第1話 Price BAR

文字数 4,642文字

 自分は毎週金曜日になると、同僚とバーで華金をするどこにでもいる所帯持ちのサラリーマンだ。
 今日もいつものように、行きつけのバーへ行こうとしたのだが、月末の金曜日ということもあり、満席で入れなかった。
 かれこれ1時間近くは、飲み屋街を散策しているが、空いている店はどこにもない。
 それでも飲みたかった自分と同僚は、夜の飲み屋街をぶらぶらと歩いていた。

「ここも満席だってさ。やっぱり今日はどこも空いてないんじゃねーか?」
友人のタケルが話す。

「探せば、どっかあるだろ?この裏通りとかいつも行ってないじゃん?ちょっと見てみようぜ」
 華金のために仕事を1週間頑張っていると言っても過言ではない。
 酒を飲みたいという気持ち一心で、普段行くことのない飲み屋街の裏通りへと足を進めていった。

「プライスバー?なんだここ?」
 タケルがそう呟いた。友人の視線の先を見てみると英語で“Price BAR”と書かれた店看板があった。
 その店は雑居ビルの4階にあり、他の店は看板こそあるものの明かりはついておらず、営業していそうなのは、このPrice BARだけであった。

「なんか変な店だなぁ・・・やめとこうぜ」
 タケルがそう言った。
「いや、他に空いてそうな店なんてないし、ちょっと様子だけ見てみようぜ?な?」
 今日はどうしても酒が飲みたかった。というのも、近頃は仕事もプライベートも上手くいっておらず、そうした気持ちを酒で晴らしたいという気持ちが強かった。

 嫌がるタケルを強引に説得しながら、2人でビルの4階に上がっていった。

 店の前には立て看板が置いてあった。

「んーなになに?この店のルール?」
拙い日本語で書かれており、外国人が経営しているということを何となく感じていた。

「なになに、このお店では、店員が値段を聞いてきます。答えれば何も起きないです。間違えれば失います。答えないのはもっと良くないです・・・?」

 書いてある内容はよくわからなかったが、一種のゲームバーの類ではないかと思った。

「何かよくわかんねー。値段を聞くから、プライスってこと?」
「どうなんだろうな。でもちょっと面白そうじゃね?1回行ってみよ!」

 酒の飲みたさと、気分晴らしをしたいという気持ちから、おそるおそる店内を覗いてみた。

 特に何の変哲もない作りをしており、木製のカウンターが10席ほど、テーブルが3個ほどあった。
 そして、自分の読み通りカウンターの向かい側には黒人男性1人と、白人の男女の計3人がおり、外国人経営のバーであることは明白であった。
 店内には自分達の他にも客は数人いたが、イヤホンをして動画を見てる人や、寝ている人など、会話をしている人は1人もいなかった

 こちらに気づいたカウンターの白人の男性が口を開いた。

「いらっしゃいマセー」

「なんか客の雰囲気は変だけど、店員も日本語使えるし、ここで飲もうぜ」
「あぁ、なんか気味悪いから、気が休まらないけどな(笑)」
 タケルも渋々ではあるが、承諾してくれた。彼も酒が飲みたいようだ。

 カウンターから、ふくよかな白人女性が出てきて、席まで案内してくれた。
 席につくとメニュ―表を渡してから口を開く。

「This is the drink menu, and this one is the food menu.Plese call me when you decide. 」
 そう言うと彼女は去っていった。
 
「え?今なんて?」
英語が出来ないタケルが聞いてきた。
「いや、普通にこれが飲み物と、食べ物のメニューです、だって」
「日本語を話せるのは、あの白人の男だけなのかな?もう1人の黒人の男の方は喋れそうにないし」

 タケルが話すのを聞きながら、僕はカウンターの向こうにいる黒人男性の方を見た。黒人の男性もこちらを見ており、目が合ってしまった。咄嗟に目を逸らしたが、こちらに対して何か言いたげな顔をしていた。
 しかし、彼がこちらを凝視していた時、カウンターへ戻って来た白人女性が黒人男性に怒鳴った。

「Don’t look them!!」
 
 その雰囲気から、店員内の力関係は容易に想像できた。あまりの迫力に、こっちがびっくりするほどだった。

「いやぁすげぇな。外国人のキレ方って迫力あるのな」
 タケルが感心して呟く。

 その様子を見兼ねた、白人男性がこっちのデーブルまで来て話しかけてきた。

「スイマセンスイマセン。まだカレはルーキーなんです。大きな声だしちゃってスイマセン」
 カタコトではあったが、比較的流暢な日本語だった。

「注文いいですか?」
 白人男性の店員に聞いた。

「どうぞー」
「ビールを2つに、唐揚げを2こ」
「オーケーオーケー。ごちゅうもんは以上デスカ?」
「大丈夫です」

 注文の会話を終えた男性が戻ろうとすると、何かを思い出したかのように振り返ってきた。

「1つ話さないといけないことがアリマシタ。あの黒人男性の質問にはちゃんと答えてクダサイ。彼の質問は“How much is this?”のみです。物のPriceを聞いてきます。5分以内に答えられればノンプロブレムです。スマートフォンで調べても良いので、コレクトに答えてクダサイ。これは約束です」

 そう言うと、彼はカウンターに戻って行った。

「え、所どころ英語でわかんなかったんだけど・・・」
 英語の出来ないタケルが動揺している。

 黒人男性の質問は、物の値段を聞いてくるだけしかないこと、5分以内に答える必要があること、スマホなどで調べても良いが、正確に答えなければならないことをタケルに伝えた。

「なんでそんな面倒なこと、しないといけないんだよ」
「うーん、良くわからんけど白人の言い方的に守った方がいいんじゃね?」
 そんな会話をしながら、店前の立て看板を思い出した。

