第1話

文字数 1,386文字

 【酒器】酒を飲むための器。杯・徳利など。(goo辞書から引用)
 日本酒をより味わい深く楽しむために、様々な種類の酒器がある。例えばお猪口(ちょこ)やぐい呑み、盃、枡、徳利(とっくり)、銚子、片口(かたくち)地炉裏(ちろり)などである。ひとりで飲む酒、二人で酌み交わす酒、皆でわいわい飲む酒、おめでたい酒、悲しい別れの酒、(かん)で飲む酒、冷で飲む酒、迎え酒などなど、その時その時の状況に相応(ふさわ)しい酒器がある。
 秋も深まる、いやむしろ初冬に近い11月下旬のある日、大学の同級生と山形県のあつみ温泉にある宿で酒を飲んだ。
 あつみ温泉は今から1,200年前、傷を癒す一羽の鶴から開湯の歴史が始まったと言い伝えられている。江戸時代には庄内藩の湯役所が設けられ、湯治場として栄えた。今も夕方、風呂桶を持って共同浴場に向かう人々の姿があり、温泉が日常にある湯町である。(あつみ温泉観光協会ホームページを参考にした)
 その同級生は私と同じく心臓血管外科医で、志、価値観が同じだ。そしてお酒が大好きだ。そのお酒にかける情熱は、芸術家が芸術にかける情熱に匹敵する。ふたりで酒席に着く時の(りん)とした表情は、オリンピックの陸上 100m競争決勝のスタートに着く走者の如くだ。
 (よしっ! 飲むぞ!!)
 「乾杯!」
 ()くして酒席は始まった。すぐに日本酒になった。
 選んだ主たる酒は、山形県酒田市の地酒、初孫「砂潟(さかた)」純米大吟醸 海鳴り だった。日本酒度 +3; 酸度 1.4; アルコール 17~18% で、穏やかな吟醸香と芳醇(ほうじゅん)でキレのある味わいだ。
 「味に奥行きがある割にキレがあって飲みやすい。」
とは、彼のコメントだった。答えて曰く、
 「ホントだ。水みたいだ。」
 実はこれが危ないパターンなのだ。ふたりの会話の要点は、「飲みやすい」「水みたいだ」だ。それから、ホント、水を飲むみたいに「砂潟(さかた)」を飲んだ。
 徳利だと後どれ位残っているかがよく分からない。そのたびに徳利を振って確認するのも風情がない。グラスではいつもどちらかが酒を注がなければならない。飲むのに忙しい。見るに見かねたお(ねえ)さんが持ってきてくれたのが、ひとり用の片口とお猪口が乗ったお皿が1セットになった酒器である。(←写真)

 片口(かたくち)とは、徳利と同様に日本酒を入れておくための酒器で、口縁部の片側に注ぎ口が付いている。片口だとお酒の残量の確認が容易だ。また徳利と比べると口径が広いため、日本酒の香りも楽しめる。また、手酌もOK、相手に酒も注げる。
 「はい、この片口には1合入ります。」
 お姐さんは片口に酒を注いだ。
 トクトクトクトク
 一杯になった片口の注ぎ口からそばに置かれたお猪口に酒が溢れた。ちょうどコップ酒の受け皿にコップから酒を(あふ)れさせる要領だ。酒飲みにはたまらないお作法だ。
 ちょうど1合入る片口は(てのひら)に収まりがいい。そしてお猪口に注ぎやすい。酒が進んだ。
 「はい、これを置いておきますから後は自分たちで注いで下さい。」
 余りにも頻回な酒のお替りの注文にほかの業務に支障が出たのか、お姐さんは砂潟(さかた)の1升瓶をテーブルに置いていってくれた。(←写真)

 その日の戦果は伝票によると 300ml X 2(←最初に飲んだ日本酒の 300ml 瓶)、グラス X 10(←1合片口のこと)だった。
 よく飲んだ。そして楽しい酒だった。(お(しま)い)

 んだ。
(2022年12月)

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