第2話 How much is this ?
文字数 5,072文字
翌日、自宅の寝室で目を覚ました。
「あーあ、良く寝たなぁ・・・今日は天気でも良いし朝から散歩にでも行こうかな」
そう言って体を起こし、シャワーを浴びるために洗面台に向かった。その道中、明らかに怒った様子の嫁と鉢合わせた。
「あ、おはよう」
気を利かせて、話しかけた。
「おはようじゃないわよ、あんた手どうしたのよ?」
明らかに声色を変えて聞いてくる。
「え?手ってどういうこと?」
「ほんと、いい加減にしろよ?指輪付けてねーだろうがよ!」
嫁の怒号で、自分の左手の薬指に結婚指輪が付いていないことに気付いた。
「いや!昨日まで付けてたんだって!」
「は?また言い訳すんの?ほんと、あんたってやつは・・・」
「本当なんだって!あ、そうだタケルと昨日飲んだ時に、結婚指輪見せたから指輪してるの知ってるはずだ!聞いてみてよ!」
「ふーん」
嫁は納得してはいない様子ではあったが、雰囲気から嘘を言っていないことは悟ってくれている様子だ。それでも怒りは収まっていない様子であることも分かった。
「ってことはなに?あんた落としたわけ?」
「考えられるとしたら、それしかない」
「あの指輪いくらしたか覚えてないの??35万だよ?そんなもの落として平気なわけ?」
嫁のこの言葉に、昨日のバーでの値段は惜しかったなと思った。
「あ、あの時か!昨日のバーで揉み合った時に、多分落としたんだ!」
昨日、店員の黒人男性に腕を掴まれて、指輪に指を掛けられたことも一緒に思い出していた。
「まぁ何でもいいけどさ、ちゃんと見つけてね。無くなったら・・・わかるよね?」
嫁の言いたいことは何となく、察してはいた。子供が居なかったら、自分も同じ考えを恐らく持っているからだ。
寝室に戻り、おもむろに携帯を手に取り、電話を掛けた。
プルルルル プルルルル ガチャ
「もしもし、タケル?おはよう!」
「おはよ。なんだよ、こんな朝早くからさ」
「あのさ、昨日飲みにプライスバーってとこ行ったじゃん?」
「うんうん、あの不気味な店ね。で、どした?」
「俺、多分そこでさー結婚指輪落としちゃってさ」
「えーお前、なにやってんだよ。奥さんキレてんじゃないの?」
「そりゃ、もうカンカンだよ。だから、取りに行かないと行けなくてさ」
「へー、頑張って来いよ!それじゃ、俺また寝るわー」
何かを察したのか、タケルは電話を切ろうとした。
「おい、ちょっと待ってくれって!一生のお願いだから、今日の夜一緒に行ってくれないか?」
「はー?やだよ、あんなヤバい店」
「頼むって、俺とお前の仲だろ?今度の飲み代は俺が全部出すからさ!」
「ったく、わかったよ。行けばいいんだろ?また、夕方連絡してくれ。それじゃ」
タケルは嫌々ではあったが、PriceBARに再度行くことを了承してくれた。
そして、夕方になり出掛けようと準備していた時に、嫁が話しかけてきた。
「ねぇ、1つお願いしたいことがあるんだけど・・・」
甘えた口調だった。今までの経験上、こういう時は高価な買い物であることが多かったので、何となく察しは付いていた。
「ん?なに?何かの買い物?」
「よくわかったじゃない!今使ってるスマホが古くなっちゃったから、新しいのに替えたいなぁって思って・・・」
嫁はそう言うと、電気屋の広告を見せてきた。
「私の欲しいのはこれ!この85000円のやつ!」
嫁の指した先には、最新のスマートフォンがあった。見覚えのあるモデルだった。
「あ、これタケルの使ってるのと同じ奴だ。へーあいつこんな高いやつ使ってるんだな」
「そうなの?やっぱお目が高いわね!で、買っていい?」
「うーん、まぁ分割払いなら?」
「やったー!うれしー!じゃあ、気を付けていって来てね!夜ごはん作って待ってるから!!」
内心高いなぁとは思いつつも、嫁の機嫌を取るために了承してしまった。
後悔しながら自宅を出て、タケルの家に向かった。指輪探しだけ済ませて帰る予定で飲むつもりはなかったこともあり、タケルの車で行こうという話になっていた。
