第4話

文字数 1,866文字

 誰かと買い物なんて久しぶりだった。いつのまにか買い物はひとりでする派になっていた。とくに欲しいものがあるときの買い物はひとりがいい。
 話し好きの店員に捕まるのとおなじくらい、好みでないものを同行者に勧められるのはガマンならない。いい買い物をするためには、納得いくまで考えて、場合によってはあっちこっちとおなじ店を何往復かすることになるかもしれない。誰かに気を遣っていたらとてもではないけれどできない行動を、ひとりでする買い物は可能にする。
 だからもし、店で偶然誰かに会ったり、誰かとともに買い物をする状況になってしまった場合には、買いたいものがあることは伏せ、ウインドウショッピングに勤しむに限ると決めてもいた。それなのについ、
「ちょうど一枚、カットソーが欲しいと思っていたんだよね。Tシャツまでカジュアルになっちゃうものではなく、シャツよりはきちんと感の薄い、トップスが欲しい」
 漏らしてしまってすぐに後悔した。
 いくら気が合うといっても、ぜんぶがぜんぶは無理だろう。洋服の好みがちがうか、買い物のスタンスがちがうか、なにかしら気に入らないところが見えてしまうかも。そうなるのは残念だ。せっかく仲良くなったのに。
 ワタシはなかったことにはできない言葉を悔いながら歩いた。
「カットソーじゃないけど、あれなんかどう?」
 そんなワタシの憂鬱などすこしも気付かないふうで、カノジョはすぐ先の通路から奥まったところに立つトルソーを指差した。そこにはシンプルでゆったりしたシルエットのチュニックがあった。余分な装飾がなく、ありふれたデザインとはすこしだけちがった型はワタシの好みにもあっていた。
「かわいいね。けど動けるかな?」
 手を伸ばし、生地の触り心地を確認しつつ返事をする。
 手触りは悪くない。あとはこれを着たとして、棚の上の段ボールを下ろすことができるか、床に落ちたクリップを拾うことができるか、会社での動作にまつわるあれこれに支障がないか、が気になった。
 腕をあげた拍子にお腹が露わになるとか、屈んだら裾が床についてしまうとか、ワタシには仕事中に気をつけたいポイントがいくつかあった。たまたま見ていた誰かに見苦しいと思われたくはないし、変な姿を見せてしまって、みっともない思いはしたくない。
「ああ、あの人みたいにならないかって心配なのね」
「わかる?」
「わかるよ。脇だとかお腹だとか、見えちゃてるのに自分では気にならないものなのかな。ああいう風にはなりたくない、ってことでしょ?」
「うん」
「試着して鏡でチェックしてみれば安心だよ」
「だね。着てみる」
 やっぱり見ている人は見ているのだ。どんなに見た目がステキでも、それだけでは仕事着には成り得ない。オフィスカジュアルはオフィスでの動作に問題がない範疇でカジュアルが許される。そういう服だと言える。
 カウンターで伝票整理かなにかをしている店員に試着したい旨を告げると、ちょっとビックリした顔をされた。
 あ、止めといたほうがいいかな。
 反射的にそう思ったけれど、
「夕方遅い時間だから、試着するお客さんが珍しいんだろうね」
 カノジョがそんなことをつぶやいてワタシの背中を押した。
 すごいな、なんでもわかっちゃうんだな。
 背の高いハンガーボックスみたいな個室の中でモゾモゾと服を脱ぎながら、ワタシはまたカノジョのことを考える。
 カノジョはワタシのことをなんでもわかっている。理解しようとしてくれているというよりは、もうすでにわかっているのだと考えるのがしっくりくるくらいに、わかっている。
 こんなにも気が合う相手って、これまでいただろうか。うさぎチームにするかクマチームにするか、ピンクにするか水色にするか、食べるか食べないか。そんな風に今よりもずっとずっと世界が小さかった子供のころには、おなじ選択をする子がいっぱいいたけれど、大人になってあれこれ選べるようになってからは、ピタッとくる人などいなかった気がする。
 こんなこと、もう二度とないかもしれない。カノジョと知り合えたのは本当にラッキーだったと思う。
 着てみたチュニックはサイズも着心地も、申し分なくワタシの好みにあっていた。
「よかったらコーヒー、飲んで帰らない?」
 支払の後、今度はワタシがカノジョを誘った。
「いいね」
 二つ返事でオーケーをもらう。いち、に、と数えるみたいに、そんな感じでのオーケーだ。点呼をとられた時のようなカノジョの返事のタイミングに、ワタシはまた幼稚園のことを思い出した。
「コーヒー牛乳飲むひとー?」
「はーい!」

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