第1話

文字数 442文字

金曜日の仕事帰り。
いつも通る駅前近くの路上の片隅。
その人は、歌声を張り上げるボーカルや、ソロパートをかき鳴らすギターの奥で、三味線でもしているような佇まいでベースを弾いていた。

普段は気にも留めないような人たち。
でも今は少し違う。
私は彼に“貸し”があった。

貸しが出来た日。
その日、天気は荒れていた。
仕事を早めに切り上げて電車に乗り、駅で降りて帰路を急いでいると瞬く間に小雨が降り出した。

最悪――。

私は傘を取り出し、強風で飛ばされぬよう強く握り締めながら歩みを進めた。

クシャリ――。

ふいに足元から“良くない音”。
傘をずらして下を見る。

そこにあったのは、自分のスニーカーの足跡がくっきりと付いてしまった一枚の楽譜だった。ヤバイと思って掬い上げると、表題の横には「Base」の文字。

やってしまった――!

場所的に、きっといつもいるあの人たちの物だろう。
泥はもう落ちそうにないが、とにかくこれ以上、濡らしたり破いたりしないよう鞄の中のクリアファイルに楽譜を丁重に差し入れると、足早にそこを去った。
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