タケルと合流し乗せてもらい、飲み屋街の裏通りにあるPriceBARのある雑居ビルの前に着いた。
昨日と同じで、その店だけ明かりが点いている。
「ほんとに行くのかよ?俺ここで待ってていい?」
「ここまで来たんだから、頼むって!」
そうして、おそるおそる店の扉を開けた。
昨日とは違い、他の客は一人もおらず、店員もふくよかな白人女性と、
「Hello! 」
白人女性が、こちらに向けて声を発した。
正直、早く用事を済ませて帰りたかったこともあり、白人女性の挨拶を無視して要件だけ伝えた。
「Excuse me , I dropped my wedding ring yesterday. Can I search inside the store?」
「OK. Please」
その返答を聞き、指輪を探そうとした時にタケルが聞いてきた。
「さっきは何て言ったんだ?」
「昨日、結婚指輪を落としたから、店の中を探していいかって聞いたんだよ」
「なるほどね~流石インテリ系!にしても、あの黒人ずっとお前のことみてたぜ」
「あぁ気付いていたよ。早く探して帰ろう」
そうして、2人で昨日座ったテーブルのあたりを探していた。
「無いなぁ。小っちゃいから隙間とか挟まってるのかな?」
「こっちも無いな。本当にこの店にあるのか?別の場所に落としたとか?」
「いや、落ちるとしたら、ここしかないはず・・・もしかしたら、振りほどこうとした時に遠く飛んでったのかも」
「それはあるかもな。ちょっと俺向こう側探してくるわ!」
そう言ってタケルは立ち上がると同時に振り返って、歩こうとしたその時、タケルは何かにぶつかった。その衝撃でポケットから彼のスマートフォンが落ちた。
ちょうど電源ボタンのところから落ちたのか、スマートフォンは電源がついていた。
「いててて、お前、居るんなら居るって言えよ!」
タケルが怒鳴った目線の先には、
黒人男性は何も言わずに、左手でスマートフォンを拾い上げ、右手の人差し指でスマートフォンの画面を指さして口を開いた。
「How much is this ?」
昨日と同じセリフと表情だった。
「は?またそれかよ・・・ったく。あいつが持ってる以上、ちゃんと当てないとスマホを返してもらえないしな。ええと・・・」
タケルは5秒ほど、考えた結果、再度口を開く。
「そうだ!7万5千円だ!7万5千!」
タケルは自信ありげに答えた。最新機種ということもあり、比較的買ってから日が浅く、記憶にあったのだろう。
「Seventy five thousand yen ? Really?」
黒人男性は、昨日と全く同じ流れで、最後の確認をしてくる。
7万5000円という数字を聞いて、夕方話した嫁の言葉を思い出した。
<私の欲しいのはこれ!この85000円のやつ!>
嫁が欲しがっていたのは、タケルの持っているスマートフォンと同じモデルであったため、タケルの答えが間違っていることを悟った。
「タケル!7万5千は間違っているぞ!正確には8万5千だ!」
タケルが黒人男性に返答をする前に、タケルに助言した。
その言葉を聞いて、タケルも完全に思いだした様子であり、ガッツポーズで感謝を示してくれた。
「8万5千円だ!ええと、Eighty five thousand yen !!」
タケルは、今まで日本語で通じていたにも関わらず、何故か英語で答えた。それほど間違えたくなかったのだろう。
その言葉を聞いた黒人男性はいつも通り最終確認をしてくる。
「Eighty five thousand yen ? Really?」
「イエス!イエス!」
タケルは返答する。タケルと自分は正解だと感じていたこともあり、安堵の表情を浮かべた。
「No ! You’re wrong !!」
黒人男性はもの凄い剣幕で声を上げた。
一瞬、空気が静まり返った。なぜ間違っているのかが2人には理解できなかったからだった。
(タケルのスマートフォンは違う機種なのか・・・?そんなはずはない。型番まで一緒のはずだ)
何度考えても値段は合っているはずだという疑問はあったが、値段を間違えたという現実だけが残っていた。
