第3話
文字数 1,693文字
マッサージやエステに整体、至福の癒しはいろいろある。けれどそういう身体をラクにしてくれるもの以上に、内面が、心が癒されると、幸せの根底にある、生きていくための力が増すのだとつくづく思う。
カノジョと知り合えたのはラッキーだった。ワタシはときどきカノジョのことを考える。
カノジョは生来の癒し系、ヒーラーなのだと思う。といっても、霊的ななにかをするだとか、スピリチュアルな助言をくれるとか、そういうのではない。もっと現実的なコミュニケーションスキルで、ワタシのやる気を引き出し、モチベーションをあげてくれる。
カノジョはワタシがダメになりそうな、ここぞというタイミングで声をかけてくれる。訊き出すようなそぶりも、喋らせるような気配もなく、ワタシが自然と話すのに任せてくれる。まさにワタシもおなじことを思っていた、そう思うことを口にする。もしかして心が読めるのでは、そう思わせるくらい的確に、ワタシの欲しい言葉をくれる。
カノジョはある種の能力者だ。ほんの少しの会話で人をやる気にさせるなんて、誰にでもできることじゃない。超現実的特殊能力の持ち主。カノジョのようになろうと思いつつ、できない人がたくさんいる。できる上司はやる気を引き出す、みたいな本が研修課題に選ばれたりするのだから、そういうことだろうと思う。
新人教育中の先輩社員や管理職の言葉に思うことがある。
もうちょっとましな言い方、できないのかな、と。
いや、ことがある、どころではないな。かなり頻繁に思う。ああいうとき、カノジョが先輩なら、上司なら、きっといいコに育てることができるだろうな、と思う。自然と誰かの成果をあげて、会社の業績だってあげてしまうかもしれない。カノジョによってすべての根底にある、生きていくための力が増す。
だからワタシはカノジョと知り合えてラッキーだ。そんなふうに思える力を、カノジョはワタシに使ってくれる。ごくふつうの日々の、あたりまえのこととして。
声がかからない。誘われない。
席を外すタイミングもわからず自席に座り、ワタシはモヤモヤとしていた。早く終わってほしい会話ほど、延々と続くように思える。
「みんなで飲みに行くなんて、たまにしかないんだから楽しもうね!」
何分くらい経っただろう。ワタシにとっては長い試練の時間のあと、そんな台詞を潮にやっと、近々飲みに行こうと盛り上がっていた人たちはパラパラと外出して行った。
顔は妙に暑いのに、キーボードを打つ指先を冷たく感じる。お腹の底には、ずんと重石が置かれたみたいだ。最後まで声をかけられることはなかった。
ワタシは「みんな」ではなかった。おなじ部署に働き、すぐそばの席に座っていても、「みんな」には入らなかった。特に仲良くしているわけではないけれど、関わりがないわけではないし、距離を置いたりする理由もないはずだ。それでも誘われなかった。
無視されていたのだろうか? チラリとでも視線を送り、確認するべきだっただろうか。
胸がモヤモヤとして気分が悪い。
「今の感じ悪かったね。気にしてる?」
不意にすぐそばでささやかれてビックリした。
カノジョが居た。
「ワタシ嫌われてるのかな?」
「そうじゃないと思うけど」
「仲間外れにされてるとか? まさかハラスメントのなにかだったりする?」
「うーん、まあ遊び仲間には向かないって思われてはいるだろうね」
「そっか。そうだよね。……行きたいのかって言われると正直微妙だけどさ、誘ってももらえないっていうのはちょっと……ね」
「だよね」
予想はしていたけれど確信を持てずにいることについて、カノジョに正直な思うところを口にしてもらって、スッキリはした。落ち込まないわけじゃないけど、それでも必要以上に卑屈にならずに済む。
そうだ、誘われて本当に飲み会に参加しなければならなくなったとしたら、たぶん今以上に気を揉み、気を遣い、イヤな思いをするにちがいない。声をかけられなかったからなんだというのだ。ちょうどいいじゃないか。そんなふうにも思えた。
「よかったら買い物でもして帰らない?」
おまけにカノジョはワタシを誘った。