【皮肉な話】金の冠と二人の男

文字数 2,539文字

昔々あるところに二人の男が居ました。

外見も性格もそっくりな二人は
弱者にはいばり、強者には媚びる
勉強嫌いの怠け者で
約束もほとんど守らず
平気で人に迷惑をかける
とても困った男たちだと
町の人たちから嫌われていました。

それでも誰にも尊敬されない代わりに
誰にも気兼ねすることなく
好きな時に起きてたまに働き
遊んでは寝るだけの気ままな生活を
本人たちは楽しんでいました。


そんな二人に、ある日、転機が訪れます。

いつもどおり二人で目的もなく
ぶらついていると町の外れの木の枝に
金の冠が引っ掛かっているのを見つけたのです。

それはまるで
大国の王様が身に付けるような
とても素晴らしい冠で
二人は思わず目を奪われました。


それにしてもなぜ
こんな平凡な町の外れの
それも木の枝なんかに
これほど見事な金の冠が
無造作に引っかかっているのだろう?

普通ならとっくに拾われていそうなものだが。


男たちは不思議がりましたが
けっきょくはただ幸運だったと結論づけて
その冠を被りました。

ところが、その金の冠には
おかしな効果があって
金の冠を被るに相応しくない行いをすると
頭をギュウギュウと締め付けられるのです。

王様気分で冠を被ったのも束の間
いつものように怠惰で卑怯な振る舞いをしたら

「うぎゃあっ!?」

思わず悲鳴が出るほど
キツク頭を締め付けられた男は
その場にひっくり返ってのたうちました。


自分にはとても
身に付けられないと分かった男は
金の冠を質屋に売ろうとしましたが

「いらないよ。こんな被れもしない冠」

と断られてしまいます。

実はこの金の冠のおかしな効果を
町の人たちはとっくに知っていました。

被れないとしても飾っておけば
よさそうなものですが

美味しそうな料理を見れば
思わず食べたくなるように。

魅力的な異性を見れば
思わず触れたくなるように。

世にも素晴らしいこの冠も
目にするだけで被りたいと
人に思わせる力があるのでした。


手元に置いておけば
どうしても被りたくなってしまう。

しかし被ったら
頭を締め付けられてしまう厄介な冠。

それでも処分するには
しのびない美しさだと
あまり人の来ない町の外れの木の枝に
ぞんざいに引っ掛けられていたのでした。


はじめに金の冠に
頭を締め付けられた男は
売れないことにチェッと舌打ちしつつ

「売れも被れもしない冠なんて
持っていても意味が無いな。
町外れまで戻るのも面倒だし
その辺に捨てちまおう」

と、もう一人の男に言いました。

しかし、もう一人の男は
この立派な冠を手放すことを惜しんで

「捨てるくらいなら俺にくれ」

と金の冠を自分のものにしました。


(売れも被れもしない冠を
コイツはどうするつもりなんだ?
家の飾りにしようにも
あの店主の言うとおり
見ているうちに被りたくなりそうだが)

(まぁ、だとしてもあの万力のような力で
頭を締め付けられたら俺のように凝りて
手放すだろう。好きにさせておこう)


ところが男の予想と違って冠をもらった男は
金の冠を家の飾りにすることも
手放すこともなく毎日のように被りました。

金の冠は相応しくない行いをすれば
頭が割れそうなほど締め付けられます。

しかし裏を返せば
金の冠を被るに相応しい行いをすれば
頭を締め付けられることはありません。

冠を捨てた男は冠を被るために
今までの生活を捨てた男を見て
そうまでして金の冠を被りたいかと驚きました。

金の冠を被ったからって
貴族や王様になれるわけでもないのに、と。


ところが冠を選んだ男は
金の冠を被り続けるために

弱い者に優しく
強い者に媚びず
よく勉強し大いに働き

約束は必ず守り
人の問題まで解決するうちに
以前とは真逆の人間になりました。


ただ金の冠を被っているだけでなく
素晴らしい行いをしているのですから
以前は彼を煙たがっていた人たちも

「金の冠に相応しいお方だ」
「あのお方について行けば間違いない」

と、それこそ王様のように
男を崇拝するようになりました。


同じ町に住んでいるとは言え
すっかり生活水準も関わる人も変わり
今では全く話すことのない
かつての片割れの姿を見るたび
冠を捨てた男は思うのです。

「元はまるで双子のように瓜二つだったのに
ずいぶん差がついてしまった」

そうして一度は彼と同じように
金の冠を手にしながら
自らチャンスを捨てて
しまったことを悔やみました。


ですが仮にもう一度
同じチャンスが来たとしても
自分には彼と同じように
これまでの行いを改めて
冠を被ることはできないだろう。

努力家の彼と違って
どう足掻いても金の冠を被れない
生まれつき怠惰な自分は
なんて不幸なのだろうと嘆きました。


ところが、すっかり町の人気者になり
金の冠に相応しい富や名声や美しい妻をも
手にした男はどうかと言うと意外にも

かつての片割れのように
金の冠を捨てられなかったせいで
自分はすっかり不幸だと思っていました。


冠を捨てた男も町の人たちも
表向きのふるまいだけを見て
冠を選んだ男はすっかり
真人間になったのだと思っていましたが
人の生まれつきの性質は
そうそう変わりません。


冠を捨てた男と
冠を選んだ男の違いはただ一つ。

冠を捨てた男よりも
冠を選んだ男のほうが
ちょっとだけ見栄っ張りなのでした。

ですから自分を立派に見せてくれる
金の冠を手放せず
立派なふるまいを強制されるうちに
本当に舞い込んで来た
輝かしい栄光たちに
さらに囚われて

弱者なんぞを気にかけて
強者にはすり寄れず
周りの期待に応えるために
仕事の無い時も勉強し

人との約束に縛られて
他人の問題の解決に追われるという
苦しみの毎日から抜け出せなく
なってしまいました。


同じ町に住んでいるとは言え
すっかり生活水準も関わる人も変わり
今では全く話すことのない
かつての片割れの姿を見るたび
冠を選んだ男は思うのです。

「元はまるで双子のように瓜二つだったのに
ずいぶん差がついてしまった」

と相変わらず気ままな彼とは反対に
金の冠と引き換えに
自由を捨てたことを悔やみました。


しかしだからと言って
栄光の味を知ってしまった男に
金の冠を捨てることはできません。
例え栄光を維持するための義務が
息絶えそうなほどに重くても。

飾らない男と違って
どう足掻いても金の冠を捨てられない
生まれつき見栄っ張りな自分は
なんて不幸なのだろうと

相手も全く同じように
生まれつきの自分の性質を
嘆いているとも知らず
彼のようにはなれない自分に
どちらもため息を吐き続けるのでした。
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