スマートフォンを奪われるかと思ったタケルは、ダメ元で黒人男性からスマートフォンを奪い取ろうとした。
意外なことに、黒人男性は一切抵抗せずに、タケルはスマートフォンを奪い返すことに成功した。
「おい!逃げるぞ!こんなとこにいたら、気が狂う!あれだけ探しても無かったんだし、指輪はここ店にはねーよ!」
タケルがこっちに向かって走りながら、話しかけてきた。
「そうだな、早くここを出よう」
タケルのスマートフォンが奪われなかったことに疑問は感じていたが、次の質問が来る前にこの店を立ち去りたかった。
そのまま、走って行きタケルの愛車であるハリアーの助手席に乗り込んだ。
「はぁはぁはぁ、ったくとんでもない店だったな。もう誘われても一生行かねーからな」
タケルが息を切らしながら悪態をつく。
「俺も一緒だよ。あー嫁さんになんて言おうかなぁ」
ダッシュをしたことで、肉体的な疲労も感じていたが、後々のことを考えた際の精神的な疲労も感じてしまっていた。
そんな状況をよそに、帰宅するためタケルは車を走らせた。
極度の疲労からか20分ほど無言の時間が続いたのちに、運転しながらタケルが口を開いた。
「でも、なんで俺のスマートフォンは返してくれたんだろ?昨日とかはあんだけ無理やりでも取ってきたのに・・・」
「よくわかんないよな。ほんとにただのゲームだったんかな?」
不思議な体験に、正直頭は混乱状態だった。
「でも、あいつの値段の質問に正解出来なかったものは実際に全部無くなってるのは皮肉だよな・・・お前の指輪もさ」
タケルの言葉を聞いて、ハッとした。
確かにあの黒人男性の質問に正確に答えられなかったものは全て無くなっていたのだ。当初は彼が奪うものだとばかり、思い込んでいた。しかし、脳裏にはそうでもないかもしれないという考えが浮かぶ。
(あの黒人が指さしていたのは、スマートフォンじゃない・・・?)
あの瞬間の情景を思い返した。黒人男性はスマートフォンの待受画面に写っていたハリアーを指さしていたことに気付く。そして、正確にはハリアーの左前輪に指先が触れていた。
「おい!タケル車を止めろ!あいつが指さしてたのは、スマートフォンじゃなくて、待受のハリアーなんだよ、しかも左前輪の!だから、スマートフォンの値段を正確に言っても、値段の質問には外れたんだ!!」
タケルに車を止めろと促したときに、車が左側に傾くのを感じた。
「やべぇ、ハンドルが聞かねぇぇぇ!!」
「おいおい!まじかよ。うわぁぁぁぁぁ」
ガッッシャーン
2人を乗せた車はガードレールに猛スピードで突っ込んだ。
「うっ、動けねぇ」
体全身が痛み、意識が朦朧として目を瞑った。
ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー
「車が単独事故を起こしたようです」
「被害者は二名、うち運転手は死亡確認。助手席の男性は意識不明の重症ではあるものの生存は確認」
「事故車の車種はハリアーです。あと不可解な点ですが、左の前輪が脱輪してます。脱輪したタイヤは見当たりません!」
「見当たらないだと?ちゃんと探したのか?」
「はい!周辺をくまなく散策はしたのですが、前輪は見つけられませんでした。というよりもナット等の痕跡もなく、元から付いていなかったという可能性が高いかと・・・」
「そんなわけがないだろう?まぁいい、あとの事は交通捜査課の連中に任せよう。とりあえず生存者の人命救助が優先だ!」
気が付くと、知らない天井が見えた。全身の痛みと、恐らく出血多量による貧血で意識が朦朧としている。
(ここは、病院か・・・?点滴が見える。あとはこれは人口呼吸器か・・・)
事故により肺が潰れ、自力で呼吸をすることが出来なかった。幸いにも一命は取り留め、病院のベットで寝かされていることを知った。
「$%&#$#@」
何かが喋っているのが聞こえる。意識が遠すぎてちゃんと聞き取れない。
全身をひた走る痛みに我慢しながら、声のする方向へ顔を向けた。
聞き取れなかった声の主は、
彼は人工呼吸器のチューブを持ち、それを指差しながら、問いかけてきた。
「How much is this ?」
