…。」

 問いかけてみる。返事はない。だが拒絶している様子もない。
 だから俺は離し始めた。その昔、とある人から聞いた話を。
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