[2]真相解明の宵(後)*
文字数 2,914文字
□先に1話投稿していますので、そちらからお読みください<(_ _)>
──覚えている……彼の両手は、鞠亞にとって「宝箱」だった──
ずっと昔……十三年も前のこと。
それまでも数回は訪れていた、母と伯父の生まれた国──日本。
初めて通う学校に、外見だけでも完璧な日本人に成りすまさなければ、登校出来ないほど緊張していた。
大勢の生徒の前で何とか口にした自己紹介は小さく掠れてしまった。だから聞こえなかったのだろう、先生に促されて向かった最後列窓際の席。着いた途端、隣から訊かれた自分の名前。
「く、倉石です……」
答えはしたけど、初めて接する日本人の同級生に、萎縮して顔は見られなかった。
「よろしく、倉石。俺、如月 空夜。クウヤでいいよ。苗字に「石」が付くなんてうらやましいな~!」
「……え?」
どうして「石」が羨ましいの? 驚いて向けた隣に破顔した彼の姿が映る。
その真っ直ぐな瞳から何かが心を突き抜けていった。
「これ、倉石にやるよ。石の名がつくお前にピッタリだろ!?」
「え……」
突き出された左手にビックリして、思わず差し出してしまった両手。「本当は「クライン」で「倉石」じゃない」そう言えないまま、拳から落ちてきた小さな塊を受け止めていた。
「河原で見つけたんだ。俺の宝物の一つ。出会った記念にやるよ」
「え? そんな大切な物……あっ、わぁー!」
握った掌を開いた瞬間、窓辺から差し込む陽に照らされて、小石が宝石みたいにキラキラ輝き、つい声を大きくさせていた。
「コラ~如月ハカセ ! 転校生を巻き込むなよ~講釈は休み時間にしろー」
「あ、はーい! スミマセン、せんせーい」
それから三日間の休み時間は全て、彼と鉱石の話で盛り上がった。沢山の情報と知識に沢山驚いて沢山質問をして、そして沢山沢山笑った……両親と過ごす以外にあんなに笑ったのはきっと初めてだ。
だからこそ……あの鞠亞と今目の前にいるこのメリルが同じ人間だなんて……決して知られてはいけなかったのに……──
普段は短気なクウヤであるが、今回こそは根気良く待ち続けていた。一体どれくらいの時が過ぎ去っていったのか、無言と沈黙の時間がひたすら流れ続ける。そんないつにない忍耐が功を奏したのか、とうとう見えない唇からくぐもった声が質問に答えた。
「……鞠亞は、クウヤ様の元から離れたあの夜に……マリーアは、目の前で両親が殺されたあの時に……既にこの世から抹消されたのです……わたくしは……あの頃のように心から笑うことなど……もう、出来ません……そんな自分があの鞠亞だったなどと……」
──こんな自分が、貴方の知る「笑顔であった頃の」鞠亞と……同一人物であっただなんて……知られたく、なかった──
空夜の手中から溢れるように現れては差し出された鉱石の数々。それらは如何にも子供が見つけた素朴な小石から、博物館にもありそうな珍しい模様の鉱物まで様々だった。
出逢った記念に貰った石は、ガーネットの原石がところどころ混ざり込んでいた。柘榴 石と呼ばれる通り深い赤が美しく、日本でも川岸などで採取出来る身近な石だ。それは今も大切に左手の甲内に収めてある。けれどこの石を初めて見た時のような心からの笑顔など、もはや自分に出来るわけがない……両親と、そして両腕両脚を失ったあの時、自分は笑顔も失ったのだ……メリルはそう思い込んでいた。
「何でだよ……」
「え……?」
視線の先にぼんやり映るクウヤの拳が軋 んでいた。
「どうしてだよ……? 昨日落ちていく寸前、俺は確かにメリルの笑顔を見た。ちゃんと笑えてたって、心から笑えたんだって思ったのに……どうしてそう思うんだよ? あれは俺の知る倉石の笑顔だった」
「わ、たくしが……ですか?」
──ずっとアンドロイドを演じてきたこの「メリル」が?
長らく笑うことを自身に禁じてきた彼女は、自分が笑ったことすら気付けていなかった。
「そうだ」
「で、ですが……」
──やっぱり、笑うことなんて……。昔の鞠亞とマリーアの、ように──なんて……
──そんなこと、今更「今の自分」に出来るのだろうか──?
