第4話

文字数 997文字

「ねえ、裕太?」
「うん?」
「腕、もう、いいよ」
「え?」
「歩きにくい……」
「え、あ、ごめん」

 裕太はさっと私の腕から手を離す。
 彼が『市駅』で降りたら声を掛けてあの日の話(・・・・・)をしようと決心していたはずなのに……想定外のシチュエーションで変に気まずい空気を作ってしまった。
 あー、ほんと馬鹿だ。どうしよう……。
 とにかく気を取り直して、すぐ隣を歩いている裕太がこれからどこに向かうのか──まず、そこに意識を集中させよう。
 階段を降りて、その先にある改札を出てからどこの……

「今日は、メリー……クリスマスだよ」

 ──え?

 反射的に振り向いた瞬間、裕太に上からサンタ帽を被せられた。

 このサンタ帽はもしかして──。

「それ、昔、結奈がおれに被せたやつ」

 そう言って彼は、前を向いたまま恥ずかしそうに笑った。

「まだ、持ってたんだ?」
「当たり前じゃん」

 改札を抜けてからも、裕太は私と同じ方向を歩いた。
 十年前のクリスマス。ただ離れたくないという思いだけで、手を繋いで走った市役所までの道。
 建物の前の広場には、あの時にはなかった大きなクリスマスツリーが飾られている。
 私たちは自然とそこで足を止め、ツリーを見上げた。街のどこからか聞こえてくるジングルベルのマーチ。
 あの日の私たちの行動は間違っていなかった。
 あの時の素直な気持ちをちゃんとカタチに残そうとしたから、今日、二人はまたここにいるんだ。

「手、繋ごうかな……あの時みたいに」彼が言う。
「それ、すごくいいと思うよ」

 彼の大きくて温かい手に包まれた時、離れていた十年、その全てを一瞬で取り戻せたような気がした。
 覚えてるとか覚えてないとか、そこに言葉なんて初めから必要なかった。
 彼と私がここにいる理由(わけ)は、あの日の忘れ物(・・・)を市役所に取りに行くため。
 ただそれだけの簡単なことだった。私たちはその約束を果たすために、ここにいるんだ。

 市役所の中に入って、とりあえず総合案内所に向かう。
 十年前の忘れ物(・・・)なんて……はたして無事に保管されているのだろうか。

「あの、すいません」

 俯いて事務作業をしていた女性職員の人が顔を上げた。私の顔と裕太の顔を交互に見つめる。
 やがて彼女はニコッと微笑んだ。

「あの日の忘れ物(・・・)。ちゃんと二人で取りに来たのね?」

 ──あの人だ! と思った。あの時のお姉さん!

「はい!」

 私と裕太は声を揃えて答えた後、お互い顔を見合わせて笑った──。
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