エピローグ 明日へ

文字数 880文字

希望の流星は俺の願いを叶え、引き換えにノアの人生の記憶全てを持って行った。

「なあノア。これ、どう思う?」

花が好きだという美しい心は残っているだろう、そう期待して、新しい世界になってすぐに彼の目の前に百合の花を差し出してみた。

「……花、だね」

それも流星が持って行ったと、思い知らされただけだった。



ノアは俺のことも、仕事仲間の顔も、花の名前も覚えていないが、生きる術はかろうじて残っていた。あの日からしばらく経ったとある休日。食事当番になった彼は、慣れた手つきで手料理を振る舞ってくれた。

「やっぱりノアが作るチキンライスは最高だよ」

「そうかな?ありがとう、ヴィクター君」

前と変わらず2人暮らしを続けしばらく経つが、彼はいまだに“君”を付けて呼ぶ。


新しい世界は、ノアに優しい。皆が自由に、自分らしく、生きている。繋がった他世界の人々との間に、以前のような無意味な上下関係はない。明るく柔らかい日差しのもとでお互い感謝の言葉を交わしている。俺たちが育てた花々は世界中で愛され、大人気。そしてここにも花屋ができた。けれどノアは、花屋になりたいという夢も手放していた。


***


その日、俺たちは早めに仕事を終え、商店街で買い物をしてから帰路に着いた。お互い紙袋を抱え、並んで土手を歩く。夕方の、落ち着いた空色の中に浮かぶ半透明の月が、とても綺麗だった。

たわいない話で盛り上がっているとき。ふとノアが足を止めた。そして道沿いに何かを見つけしゃがみ込む。

「どうした?」

「これは、何ていう花なの?」

「たんぽぽ、だよ」

「そっか」

ノアはそのたんぽぽを手折り、あたりを見回してもう1本手折った。

「小さい花だけど、なんだか綺麗だね。お家に飾ろう。ひとつは僕のぶん。もうひとつは君のぶんだよ、ヴィクター」


「……ありがとう。ノア」




過去がなくてもいい。何がなくてもいい。花が綺麗だと言う優しい君がそばにいてくれるだけで、幸せな明日が来るのがわかる。

この先は、自由に未来を歩こう。ともに並んで。
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