愛するがゆえに
文字数 1,907文字
あの日、少し持ち直したかに見えた朋美だったが、心の傷がそれほど簡単に癒える筈もなかった。
抱き合ってお互いに声が枯れるまで泣き、泣きつかれて眠ってしまった朋美をそっとベッドに戻し、俺は黙って朋美の寝顔を見つめていた。
しかし朋美は30分もしないうちに、ひどくうなされ、そして直ぐに叫び声を上げて飛び起きた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…汚い…汚い…汚い…。」
狂ったようにただひたすらそう言い続けると、朋美は突然服を脱ぎ、脱いだ上着で力いっぱい体をこすり始める。
すぐに肌が赤くなる。
「やめろ!朋美!やめるんだ。」
俺が朋美の手から上着を奪い取ろうとすると、これが本当に朋美なのかと疑いたくなるような、獣じみた‥そう、手負いの獣のような顔で俺を睨みつけてくる。
「離して!汚いの!私の身体は汚いの!早くきれいにしないと、慶介に捨てられちゃうの!捨てられたら嫌なの…嫌なのよぉ…だから綺麗にしないと…元通りにしないと…慶介が好きな私にならないと…。」
俺一人の力では抑えきれない。朋美の体のどこにこれほどの力があったのか。
仕方なく俺は、大声でおばさんを呼んだ。
バタバタと足音が聞こえて、おじさんとおばさん、二人が姿を表した。
おじさんは、朋美の姿を見て顔を真っ青にしていた。
どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ…などと言って笑っていた姿が思い出される。この人は、本当に心の底から朋美を大切にしていた。
付き合い始めた頃、冗談交じりではあったが、私から娘を奪う以上は殴られる覚悟はあるだろうねと言っていた。
それ程までに大切に育て上げた娘が、この様な姿になっているのを見て、どんな思いを抱いているのか、それは俺にもわからなかった。
ただ俺が感じている怒りと悲しみ以上の感情を持っていることは確かだろう。
「かあさんは手を抑えて、俺は足を抑える。けい…くっ…君は娘を落ち着かせてくれ。」
俺の名を呼ぶことを一瞬ためらったように見えた。
おばさんから説明を受け、受け入れたものの、心のなかでは俺の責任とおもっているのだろう。理不尽にも思えるが、それは仕方ないことだと俺は納得している。
おじさんとおばさん二人が手足を抑えにかかると、朋美はさらに半狂乱になって何事かを叫んでいた。
「離して!離して!慶介に捨てられる、捨てられるのは嫌なの、何で離してくれないの、慶介に捨てられてもいいの?ねぇ!ねぇ!離してよぉぉ。」
あの美しかった朋美が、いつも柔らかく微笑んでくれていた朋美が…鬼女のような形相で叫び続けている。
その姿がオレの心を抉る。これ以上の悲しみはないと思っていた俺の悲しみを、やすやすと突破して、今まで以上の悲しみを更新する。
「朋美…朋美…、お前は…汚れてない、汚くない。俺の大好きな朋美のままだ…だから、落ち着こう。話そう…な、大好きだから。お前が俺を捨てるまで、俺はお前から離れないから…。」
心が痛む、これ以上無い絶望に押しつぶされそうになる。
でもいま一番苦しいのは朋美だから、おれは持てる限りの優しい言葉で語りかける。
「私…汚れてないの?…綺麗なままなの?」
一瞬真顔に帰った朋美が俺に問いかけてくる。
おれは朋美の目を見てあぁとだけ返した。
朋美の顔に柔らかな笑顔が戻ってくる。俺は安堵した。
だが次の瞬間、再び朋美の顔が鬼女に変わる。
「アハハ…慶介くん、嘘つきだ…他の男に抱かれたのに、汚くないって、嘘付いた…本当は汚いって思ってるから、嘘つくんだよね…あはははははは…慶介くん…嘘つく慶介くんは、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌いきらい…大嫌いぃぃぃぃ!!」
再び暴れ始める。
俺の声が届かない。何を言っても本当だと思ってもらえない。
俺では…朋美の傷を癒せないのか…心が重く沈み込む。
いまが絶望のそこだと思っていた。だがまだまだ底があるのだと朋美が教えてくれた。
さっき感じていたのはまだまだ序の口だったのだと。
絶望はまだ始まったばかりなのだと…。
俺は暴れる朋美を抱きしめた。
それが別のトリガーを引きてしまったのか、朋美はさらに激しく暴れた。
おばさんの手を振り払い、自由を手に入れた朋美の腕が手が、俺の身体の至る所を殴打していく。
涙が出てきて止まらなかった。それは痛いからではない。
悲しいからでもない。
俺が朋美を救えないという事実が、俺の胸を締め付け、涙が溢れてくるのだ。
「朋美…ごめん、ごめんな…。」
朋美が暴れるのに任せて、それでもしっかりと朋美を抱きしめて泣くことしか出来なかった。
