第2話 学級委員紹介~両角編~

文字数 2,054文字

 日常を綴る今までの形式とは一味違う形で語ろうと思う。
 題してクラスメイト紹介のコーナーだ。
 今までも頼まれてもいないのに散々仲間たちを紹介をしてきた。ただ、彼女ら彼らは私と関わりがあったがために登場したにすぎない。私との関係は乏しいものの紹介せずには年を越せない人材がクラスには人間の足の数ほどいる。学級委員の二人だ。
 学級委員は男女一人ずつおり、男子の方が両角幸一、女子の方が津野恵という名を背負っている。二人とも苗字につのが入っているため、うちのクラスの二角獣と呼ぶ人もいる。
 人生1周目の私は他の学校でどのような過程を経て学級委員が任命されるのかは見当もつかないが、うちのクラスでは腕相撲の勝敗で選出された。もちろん男女別で総当たり戦だ。その優勝者が学級委員、だとしたらどれだけ良かったか。両角も津野も優勝者でも最下位でもない。二人とも5位だった。ただし、5位が学級委員になると生徒たちがあらかじめ知っていたのではない。試合開始の前に担任の教師が無作為に数字を選び、それを適当な紙に書いておいた上で、それは生徒には明かされずに腕相撲の試合が始まった。学級委員になりたくない者—クラスの大半はそうだと思う—は勝てばいいのか負ければいいのか分からず、モチベーションも定まらないまま、試合という濁流に飲まれた。ほとんどの人にとって人生で一番腕相撲をした日になったこの日を記念日には誰もしていないと思う。私はこの日付を覚えていないから記念日にしたくてもできない。
 全ての組み合わせの試合が終了して全順位が確定した後、担任が丁寧に折り畳んでいた紙をおもむろに広げて5という数字が見えたとき、学級委員の二人以外の視線は黒板に書かれた順位表の5位の欄に集まった。自分の順位を誰よりも把握していた両角と津野は顔に嫌と書いてあった。そんな不幸の女神に愛されてしまった二人にこの度はフィーチャーする。
 いっぺんに紹介するのは骨が折れ、皮膚が破け、筋肉が内部破裂するので、一人ずつ語ることにする。まずは両角の方から。
 両角幸一、A型かO型かAB型のいずれか。牡牛座か乙女座か牡羊座のいずれか。指は長め。歌は歌うより聴くタイプ。ギターは多分弾けない。
 私の知っている情報はこのへんだ。そりゃそうだ。話したことがないんだ。
 ポイントはここではない。両角が学級委員になった瞬間、少なくとも顔に嫌悪感が浮かんでいたのは間違いないが、それは面倒くさいという嫌よりも、自分の不運を嘆く嫌という雰囲気だった。彼は学級委員に任命された数秒後、「こんなんばっかだわ」と吐き捨てるように呟いた。彼は独り言が大きい傾向がある。その反応にクラスはどっと沸いた。そして両角はクラスの中で不運な奴という位置づけに収納された。それを証明するかのごとく不運な出来事に幾度となく襲われていた。
 4月登校中に鳥の糞を落とされる。しかも肘に落とされたらしい。頭よりは事後処理が楽ではあるものの、肘に糞を落とされる方法が私には分からないので高等テクが必要なはずだ。
 5月下校中に道を尋ねてきた外国人に話しかけられ、案内までしたところ財布をすられる。両角は交番にその旨を伝えて、後日その外国人は捕まったのだが、戻ってきた財布の中身が全てドルに両替されていたらしい。両替する手間が一つ増えた。
 6月持っていた3本のシャーペンが同日に壊れる。彼はその日ショックで早退した。
 ちなみに両角は高校生になってからじゃんけんで2回しか勝っていないらしい。度重なるちょっとした不幸は両角の心身を強くしなかった。
「嫌いな言葉は、運も実力のうちです」
 両角はにこやかにそう言う。
 
 両角に学級委員の適正はあまりない。まとめる力然り引っ張る力然り決断力然り。
 酷い言い方だ。だが、学級委員の形は一つじゃない。それに学級委員は一人じゃない。二人でお互いを補いあえばいい。それに悪いことばかりではない。傍目から見ても分かるが、両角は無気力に見えていい奴なのだ。自分の不運を皆が面白がれるようにネタにしているし、不運を発端とする不機嫌も分かりやすいムーブを演じているだけな感じがする。
 この前、学校に向かう途中の一車線の道で両角が私の数歩前を歩いていたことがあった。歩道はヒイラギの葉が飛び出していることもあり歩行者にとって非常に狭く感じる。車にとっても運転しづらい悪路だった。なんとなく嫌な予感がしたと言えば噓になる。丁度タイミング悪く私たちの前から自動車が走ってきて、心優しい両角は自動車が通りやすいように歩道の端に寄った。ただその勢いのままヒイラギの葉に顔面から突っ込んだ。顔面血だらけにまではならなかったものの思わず「痛っ」とこぼしてしまうほどには被害を受けていた。車は彼の配慮など何もなかったように通過して行ってしまう。
「もう、人に優しくするのやめよ」
 両角は一つ深く大きなため息を吐いた後で、泣きそうな声で言った。
 どうせ、両角は優しいままだ。喋ったことがないのに確信があった。
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