第1話

文字数 1,995文字

家が隣で幼なじみの正也は高校で同じクラスになった麗香のことが好きらしい。

どこがいいんだって言うと、やっぱり顔とスタイルだなって。
それ以外のいいとこが見つかんないんだろう。
そりゃそうだろーな、とオレは思うけど、人の恋路をジャマする権利はオレにはない。
迷ってるうちに正也は麗香に告白して付き合うことになった。
オレに満面の笑みで報告してきた正也に意を決してオレは言う。

「やめとけ、破滅するぞ」
「破滅ってどーゆー意味?」
「いーから麗香はやめとけって」
「わかった!嫉妬してんだろーオマエ!あっ、それともさみしーの!?大丈夫だよ、オマエとの時間も今まで通りちゃんと作るからさ!」
「そーゆーんじゃなくて」
「『麗香のヒーローになってくれる?どんな時でも守ってくれる?』って、あのキラキラした瞳で言われてみろよ、オマエだって立候補するぞ!」
「…まあいーや、忠告はしたからな」

正也はどんどん麗香にハマっていった。
そのハマり様は異常で、一分一秒でも長く麗香と一緒にいたいからって、一緒に登校するために、学校の向こう側に住んでる麗香を迎えに行くことにしたらしい。
そのために毎朝始発に乗り、そこから麗香んちまで迎えに行き、一緒に電車に乗ってくる。

「オマエ、ちょっとおかしくない?麗香も麗香だよ、それ受け入れてんだから」
「うるせぇ!麗香の悪口言うなよ!」
惚れ薬でも飲まされてんのか?
いや、恋する者は盲目だ。
周りの反対に合うほど燃えるということもある。
ここはもう黙っていよう。
グッドラック、正也。


ある朝、学校の最寄り駅で降りると正也がサラリーマンに向かって凄んでいた。

「おい!おっさん!自分で何したかわかってんのかよ!痴漢だぞ、ち、か、ん!」
「だから…何もしていないですって」
「ウソつくなよ!見ろ、彼女泣いてるだろ!?」
「そんな…私じゃない!」
そのそばで麗香はうつ向いている。
「…もういいよ、正也」
「良くないだろ!麗香が良くてもオレが許さない!一発ぶん殴ってやる!」
「ダメだよ!暴力なんて!…ねぇ、じゃあさ、お金で解決しよう?示談…てあるでしょ?」
「金…?まあ…麗香がそれでいいなら…どーなんだよ、おっさん!」
「ちょっと待ってください、私は何もしていないんだ!払うつもりもない!」

結局相手は駅員に連れられ、警察の来る騒動になった。
しかし相手は痴漢を認めず、訴えを起こして裁判にまで発展した。

調査の結果、別の乗客がたまたま撮っていた動画の隅に映りこんでいた画像が証拠となり、冤罪であることが突き止められた。

「正也に脅されて金を脅しとる協力をさせられた」という麗香の主張に、正也は「全部自分が計画して麗香に実行させました」と罪を認めた。
つまり、麗香を守ったのだ。


あーあ、だから言ったのに。
ヒーロー気取りで自爆だな。
アホらし。

オレは最初から知ってた。
正也は知らないが、麗香はオレのもう1人の幼なじみだ。
アイツとは小さい頃同じ劇団に所属していて、とても気が合った。
痴漢の冤罪でサラリーマンから金をふんだくるという筋書きはオレが考えて麗香が1人で実践してきた。

オレはただ遠くからそれを見て楽しんでただけ。
自分が巻き込まれて破滅するのは嫌だけど、刺激はほしい。
自分の考えたものを実践してくれる人間がいる。演劇を見てる気分だった。
今回は成り行きで正也というヒーロー役が登場したけど、ジャマなだけだったな。秘密を共有できるタイプでもないし、仲間には入れられない。
アイツはいいヤツだからこんなことに巻き込みたくなかったんだけど、忠告も聞かないし、自業自得。
やっぱ、こーゆーことは最少人数でやるに限る。

今回は強請(ゆす)る相手選びをミスったけど、まあ、次を探せばいい。
麗香は顔とスタイルだけはいいから、痴漢が寄ってきたと言えば疑われることはまずほとんどない。
劇団で鍛えた演技力もまあまあ役に立ってる。
足が付かないように今までいろんなとこで試したけど失敗したことは一度もないし、今回は大事(おおごと)になったが正也が被ってくれたし、まあこれからは場所と相手にだけは気を付けよっと。

『上手くやったな』
『うん、正也なら絶対私のこと守ってくれるって思ってたから!でもやっぱり他の人は入れない方がいいかも』
『同感。この物語にヒーローはいらねぇな』
『ずっと二人でいーよ。ねぇ、ところでさ、いつになったら私と付き合ってくれるの?』

麗香からは付き合ってくれと何度も言われてるけど、こんなことする女に恋心なんて湧くかよ。
こーゆー流れになるとオレはいつも既読スルーするのに、麗香はなんでこんなこと続けてんだろうな。
よっぽど金に困ってんのかな。
女の気持ちはわかんねーな。

正也もお気の毒。今回のことで友達もいなくなっただろうし、また相手してやるか。
始発になんか乗らずにオレとまっすぐ学校行ってれば良かったのにな。

そんな幼なじみ二人を思い浮かべた時、オレの顔にはなぜだか笑みがこぼれた。


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