「でもさ」
再び紡がれたクウヤの声音は、温かな優しさを含んでいた。
「いいんじゃないか? 「今のメリル」は、昔と同じなんかじゃなくて」
まるで心を見透かされたように続けられた否定の言葉が、引き籠ろうとする心の扉に手を掛ける。
「メリルらしい笑顔が自然に出来れば、俺はそれでいいと思う。だってさ……つ、まり……それは、だ、な……」
なのに今まで滑らかに語られてきた言葉は、突如途切れ途切れに止まってしまった。
「えぇ~と、何だ!? ……あー、ちくしょ!!」
上手く続けられないもどかしさからか、無造作に髪をかき乱して自身に怒りをぶつけるクウヤ。
メリルもさすがに首を戻して見上げてみたが、クウヤは活を入れ直すように両頬を叩き、その掌で顔を覆い隠してしまっていた。
困ったように再びメリルが俯いて、言葉を失くした二人の時間がしばし流れる。
ほどなくクウヤは気を落ち着かせるように大きく息を吐き出し、意を決するように勢い良く空気を吸い込んだ。
改めて繋ぐ、想いを込めた続きの言葉とは──
「つまり……お、れはっ……だ、な! ……マリーアでも、鞠亞でもない……「今のメリル」が……好きっ──なんだってっっ!!」
「──!?」
照れ隠しのように大きく放たれたクウヤの告白は、瞬間理解不能に陥ったメリルを、あたかもアンドロイドのようにバグらせた。
徐々に解析しはじめた心が、彼女の眼 を最大限に見開かせる。その視界を再び占領したのは、力強く握り締められたクウヤの拳だった。
慌てて頭をもたげたメリルの、美しい海色の瞳で捉えられる、クウヤの真剣な漆黒の瞳。
しかし彼女の視覚も一瞬にして機能不全となってしまった。
そんなエラーを引き起こした原因は──刹那溢れ出した止め処 ない涙──であった。
「え……っとぉ……? えぇ……?」
彼女が代替として聴覚から得た情報では、どうやらクウヤは困惑しているようだった。
何せメリルが初めて涙を見せたのだ! クウヤはそれを自分の所為で、メリルこそが困惑していると思い込んだようだった。
「えぇと……悪い。だ、だよなぁ~? こんな甲斐性ナシなんかに告られても……やっぱ困るよな! ……ホ、ホント、悪かった!! 最後の、言葉は……どうか、忘れて、く、れ……」
揺らめく涙のフィルターの向こう、自嘲のクウヤがヒラリと踵 を返したのが感じられた。
「あっ……待──」
咄嗟に伸ばしたメリルの両手は、気配に気付いて振り向いたクウヤの両頬を包み込み、そして──
「……メ、リル……?」
「ずっと……こうしたかった……」
ほんの僅かな、けれど濃密な刻 。
触れ合ったのは……お互いの唇。
「バカ……俺の台詞 、先に言うなよ……」
メリルがしたように、今度はクウヤが彼女の頬を包み込む。
彼は初めて──義手以外の、彼女本来の滑らかな肌を知った。
こうして「クウヤの両手 」に包まれたメリルは、この時から「クウヤの宝物」になった。
再び重なり合った唇は、永遠が紡がれそうなほど長く甘い時を刻んだ──。
──覚えている……彼の両手は、鞠亞にとって「宝箱」だった──
ずっと昔……十三年も前のこと。
それまでも数回は訪れていた、母と伯父の生まれた国──日本。
初めて通う学校に、外見だけでも完璧な日本人に成りすまさなければ、登校出来ないほど緊張していた。
大勢の生徒の前で何とか口にした自己紹介は小さく掠れてしまった。だから聞こえなかったのだろう、先生に促されて向かった最後列窓際の席。着いた途端、隣から訊かれた自分の名前。
「く、倉石です……」
答えはしたけど、初めて接する日本人の同級生に、萎縮して顔は見られなかった。
「よろしく、倉石。俺、如月 空夜。クウヤでいいよ。苗字に「石」が付くなんてうらやましいな~!」
「……え?」
どうして「石」が羨ましいの? 驚いて向けた隣に破顔した彼の姿が映る。
その真っ直ぐな瞳から何かが心を突き抜けていった。
「これ、倉石にやるよ。石の名がつくお前にピッタリだろ!?」
「え……」
突き出された左手にビックリして、思わず差し出してしまった両手。「本当は「クライン」で「倉石」じゃない」そう言えないまま、拳から落ちてきた小さな塊を受け止めていた。
「河原で見つけたんだ。俺の宝物の一つ。出会った記念にやるよ」
「え? そんな大切な物……あっ、わぁー!」
握った掌を開いた瞬間、窓辺から差し込む陽に照らされて、小石が宝石みたいにキラキラ輝き、つい声を大きくさせていた。
「コラ~如月
「あ、はーい! スミマセン、せんせーい」
それから三日間の休み時間は全て、彼と鉱石の話で盛り上がった。沢山の情報と知識に沢山驚いて沢山質問をして、そして沢山沢山笑った……両親と過ごす以外にあんなに笑ったのはきっと初めてだ。