「あーあ、良く寝たなぁ・・・今日は天気でも良いし朝から散歩にでも行こうかな」
そう言って体を起こし、シャワーを浴びるために洗面台に向かった。その道中、明らかに怒った様子の嫁と鉢合わせた。
「あ、おはよう」
気を利かせて、話しかけた。
「おはようじゃないわよ、あんた手どうしたのよ?」
明らかに声色を変えて聞いてくる。
「え?手ってどういうこと?」
「ほんと、いい加減にしろよ?指輪付けてねーだろうがよ!」
嫁の怒号で、自分の左手の薬指に結婚指輪が付いていないことに気付いた。
「いや!昨日まで付けてたんだって!」
「は?また言い訳すんの?ほんと、あんたってやつは・・・」
「本当なんだって!あ、そうだタケルと昨日飲んだ時に、結婚指輪見せたから指輪してるの知ってるはずだ!聞いてみてよ!」
「ふーん」
嫁は納得してはいない様子ではあったが、雰囲気から嘘を言っていないことは悟ってくれている様子だ。それでも怒りは収まっていない様子であることも分かった。
「ってことはなに?あんた落としたわけ?」
「考えられるとしたら、それしかない」
「あの指輪いくらしたか覚えてないの??35万だよ?そんなもの落として平気なわけ?」
嫁のこの言葉に、昨日のバーでの値段は惜しかったなと思った。
「あ、あの時か!昨日のバーで揉み合った時に、多分落としたんだ!」
昨日、店員の黒人男性に腕を掴まれて、指輪に指を掛けられたことも一緒に思い出していた。
「まぁ何でもいいけどさ、ちゃんと見つけてね。無くなったら・・・わかるよね?」
嫁の言いたいことは何となく、察してはいた。子供が居なかったら、自分も同じ考えを恐らく持っているからだ。
寝室に戻り、おもむろに携帯を手に取り、電話を掛けた。
プルルルル プルルルル ガチャ
「もしもし、タケル?おはよう!」
「おはよ。なんだよ、こんな朝早くからさ」
「あのさ、昨日飲みにプライスバーってとこ行ったじゃん?」
「うんうん、あの不気味な店ね。で、どした?」
「俺、多分そこでさー結婚指輪落としちゃってさ」
「えーお前、なにやってんだよ。奥さんキレてんじゃないの?」
「そりゃ、もうカンカンだよ。だから、取りに行かないと行けなくてさ」
「へー、頑張って来いよ!それじゃ、俺また寝るわー」
何かを察したのか、タケルは電話を切ろうとした。
「おい、ちょっと待ってくれって!一生のお願いだから、今日の夜一緒に行ってくれないか?」
「はー?やだよ、あんなヤバい店」
「頼むって、俺とお前の仲だろ?今度の飲み代は俺が全部出すからさ!」
「ったく、わかったよ。行けばいいんだろ?また、夕方連絡してくれ。それじゃ」
タケルは嫌々ではあったが、PriceBARに再度行くことを了承してくれた。
そして、夕方になり出掛けようと準備していた時に、嫁が話しかけてきた。
「ねぇ、1つお願いしたいことがあるんだけど・・・」
甘えた口調だった。今までの経験上、こういう時は高価な買い物であることが多かったので、何となく察しは付いていた。
「ん?なに?何かの買い物?」
「よくわかったじゃない!今使ってるスマホが古くなっちゃったから、新しいのに替えたいなぁって思って・・・」
嫁はそう言うと、電気屋の広告を見せてきた。
「私の欲しいのはこれ!この85000円のやつ!」
嫁の指した先には、最新のスマートフォンがあった。見覚えのあるモデルだった。
「あ、これタケルの使ってるのと同じ奴だ。へーあいつこんな高いやつ使ってるんだな」
「そうなの?やっぱお目が高いわね!で、買っていい?」
「うーん、まぁ分割払いなら?」
「やったー!うれしー!じゃあ、気を付けていって来てね!夜ごはん作って待ってるから!!」
内心高いなぁとは思いつつも、嫁の機嫌を取るために了承してしまった。
後悔しながら自宅を出て、タケルの家に向かった。指輪探しだけ済ませて帰る予定で飲むつもりはなかったこともあり、タケルの車で行こうという話になっていた。
タケルと合流し乗せてもらい、飲み屋街の裏通りにあるPriceBARのある雑居ビルの前に着いた。
昨日と同じで、その店だけ明かりが点いている。
