国でいちばん高くて低い・後編

文字数 3,960文字

それにしても娘は
これだけのものを得ながら
いったいどこに仕舞っているのでしょう?

毎日山ほどの食べ物をもらいながら
ちっとも太らないことといい

やはり娘は人ではない何かで
欲しがるわりにはすぐ飽きて
人も物も大事にしない王様への罰として
神から与えられたのでしょうか?


しかし娘がもらったものを
どうしたのかという謎は
間もなく明らかになりました。

実は娘は

「ちょうだいちょうだい」

と欲したものを全て城にいる
身分の低い使用人たちや
街にいる貧しい人たちに

「あげるあげるこれをあげる」

と配っていたのです。


はじめて来た時から
太ることも美しくなることも
ないのは当然でした。

娘は最低限の食事を除き
もらったものは全て貧しい人たちに与えて
自分は何も得ていなかったのですから。

娘の行いを知っている使用人たちは
自分たちが怒られないように
また貧しい人たちを助けようとする
娘の行動を邪魔しないように
口を閉ざしていました。


しかしどう見ても裕福ではない娘が
ご馳走や宝石を持って来るのを見て
不審に思った街の人が

「これはどこからもらって来たの?」

と聞いた時

「くれたくれたお城の人がくれた」

と答えたことで
娘の勝手な行動は全て
国からの慈悲ということになり
やがて身に覚えの無い感謝の声が
お城まで届いて事実が判明したのでした。


「もしや人外の術では?」

と考えられていた
部屋に閉じ込めたはずの娘が
自由に行き来していた件も
実はすっかり彼女の味方になった
使用人たちが手を貸していたのでした。


「あの子はわしの靴下がボロボロなのを見て
新しいものをもらってくれた」

「あの子は私の手荒れを心配して
塗り薬をもらってくれた」

「あの子は僕が恋しているのを知って
彼女にあげるための
美しい髪飾りをもらってくれた」

生まれつき身分が低いせいで
どれだけ懸命に働いても
ちっとも豊かになれない
使用人たちの苦しみに娘は気づいて

「あげるあげるこれをあげる」

と与えることで
自らも元気を取り戻したのでした。


王様も家臣もなぜ娘が
自分のもらったものを少しも惜しまず
人にあげてしまうのか分かりませんでした。

自分がすでに十分
恵まれているならともかく

自分は靴下も履いておらず手もあかぎれて
髪を飾るどころか櫛さえ通っていないのに。


しかも事情を知っている
使用人たちはともかく
街の人たちは彼女の厚意を
国からの施しだと誤解しているのです。

どれだけ尽くしたところで
自分が好かれるわけでも
得をするわけでもないのに
娘はどうしてそこまで
人に与えようとするのでしょう?