-----このお店では、店員が値段を聞いてきます。答えれば何も起きないです。間違えれば失います。答えないのはもっと良くない。-----

 そんな不安をよそに、ようやく酒が飲めることに対し、お互いに喜びを隠せなかった。

 白人男性がビール運んできた。
 
「うおぉぉぉ待ちに待ったビール!ビール!お先に頂きまーす!」
「おいおいタケル!少しくらい待てよな」
 
 2人は、ここ1時間以上のうっ憤を晴らすかのごとく、ビールを飲み始めた。

 1時間ほど酒を飲んでは飯を食うを続け、次第にお互い、酒を飲むペースはゆっくりになっていた。

「お前さー最近なんで、指輪してるの?前までしてなかったじゃん?」
「あぁこれ?嫁に付けろ付けろって言われててさ・・・」
「なるほどねぇ、奥さんと喧嘩したのってそれが原因?」
 
 普段のタケルは、仕事では良くミスをしており、話す内容も下品なものが多い。
 しかし、こういったものは察しが良い面もあった。

「そうなんだよ。俺は手に違和感があるから指輪なんてしたくないんだけどさ。指輪を付けるか付けないかで言い合いしてたら、喧嘩になっちゃてさ」
「ハハハ(笑)まだ仲良さそうでいいじゃん!喧嘩すらしなくなったら、それこそ終わりだって(笑)」
「昨日もどうせ、指輪の値段すらいえないんでしょう?ってキレてきてさぁ。子供が居なければとっくに別れてるよ・・・」
 
 嫁のご機嫌取りのために、不本意ながら付けている薬指に付いている指輪を眺めた、その時、横からの視線を感じた。 

 「How much is this?」

 その声の方向を見ると、黒人男性だった。
 自分の方を見て、何かを指さしている。彼が指している指の先にあるのは、飲みかけのビールだった。

「うわぁビックリした!?いつからいたんだよ」
 タケルが驚いた様子で話す。

 さっきの白人男性が言っていた内容を思い出した。

(正確に答えないといけないんだったな・・・)

 机に置いてあるメニューを拾って、ビールの値段を見た。

「500円!!」

 気付くと叫んでいた。なぜ叫んだのかは分からなかったが、そうしたほうが良いような気がした。

「five hundred yen? Really?」
 黒人男性が本当かどうか聞き返してくる。

「イエス!!」
 返答をした。

「Oh~ that’s correct .OKOK!」

 黒人男性は納得した様子で、頷くとサムズアップをした。どうやら正解したようだった。
 安堵した気持ちをよそに、黒人男性はまた口を開く。

「How much is this?」

 黒人男性が指さした先は、から揚げだった。そして目線からして質問している相手は、自分ではなくタケルに対してだった。

「はぁ?俺?知らねーよ」
 タケルは酒の勢いも相まって、ちょっとご立腹な様子で話した。

「おい!タケル!ちゃんと答えた方が良いって!」
「なんでこんな良くわかんねー奴に答えてやんねぇと行けないんだよ。はい100マンエーン!!」
 タケルは反抗するかのように、適当に答えた。

「One million yen? Really?」
「いえす。いえす。」

 そうすると、笑顔だった黒人男性の顔が急に暗くなり

「No!You’re wrong!!」

 そう大声で言うやいなや、テーブルのから揚げを取り上げた。

「お前、何をするんだよ!!」
 タケルの堪忍袋の尾は完全に切れ、黒人男性に殴りかかろうとしたその時

「STOP!!!!!」

 カウンターから、白人女性の怒鳴り声が聞こえた。そして何やらこっちに向かってくるようだった。

 白人女性が来る姿を見ていた黒人の男性は焦りだし、結婚指輪を指して口を開いた。

「How much is this?」

 結婚して5年が経っていた。自分で選んだ結婚指輪ではあったが、かなり前のこと過ぎて値段を覚えてなどいない。
 間違える可能性は高いことから、答えたくないというのが正直な気持ちだった。この黒人男性に何かされるという恐怖もあるが、嫁の台詞を思い出してしまうという理由もあった。

 しかし、立て看板の〈答えないのはもっと良くない〉という言葉がよぎる。

「おいタケル携帯貸してくれ!」
「え、なんでだよ?自分の携帯を使えばいいだろ?」
「充電がもう無いんだよ、頼む!」
 先程の黒人男性とのやり取りで苛立っていたはいたが、タケルは渋々携帯を貸してくれた。

 タケルの愛車であるハリアーの待受をスワイプしてロックを解除した後、"指輪 値段"と調べた。 
 そして、検索結果の1番上に出てきた金額を答えることに決めた。

「38万円!!」
 正直なところ、あてずっぽうであった。

「Three hundred eighty thousand yen?Really?」
 いつも通り、黒人男性は聞き返してきた。

「YESYES!!」
 間違っていることは、内心わかってはいながらも、その場を終わらせようと返答をした。

「No!You’re wrong!!」
 そういうと、黒人男性はもの凄い剣幕をしながら、腕を掴んできて、指輪に指を掛けてきた。
 その瞬間、カウンターから向かってきた白人女性が黒人男性を羽交い絞めにして、引っ張った。

 指輪が奪われなかったことに対して、ほっとしたと同時に、黒人男性を連行してくれたことに安堵した。

「気分悪いから帰ろうぜ」
タケルが言った。

「そうだな・・・帰ろう」
 この店のイベントか、そうじゃないのかは分からないが、度を超え過ぎていたことで気分は落ち、酒も抜けてしまい早く帰りたいという気持ちで一杯だった。

 その後逃げるように会計をして、PriceBARを後にした。

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