第3話
文字数 1,283文字
その日は大きな神社の夏祭りだった。
電車を降りてすれ違う面々は、綺麗な浴衣姿で幸せそうな笑顔を咲かせている。
かたやショーウインドウに映った自分は、ポロシャツ、チノパン、子供を追い掛け回して汚れたスニーカー。
何だか急に恥ずかしくなり、足早に下を向いて帰路を急ぐ。
そんな耳元に遠くから届く、「センキュー!愛してるよー!」のシャウト。
顔を上げると、人波で少し押し流されたのか、いつもの場所より少し端の方で彼らのバンドがフィニッシュを決めていた。
あ――……。
オーディエンスの指笛や拍手に対抗するように、警備員の「移動して下さい!」という大声が場を飲み込む。
その渦に巻き込まれない位置で、私は慌てて撤収作業に移るベースの彼を久しぶりに目に入れた。
どうしよう――。
何故か今日を逃せば、次は永遠に無いと感じた。
「あ、あのっ……!」
子供が授業で発表するように、私が声を出して挙手すると、まずボーカルがこちらを見た。だが、手を振ってスルーされる。
そうじゃなくて~……!
もどかしく小さく飛び跳ねると、今度はギターがこちらを見て投げキッスを飛ばした。
違う違う~~~!!
私は小さく首を横に振りながら、相変わらず隅の方でオーディエンスに背を向けて片付けに励むベースの彼の元へ、ドスドスと歩みを進めた。
「あ、あのっ!!」
「はいっ?!」
言ってから、少し声量を誤ったかもしれないと思った。
ベースの彼はビクンと体を反応させ、恐る恐るだが即座に振り返った。
「あの……」
私が鞄を握って硬直していると、今度はベースの彼が「あっ!」と大きな声を出した。
「スニーカーのお姉さんですよね?!お久しぶりです!」
「……スニーカーのお姉さん?」
「あ、すみません!仲間内でそう呼んじゃってて。お姉さんがいつも立って聴いてくれてる所って、スニーカーの足跡残ってるんですよね。それで」
「あ……、そう……ですか」
パッと周りの女性の足を見る。
皆、ヒールやサンダル、特に今日は浴衣に合わせた下駄を可愛く履きこなしていた。
恥ずかしい――。
急にその感情に包まれ、そのまま人波に紛れて消え去りたくなった。
やるならまだ人で溢れている今だ。今しかない。
ギュッと足先に力を入れようとした私の体を、満面の笑み返しでベースの彼は打ち砕いた。
「俺、いつもお姉さんの足跡に励まされてたんですよね。ありがとうございます」
「……励まされてたって、何が……ですか?」
想定外のお礼に、ストンと体から力が抜ける。
「何がって言われると難しいですけど、オーディエンスに囲まれてお姉さんが見えなくなっても、残った足跡見ればお姉さん今日も来てくれてたんだなって分かるんで」
「え、でもスニーカーの人、私以外にもいるだろうし……」
何を反論してるんだろう、と思ったが、思わずそう口に出た。
それを受けたベースの彼は「チッチッ」と指を横に振りながら、自慢げにこう答えた。
「お姉さんはね、ちょっと離れた隅の方で見てるでしょ?……俺と一緒」
「……っ」
悪戯っ子のように笑う彼。
それに釣られて私も思わず頬が緩むと、鞄のファスナーを開いて足跡つきの楽譜を取り出し、一歩彼の方へ足跡を進めた。
電車を降りてすれ違う面々は、綺麗な浴衣姿で幸せそうな笑顔を咲かせている。
かたやショーウインドウに映った自分は、ポロシャツ、チノパン、子供を追い掛け回して汚れたスニーカー。
何だか急に恥ずかしくなり、足早に下を向いて帰路を急ぐ。
そんな耳元に遠くから届く、「センキュー!愛してるよー!」のシャウト。
顔を上げると、人波で少し押し流されたのか、いつもの場所より少し端の方で彼らのバンドがフィニッシュを決めていた。
あ――……。
オーディエンスの指笛や拍手に対抗するように、警備員の「移動して下さい!」という大声が場を飲み込む。
その渦に巻き込まれない位置で、私は慌てて撤収作業に移るベースの彼を久しぶりに目に入れた。
どうしよう――。
何故か今日を逃せば、次は永遠に無いと感じた。
「あ、あのっ……!」
子供が授業で発表するように、私が声を出して挙手すると、まずボーカルがこちらを見た。だが、手を振ってスルーされる。
そうじゃなくて~……!
もどかしく小さく飛び跳ねると、今度はギターがこちらを見て投げキッスを飛ばした。
違う違う~~~!!
私は小さく首を横に振りながら、相変わらず隅の方でオーディエンスに背を向けて片付けに励むベースの彼の元へ、ドスドスと歩みを進めた。
「あ、あのっ!!」
「はいっ?!」
言ってから、少し声量を誤ったかもしれないと思った。
ベースの彼はビクンと体を反応させ、恐る恐るだが即座に振り返った。
「あの……」
私が鞄を握って硬直していると、今度はベースの彼が「あっ!」と大きな声を出した。
「スニーカーのお姉さんですよね?!お久しぶりです!」
「……スニーカーのお姉さん?」
「あ、すみません!仲間内でそう呼んじゃってて。お姉さんがいつも立って聴いてくれてる所って、スニーカーの足跡残ってるんですよね。それで」
「あ……、そう……ですか」
パッと周りの女性の足を見る。
皆、ヒールやサンダル、特に今日は浴衣に合わせた下駄を可愛く履きこなしていた。
恥ずかしい――。
急にその感情に包まれ、そのまま人波に紛れて消え去りたくなった。
やるならまだ人で溢れている今だ。今しかない。
ギュッと足先に力を入れようとした私の体を、満面の笑み返しでベースの彼は打ち砕いた。
「俺、いつもお姉さんの足跡に励まされてたんですよね。ありがとうございます」
「……励まされてたって、何が……ですか?」
想定外のお礼に、ストンと体から力が抜ける。
「何がって言われると難しいですけど、オーディエンスに囲まれてお姉さんが見えなくなっても、残った足跡見ればお姉さん今日も来てくれてたんだなって分かるんで」
「え、でもスニーカーの人、私以外にもいるだろうし……」
何を反論してるんだろう、と思ったが、思わずそう口に出た。
それを受けたベースの彼は「チッチッ」と指を横に振りながら、自慢げにこう答えた。
「お姉さんはね、ちょっと離れた隅の方で見てるでしょ?……俺と一緒」
「……っ」
悪戯っ子のように笑う彼。
それに釣られて私も思わず頬が緩むと、鞄のファスナーを開いて足跡つきの楽譜を取り出し、一歩彼の方へ足跡を進めた。