第3話 学級委員紹介~津野編~

文字数 1,684文字

 双龍がえんじ色の空を踊るように舞いながら時々互いに交差していた。裂けているようにも見える口からは豪快に火炎を噴出する。龍の鱗は落ち葉か抜け毛のように地上に向かって降る。それを雨だと勘違いして空に向かって口を開いた野球帽をかぶった少年をその母親が窘めた。龍の鱗は土の上に落ちると一瞬にして腐敗する性質を持っていた。深緑の光沢を持った鱗が土に触れて、焦げたように真黒くそして固くなっていく。その様は誰かが早送りしているかのごとく一瞬の出来事だった。
 空には途方もなく巨大な生き物が今も頭上を飛行していた。鳥とは違い体のサイズに合った翼を持っていないのに、なぜ空を飛び続けていられるのか不思議ではあった。もしあの巨体が何らかの理由で飛べなくなって地上に落ちたら、さっき目撃した鱗のように龍の体も即座に腐って地へと還るのだろうか。自身の身体が腐敗することに対する恐怖心を原動力にして空を飛び続けているのだと一度思ってしまったら、幼い頃龍に対して抱いていた畏怖はどこかへ消えてなくなった。もしかしたら龍は広いだけの空の世界に閉じ込められた不自由な生物なのかもしれない。
 不自由といえば、学級委員も他の生徒に比べて自分が本来使用可能な自由な時間が奪われるという点で不自由さを抱えている。前回はクラスの学級委員の男子生徒である両角について語った。今回紹介するのは女子生徒の方の津野恵だ。テレビ通販みたいに言ってごめんね。
 津野恵。血液型不明。出身地東京。属性は学生。空を飛べるようになったらやりたいことは、空を飛べなかった頃の気持ちを忘れないようにすること。餅つきでよりお金をかけるなら杵より臼派。
 両角とは違い津野とは席が隣になった時に話したことがあるから、これくらいの情報は仕入れている。
 両角と揃える意味も込めて……あ、両角の紹介は前回の話でしているから気になる人はそちらをご覧あれ。あ、それさっきも書いたか。うん、直すの面倒だからこんな仕上がりになっちゃった。ミスを隠して綺麗事を言うなら即興性と臨場感を楽しんでほしかったといったところか。
 さて、学級委員を決めるための腕相撲の試合が終了して、津野が女子の学級委員に選出されたとき、その表情から察するに嫌そうではあった。でも切実ではなかった。世の中のことでやってみて全くできないなんてことないという次元に自分自身が属さないと思っている系の女子ではなかった。系と恵でダジャレ言いたかったんじゃないよ。津野の名前は「めぐみ」じゃなくて「けい」であることをここに報告する。
 その嫌がりは人並みで今後の学級委員の仕事の不備を非難させない保険のような様相だった。実際、津野は学級委員の仕事をてきぱきとこなしている印象がある。学級委員の仕事といっても、私から見えている範囲だとHRと授業の開始と終了の挨拶と委員会の集会への参加・報告とイベントの仕切りくらいなのだが、大体声を出しているのは津野の方だ。津野は果たして学級委員の相方で無気力な両角のことをどう思っているのか。当分、学級委員カップルは生まれなさそうだ。

「次、美術だよ」
 津野は思索にふける私に義務的に声をかけた。選択科目で美術を選択している生徒は、前の休み時間の間に美術室に移動する。教室から美術室に行くためには別の棟に移動する必要があり、5分前には移動することが定例になっていた。私と津野以外の美術選択の生徒は、既に教室にはいなかった。私は急いで教科書と美術道具をロッカーから取り出して、廊下の隅で指の関節を鳴らして待ってくれた津野の元に駆け寄った。
「ねえ見て。龍」
 津野は別棟への移動の最中に私に言った。私は真実かどうかの判断ではなく礼儀として津野が指さす方向を見た。
 そこに双龍。どちらも緑系統ではあるが、片方は黒に近い色をしていた。
「初めて見つけたものが二つだと冷めるね」
 津野は興味がなさそうに渡り廊下を通り過ぎて行ってしまう。私は双龍を1とカウントしていたから冷めなかった。
 でも、双龍に冷めている津野への興味の方が勝った。
 もっと美術室が遠ければ良かったのに。


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