だからこそ……あの鞠亞と今目の前にいるこのメリルが同じ人間だなんて……決して知られてはいけなかったのに……──
普段は短気なクウヤであるが、今回こそは根気良く待ち続けていた。一体どれくらいの時が過ぎ去っていったのか、無言と沈黙の時間がひたすら流れ続ける。そんないつにない忍耐が功を奏したのか、とうとう見えない唇からくぐもった声が質問に答えた。
「……鞠亞は、クウヤ様の元から離れたあの夜に……マリーアは、目の前で両親が殺されたあの時に……既にこの世から抹消されたのです……わたくしは……あの頃のように心から笑うことなど……もう、出来ません……そんな自分があの鞠亞だったなどと……」
──こんな自分が、貴方の知る「笑顔であった頃の」鞠亞と……同一人物であっただなんて……知られたく、なかった──
空夜の手中から溢れるように現れては差し出された鉱石の数々。それらは如何にも子供が見つけた素朴な小石から、博物館にもありそうな珍しい模様の鉱物まで様々だった。
出逢った記念に貰った石は、ガーネットの原石がところどころ混ざり込んでいた。
「何でだよ……」
「え……?」
視線の先にぼんやり映るクウヤの拳が
「どうしてだよ……? 昨日落ちていく寸前、俺は確かにメリルの笑顔を見た。ちゃんと笑えてたって、心から笑えたんだって思ったのに……どうしてそう思うんだよ? あれは俺の知る倉石の笑顔だった」
「わ、たくしが……ですか?」
──ずっとアンドロイドを演じてきたこの「メリル」が?
長らく笑うことを自身に禁じてきた彼女は、自分が笑ったことすら気付けていなかった。
「そうだ」
「で、ですが……」
──やっぱり、笑うことなんて……。昔の鞠亞とマリーアの、ように──なんて……
──そんなこと、今更「今の自分」に出来るのだろうか──?
「でもさ」
再び紡がれたクウヤの声音は、温かな優しさを含んでいた。
「いいんじゃないか? 「今のメリル」は、昔と同じなんかじゃなくて」
まるで心を見透かされたように続けられた否定の言葉が、引き籠ろうとする心の扉に手を掛ける。
「メリルらしい笑顔が自然に出来れば、俺はそれでいいと思う。だってさ……つ、まり……それは、だ、な……」
なのに今まで滑らかに語られてきた言葉は、突如途切れ途切れに止まってしまった。
「えぇ~と、何だ!? ……あー、ちくしょ!!」
上手く続けられないもどかしさからか、無造作に髪をかき乱して自身に怒りをぶつけるクウヤ。
メリルもさすがに首を戻して見上げてみたが、クウヤは活を入れ直すように両頬を叩き、その掌で顔を覆い隠してしまっていた。
困ったように再びメリルが俯いて、言葉を失くした二人の時間がしばし流れる。
ほどなくクウヤは気を落ち着かせるように大きく息を吐き出し、意を決するように勢い良く空気を吸い込んだ。
改めて繋ぐ、想いを込めた続きの言葉とは──
「つまり……お、れはっ……だ、な! ……マリーアでも、鞠亞でもない……「今のメリル」が……好きっ──なんだってっっ!!」
「──!?」
照れ隠しのように大きく放たれたクウヤの告白は、瞬間理解不能に陥ったメリルを、あたかもアンドロイドのようにバグらせた。
徐々に解析しはじめた心が、彼女の
慌てて頭をもたげたメリルの、美しい海色の瞳で捉えられる、クウヤの真剣な漆黒の瞳。
しかし彼女の視覚も一瞬にして機能不全となってしまった。
そんなエラーを引き起こした原因は──刹那溢れ出した止め
「え……っとぉ……? えぇ……?」
彼女が代替として聴覚から得た情報では、どうやらクウヤは困惑しているようだった。
何せメリルが初めて涙を見せたのだ! クウヤはそれを自分の所為で、メリルこそが困惑していると思い込んだようだった。
「えぇと……悪い。だ、だよなぁ~? こんな甲斐性ナシなんかに告られても……やっぱ困るよな! ……ホ、ホント、悪かった!! 最後の、言葉は……どうか、忘れて、く、れ……」
揺らめく涙のフィルターの向こう、自嘲のクウヤがヒラリと
「あっ……待──」
咄嗟に伸ばしたメリルの両手は、気配に気付いて振り向いたクウヤの両頬を包み込み、そして──
「……メ、リル……?」
「ずっと……こうしたかった……」
ほんの僅かな、けれど濃密な
触れ合ったのは……お互いの唇。
「バカ……俺の
メリルがしたように、今度はクウヤが彼女の頬を包み込む。
彼は初めて──義手以外の、彼女本来の滑らかな肌を知った。
こうして「クウヤの
再び重なり合った唇は、永遠が紡がれそうなほど長く甘い時を刻んだ──。