第3話

文字数 1,926文字

 「何処、ここは? うっ、気持ち悪い。うん? マサじゃんか。少し、大きくなったかな」
新歌の手を握って正道は突っ伏している。
「病室か。気を失ったのかしら」
弟の頭を撫でながら記憶をたどる。
「ライブを終えて一人で帰ったんだ。
で、誰かに会った。
思い出せない。
家に戻ると珍しく気分が落ち込み、抗うつ剤を飲んだことは覚えている。おなかも痛くなって鎮痛剤も飲み、それでも効かないからもうワンセット、ツゥーセットと繰り返した・・・・かもしれない。更に強いお酒も飲んだ。
なぜ、そこまでした。怖い思いをした。ストーカーとか?
いや違う。キャバクラの看板の裏で座っている少年・・・・」
頭をなでていた弟があの少年に見えて思わず手を放す。
「何? なんで身体が警戒するの?
あの時、何か会話をして激しく動揺したのよ。何を言われたんだろう。思い出せない。
ただ、彼がハミングしていた不思議なメロディーが脳内に、今でもこびりついている感じ」
ブブブブブブ
「ヒぃ、嫌っ」
新歌は正道のスマホの大嫌いな着信バイブ音に体を反ったが、一瞬光った液晶画面の通知の文字が目に留まる。
【明日の放課後コンビニスイーツデス。君はだめよ】
「自殺・・・・」
「コンビニスイーツデス」がスマッシュヒットして世間では自殺を奨励する反社会的な煽情歌だとバッシングも受けた。
「うわべで踊るな、ただ死にたい気持ちは分かるけどね」
と反論し更に炎上し、続けざまに、すべてを読み咀嚼しろと言い返したくもなったものの、同じ人間同士の論戦が悲しいだけなのでその後は沈黙した。
特に若い人の自殺を推奨する公序良俗に反する犯罪だと声高に叫ぶ盲目的な声には、腹も立ったが、
「広く深く物事をとらえられないような大人の世界に若い天才たちは生きたくもなくなる。お前らのせいだ。本当なら自決すべきものが己を顧みないで、正義のエロスで生きたがっているだけじゃないか」
そう考えて、理解などはしてもらえないと諦めた。
「ファンは分かってくれる。この曲は死をいったん踏みとどまって生き延びていくためのもの。でも・・・・この通知の主は死を考えている」
そして、我に返った。
「え? 君はダメって、どういうこと」
寝付いている弟の横顔を眺めもう一度頭をなでた。
「そういえば言ってたわね、友達で私の大ファンがいるって。そんな、理解者の子とわが弟が死を選ぶほどの絶望にいたのか」
新歌は弟の手を近づけて
「どの指かな?多分、人差し指かな。どうだ」
ロックが解除された。
「ビンゴ。マサすまん、見させてもらうよ」
メールアプリを開いた。
「夢陽ちゃんか」
二人のメールグループを開いてみた。
「彼女かな。やるな、おぬし」
ニヤリと微笑みちらっと見た顔はすぐに曇った。
そこには、クラスで虐められている正道の日常が在った。そして、正道を慰めながらも、夢陽自身も逃れられぬ現実に転がる無慈悲さに心傷んだ。
そんなふたりの「コンビニスイーツDEATH」計画は、姉である新歌のバッシングをこじつけに虐めがエスカレートしたことに依っていた。
クラスメートが正道に紐をひっかけ苦しむ口にシュークリームを押し込んでいるところを夢陽が静止し、歯向かってきた数人の男子生徒と女子生徒を床に倒したようだ。過剰防衛も暴力だといじめた側の親が騒いだが、すぐに逆転した。正道がいじめられている場面を撮影したものがいたのだ。それを見ていた夢陽は大嫌いな父親に話した。
それまで余計なことをしやがってと、ど突き回していた彼が一転ニヤリと笑った。
「なんだ、夢陽、お前も役に立つじゃねえか」
結局、やくざな親父は相手の家族を金づるとしたのだ。それ以来、目立つような正道への虐めは無くなったが、無視はされるようになった。
夢陽においては、もっとネタを作れと父親の暴力は増えた。
そんな日常がふたりのタイムラインには埋め尽くされていた。

『もう死のうよ。辛い』
『私も苦しい。
だからこそ、この感情じゃあ死んじゃダメ。
お姉さんが歌ってる』
『あれは、つらくなったらすぐ死んでもいいよってことじゃないの』
『笑笑、おい、弟。しっかりせい。半分血が入ってるんだよ』

「私が死んでる場合ではない。この夢陽っていう子に会わなければ」
新歌は震える指で返信を送った。

『明日、病院に昼に来て。コンビニスイーツデスはそのあとで』
『りょ』

秒で返信が来た。
「ふ、あっさりしてるわね。こっちの気も知らないで、ふっ」
もう一度弟の頭をなでながら思った。
「でも、今の私にこのふたりを止める資格があるだろうか。あの少年のメロディーに揺さぶられて、潜在的な自殺を自ら引き寄せてズルイ最後へと逃げて、私の正義の旗である歌を今日みたいに踏みにじってしまったら。
あの男の子は・・・・なんて言ったのよ」
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