「ほんとに行くのかよ?俺ここで待ってていい?」
「ここまで来たんだから、頼むって!」
そうして、おそるおそる店の扉を開けた。
昨日とは違い、他の客は一人もおらず、店員もふくよかな白人女性と、
あの
黒人男性のみだった。「Hello! 」
白人女性が、こちらに向けて声を発した。
正直、早く用事を済ませて帰りたかったこともあり、白人女性の挨拶を無視して要件だけ伝えた。
「Excuse me , I dropped my wedding ring yesterday. Can I search inside the store?」
「OK. Please」
その返答を聞き、指輪を探そうとした時にタケルが聞いてきた。
「さっきは何て言ったんだ?」
「昨日、結婚指輪を落としたから、店の中を探していいかって聞いたんだよ」
「なるほどね~流石インテリ系!にしても、あの黒人ずっとお前のことみてたぜ」
「あぁ気付いていたよ。早く探して帰ろう」
そうして、2人で昨日座ったテーブルのあたりを探していた。
「無いなぁ。小っちゃいから隙間とか挟まってるのかな?」
「こっちも無いな。本当にこの店にあるのか?別の場所に落としたとか?」
「いや、落ちるとしたら、ここしかないはず・・・もしかしたら、振りほどこうとした時に遠く飛んでったのかも」
「それはあるかもな。ちょっと俺向こう側探してくるわ!」
そう言ってタケルは立ち上がると同時に振り返って、歩こうとしたその時、タケルは何かにぶつかった。その衝撃でポケットから彼のスマートフォンが落ちた。
ちょうど電源ボタンのところから落ちたのか、スマートフォンは電源がついていた。
「いててて、お前、居るんなら居るって言えよ!」
タケルが怒鳴った目線の先には、
あの
黒人男性が立っていた。黒人男性は何も言わずに、左手でスマートフォンを拾い上げ、右手の人差し指でスマートフォンの画面を指さして口を開いた。
「How much is this ?」
昨日と同じセリフと表情だった。
「は?またそれかよ・・・ったく。あいつが持ってる以上、ちゃんと当てないとスマホを返してもらえないしな。ええと・・・」
タケルは5秒ほど、考えた結果、再度口を開く。
「そうだ!7万5千円だ!7万5千!」
タケルは自信ありげに答えた。最新機種ということもあり、比較的買ってから日が浅く、記憶にあったのだろう。
「Seventy five thousand yen ? Really?」
黒人男性は、昨日と全く同じ流れで、最後の確認をしてくる。
7万5000円という数字を聞いて、夕方話した嫁の言葉を思い出した。
<私の欲しいのはこれ!この85000円のやつ!>
嫁が欲しがっていたのは、タケルの持っているスマートフォンと同じモデルであったため、タケルの答えが間違っていることを悟った。
「タケル!7万5千は間違っているぞ!正確には8万5千だ!」
タケルが黒人男性に返答をする前に、タケルに助言した。
その言葉を聞いて、タケルも完全に思いだした様子であり、ガッツポーズで感謝を示してくれた。
「8万5千円だ!ええと、Eighty five thousand yen !!」
タケルは、今まで日本語で通じていたにも関わらず、何故か英語で答えた。それほど間違えたくなかったのだろう。
その言葉を聞いた黒人男性はいつも通り最終確認をしてくる。
「Eighty five thousand yen ? Really?」
「イエス!イエス!」
タケルは返答する。タケルと自分は正解だと感じていたこともあり、安堵の表情を浮かべた。
「No ! You’re wrong !!」
黒人男性はもの凄い剣幕で声を上げた。
一瞬、空気が静まり返った。なぜ間違っているのかが2人には理解できなかったからだった。
(タケルのスマートフォンは違う機種なのか・・・?そんなはずはない。型番まで一緒のはずだ)
何度考えても値段は合っているはずだという疑問はあったが、値段を間違えたという現実だけが残っていた。
スマートフォンを奪われるかと思ったタケルは、ダメ元で黒人男性からスマートフォンを奪い取ろうとした。