娘の真意はやはり
王様や家臣には分かりませんでした。

しかし謎の施しをやめさせないことには
そのうちお城の宝物庫は空っぽにされてしまいます。

また国民だって働かなくても
食べ物やお金をもらえる生活をしていては
怠けて国が立ち行かなくなるでしょう。


王様と家臣は娘に味方していた
使用人たちを叱りつけて

「クビにされたくなければ
今後は絶対に協力しないように」

と厳しく命じました。


再び部屋に閉じ込められた娘は

「ちょうだいちょうだい出してちょうだい」

と、しばらく訴えていましたが
そのうち何も言わなくなりました。

今度こそ娘のためにだけ用意された
食べ物にも贈り物にも手を付けないまま。


施し先を封じれば
自分で消費するだろうという
王様と家臣の見立ては大間違いで

もともと痩せてみすぼらしかった娘は
見ているこちらが怖くなるほど
いっそう衰えていきました。


家臣はもはや気狂いかと思うほど
頑なな娘を見て
流石に手に余ると考えたのか
娘をもとの場所に送り返そうと提案しました。

しかし王様のほうは

「問題は場所ではなく自分がもらったものを
全て人にやってしまう、あの娘の悪癖だろう」

「あの悪癖を抱えたままでは
あの娘はどこに行ってもガリガリに痩せたまま
そのうち、きっと死んでしまう」

自分の身を省みない異常なまでの献身は
娘が勝手にしていることです。

しかしその愚かさゆえに
命を落としたとしても自業自得だとは
なぜか王様には思えませんでした。

ところが家臣たちは

「貧しさによって飢えたり凍えたりして
命を落とす者は、あの娘以外にも山ほどいます」

「だからと言って貧しい者に
手を差し伸べようとすれば
こちらも共倒れになってしまう」

「国全体の平和を保つには
ある程度の犠牲は仕方ないのです」

だから娘を自分たちの目の届かない場所に
追いやろうというのです。

自分たちの目に入らない場所で
飢えて凍えて死ぬ分には
何も感じずに済むからと。


家臣たちの言うことは尤もです。
王様だって自分の目に届かないところで
貧しい人たちが毎日のように
死んでいることを
知識としては知っていました。

ただそれは王様が
生まれる前からずっと続いて来た
世界の当たり前の様相だったので
今まではそれが普通だと思っていたのです。


しかし実際に国でいちばん愚かで
みすぼらしい娘を手元に置くうち
王様にとって死や飢えや貧しさは
他人事では無くなって

「あの娘は私の妃だ。
妃を飢え死にさせる王がどこに居る」

この世の無慈悲な仕組みが
人の命を奪い続ける現状を
見過ごせなくなっていました。


家臣の反対を押し切った王様は
使用人に作らせたスープを持って
娘の部屋に訪れました。

「食事だ。食べろ」

そう命じるも娘は床に倒れたまま

「……要らない要らない何も要らない」

と、か細い声で拒絶しました。

「また人に物をやりに行けるように
部屋から出して欲しかったんだろう」

「お前の好きにさせてやる」

「だから食べろ」

「そのように寝転がったままでは
以前のように物乞いも施しもできないだろう」

その言葉に娘ははじめて王様に目をやると
何を考えているか分からない無表情のまま
それでもスープに手を伸ばしました。


さて娘の無軌道なやり方に任せていては
底の抜けた桶に水を注ぎ続けるのと同じ。

どれだけ水を注いでも
桶が満たされることはありません。

もう貧しさによって
人の命が奪われることのないように
根本的な改革が必要だと王様は考えました。


細かなことは今までどおり
娘の気の済むようにさせてやりながら
王様自身も本当の意味で
国を豊かにするために
お金を使うようになりました。

王様のやろうとしていることに
気づいているのか娘は時折

「ちょうだいちょうだい。
お金の無い子たちも通える学校をちょうだい」

「ちょうだいちょうだい。
家の無い人たちが身を寄せる場所をちょうだい」

「ちょうだいちょうだい。
身分の別なく働ける機会をちょうだい」

町で拾って来たらしい貧しい人たちの訴えを
王様に聞かせるのでした。


私財を投じてそれらの要望を叶えるうちに
かつてはいっぱいだった王家の宝物庫は
みるみるうちに寂しくなりました。

過去の絢爛さが嘘のように
質素になっていく城と王様を見て
富と権力を目当てに働いていた者たちは
次々に離れていきました。

その代わり本当に国をよくしたいと願う
志のある人たちが王様のもとに集まって来ました。


それから数年。

もはや王冠すら手放した王様は
態度が堂々としている以外は
その辺の若者と何も変わらない姿になりました。

しかし王様の働きを知る人は
以前とは比べ物にならないほどの
深い感謝と敬愛を捧げて
かえって以前より熱心に
学問や仕事に励むようになりました。


また娘も王様とはちょうど正反対の
変貌を遂げていました。

王様の功績により国全体の
生活水準が上がった結果
少なくとも娘の目に入る範囲には
自分より辛そうな人は居なくなったので
自分のために受け取れるものが
少しずつ増えて年相応の体の丸みと
髪や肌の潤いを取り戻したのです。


また質素ではありますが
清潔な服を着て自分の櫛を持ち
綺麗に髪を梳かすことも覚えました。

以前は履いてすらいなかった靴下も
今は三足も持っています。

国でいちばん愚かでみすぼらしい娘では
無くなったのではありません。

質素だけど清潔な服を着て
肉体的にも健やかな状態が
今この国でいちばんのみすぼらしさなのです。

しかしこの国で最も身分の高い王様も
普段は娘と大して変わらない
簡素な格好をしているのですから
「みすぼらしい」ということ自体
無くなったようなものでした。


取りあえず
国でいちばん愚かでみすぼらしい娘を
自分と同じ地点まで
引き上げることに成功した王様は
改革のために先延ばしにしていた
娘との結婚の準備をはじめました。

と言っても
王様の経済感覚は当時とは
だいぶ変わってしまったので
あまり贅沢はできません。

それでも未だに贅沢品は
受け取ろうとしない娘に
結婚式くらいは綺麗なドレスや
宝飾品を付けさせてやりたいと

「ティアラか首飾りならどちらが欲しい?」

しかし王様の質問に娘は

「要らない要らない何も要らない」
「何もって……本当に何もいらないのか?」

コクリと頷いた娘に王様は

「……私は一生のうちに一つくらいは
お前に贈り物らしい贈り物をしたいのだが。
本当に一つも自分のために欲しいものはないのか?」

王様がかつてあれほど
嫌っていた娘との結婚を今
自ら進めようとしているのは
彼女が身綺麗になったからでも
お告げのせいでもありません。

昔の王様は恋した女性にも
すぐに冷めてしまう
どうしようもない飽き性でした。

しかし自分に
他者への憐れみを教えてくれた
愚かなほど優しくて
飽きることなどできないほど
風変わりなこの娘をいつしか
この世にただ一人の相手として
特別に想うようになっていたのでした。


ですから自分のためにはもう
この娘以外は何も要らないと
思っている王様も

娘にはこれまで人にばかり尽くして来た分
たくさん素晴らしいものを贈ってやりたいのです。

……自分にとって彼女が
とても大切だという印を
一つでもいいから受け取って欲しいのです。


しかし

「一つも欲しいものは無いのか?」

という質問に娘は珍しく笑って

「要らない要らないあなたが居るから」

その返事によって
この国でいちばん高くて低い二人が
いつの間にか姿だけでなく心までも
すっかり同じになっていたことを
王様は知ったのでした。
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