どうすれば朋美を癒やすことが出来るのか…答えが出ない悩みを抱えながら。
抱き合ってお互いに声が枯れるまで泣き、泣きつかれて眠ってしまった朋美をそっとベッドに戻し、俺は黙って朋美の寝顔を見つめていた。
しかし朋美は30分もしないうちに、ひどくうなされ、そして直ぐに叫び声を上げて飛び起きた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…汚い…汚い…汚い…。」
狂ったようにただひたすらそう言い続けると、朋美は突然服を脱ぎ、脱いだ上着で力いっぱい体をこすり始める。
すぐに肌が赤くなる。
「やめろ!朋美!やめるんだ。」
俺が朋美の手から上着を奪い取ろうとすると、これが本当に朋美なのかと疑いたくなるような、獣じみた‥そう、手負いの獣のような顔で俺を睨みつけてくる。
「離して!汚いの!私の身体は汚いの!早くきれいにしないと、慶介に捨てられちゃうの!捨てられたら嫌なの…嫌なのよぉ…だから綺麗にしないと…元通りにしないと…慶介が好きな私にならないと…。」
俺一人の力では抑えきれない。朋美の体のどこにこれほどの力があったのか。
仕方なく俺は、大声でおばさんを呼んだ。
バタバタと足音が聞こえて、おじさんとおばさん、二人が姿を表した。
おじさんは、朋美の姿を見て顔を真っ青にしていた。
どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ…などと言って笑っていた姿が思い出される。この人は、本当に心の底から朋美を大切にしていた。
付き合い始めた頃、冗談交じりではあったが、私から娘を奪う以上は殴られる覚悟はあるだろうねと言っていた。
それ程までに大切に育て上げた娘が、この様な姿になっているのを見て、どんな思いを抱いているのか、それは俺にもわからなかった。
ただ俺が感じている怒りと悲しみ以上の感情を持っていることは確かだろう。
「かあさんは手を抑えて、俺は足を抑える。けい…くっ…君は娘を落ち着かせてくれ。」
俺の名を呼ぶことを一瞬ためらったように見えた。
おばさんから説明を受け、受け入れたものの、心のなかでは俺の責任とおもっているのだろう。理不尽にも思えるが、それは仕方ないことだと俺は納得している。
おじさんとおばさん二人が手足を抑えにかかると、朋美はさらに半狂乱になって何事かを叫んでいた。
「離して!離して!慶介に捨てられる、捨てられるのは嫌なの、何で離してくれないの、慶介に捨てられてもいいの?ねぇ!ねぇ!離してよぉぉ。」
あの美しかった朋美が、いつも柔らかく微笑んでくれていた朋美が…鬼女のような形相で叫び続けている。
その姿がオレの心を抉る。これ以上の悲しみはないと思っていた俺の悲しみを、やすやすと突破して、今まで以上の悲しみを更新する。
「朋美…朋美…、お前は…汚れてない、汚くない。俺の大好きな朋美のままだ…だから、落ち着こう。話そう…な、大好きだから。お前が俺を捨てるまで、俺はお前から離れないから…。」
心が痛む、これ以上無い絶望に押しつぶされそうになる。
でもいま一番苦しいのは朋美だから、おれは持てる限りの優しい言葉で語りかける。
「私…汚れてないの?…綺麗なままなの?」
一瞬真顔に帰った朋美が俺に問いかけてくる。
おれは朋美の目を見てあぁとだけ返した。
朋美の顔に柔らかな笑顔が戻ってくる。俺は安堵した。
だが次の瞬間、再び朋美の顔が鬼女に変わる。
「アハハ…慶介くん、嘘つきだ…他の男に抱かれたのに、汚くないって、嘘付いた…本当は汚いって思ってるから、嘘つくんだよね…あはははははは…慶介くん…嘘つく慶介くんは、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌いきらい…大嫌いぃぃぃぃ!!」
再び暴れ始める。
俺の声が届かない。何を言っても本当だと思ってもらえない。
俺では…朋美の傷を癒せないのか…心が重く沈み込む。
いまが絶望のそこだと思っていた。だがまだまだ底があるのだと朋美が教えてくれた。
さっき感じていたのはまだまだ序の口だったのだと。
絶望はまだ始まったばかりなのだと…。
俺は暴れる朋美を抱きしめた。
それが別のトリガーを引きてしまったのか、朋美はさらに激しく暴れた。
おばさんの手を振り払い、自由を手に入れた朋美の腕が手が、俺の身体の至る所を殴打していく。
涙が出てきて止まらなかった。それは痛いからではない。
悲しいからでもない。
俺が朋美を救えないという事実が、俺の胸を締め付け、涙が溢れてくるのだ。
「朋美…ごめん、ごめんな…。」
朋美が暴れるのに任せて、それでもしっかりと朋美を抱きしめて泣くことしか出来なかった。
どうすれば朋美を癒やすことが出来るのか…答えが出ない悩みを抱えながら。