意外なことに、黒人男性は一切抵抗せずに、タケルはスマートフォンを奪い返すことに成功した。
「おい!逃げるぞ!こんなとこにいたら、気が狂う!あれだけ探しても無かったんだし、指輪はここ店にはねーよ!」
タケルがこっちに向かって走りながら、話しかけてきた。
「そうだな、早くここを出よう」
タケルのスマートフォンが奪われなかったことに疑問は感じていたが、次の質問が来る前にこの店を立ち去りたかった。
そのまま、走って行きタケルの愛車であるハリアーの助手席に乗り込んだ。
「はぁはぁはぁ、ったくとんでもない店だったな。もう誘われても一生行かねーからな」
タケルが息を切らしながら悪態をつく。
「俺も一緒だよ。あー嫁さんになんて言おうかなぁ」
ダッシュをしたことで、肉体的な疲労も感じていたが、後々のことを考えた際の精神的な疲労も感じてしまっていた。
そんな状況をよそに、帰宅するためタケルは車を走らせた。
極度の疲労からか20分ほど無言の時間が続いたのちに、運転しながらタケルが口を開いた。
「でも、なんで俺のスマートフォンは返してくれたんだろ?昨日とかはあんだけ無理やりでも取ってきたのに・・・」
「よくわかんないよな。ほんとにただのゲームだったんかな?」
不思議な体験に、正直頭は混乱状態だった。
「でも、あいつの値段の質問に正解出来なかったものは実際に全部無くなってるのは皮肉だよな・・・お前の指輪もさ」
タケルの言葉を聞いて、ハッとした。
確かにあの黒人男性の質問に正確に答えられなかったものは全て無くなっていたのだ。当初は彼が奪うものだとばかり、思い込んでいた。しかし、脳裏にはそうでもないかもしれないという考えが浮かぶ。
(あの黒人が指さしていたのは、スマートフォンじゃない・・・?)
あの瞬間の情景を思い返した。黒人男性はスマートフォンの待受画面に写っていたハリアーを指さしていたことに気付く。そして、正確にはハリアーの左前輪に指先が触れていた。
「おい!タケル車を止めろ!あいつが指さしてたのは、スマートフォンじゃなくて、待受のハリアーなんだよ、しかも左前輪の!だから、スマートフォンの値段を正確に言っても、値段の質問には外れたんだ!!」
タケルに車を止めろと促したときに、車が左側に傾くのを感じた。
「やべぇ、ハンドルが聞かねぇぇぇ!!」
「おいおい!まじかよ。うわぁぁぁぁぁ」
ガッッシャーン
2人を乗せた車はガードレールに猛スピードで突っ込んだ。
「うっ、動けねぇ」
体全身が痛み、意識が朦朧として目を瞑った。
ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー
「車が単独事故を起こしたようです」
「被害者は二名、うち運転手は死亡確認。助手席の男性は意識不明の重症ではあるものの生存は確認」
「事故車の車種はハリアーです。あと不可解な点ですが、左の前輪が脱輪してます。脱輪したタイヤは見当たりません!」
「見当たらないだと?ちゃんと探したのか?」
「はい!周辺をくまなく散策はしたのですが、前輪は見つけられませんでした。というよりもナット等の痕跡もなく、元から付いていなかったという可能性が高いかと・・・」
「そんなわけがないだろう?まぁいい、あとの事は交通捜査課の連中に任せよう。とりあえず生存者の人命救助が優先だ!」
気が付くと、知らない天井が見えた。全身の痛みと、恐らく出血多量による貧血で意識が朦朧としている。
(ここは、病院か・・・?点滴が見える。あとはこれは人口呼吸器か・・・)
事故により肺が潰れ、自力で呼吸をすることが出来なかった。幸いにも一命は取り留め、病院のベットで寝かされていることを知った。
「$%&#$#@」
何かが喋っているのが聞こえる。意識が遠すぎてちゃんと聞き取れない。
全身をひた走る痛みに我慢しながら、声のする方向へ顔を向けた。
聞き取れなかった声の主は、
あの
黒人男性であった。彼は人工呼吸器のチューブを持ち、それを指差しながら、問いかけてきた。
「How much is this ?」