第4話

文字数 3,894文字

 「志賀さん、ごめん。昼休みなのに」
「大丈夫。早退にしたから」
「後、もう一つ大きなゴメンがあって」
「何よ」
「アネキに僕たちのグループメールを全部見られた。志賀さんへの返信も姉さんが勝手に送ったモノなんだ」
「そうか、知られたんだ」
正道は蹴られるくらい覚悟していたが何事も起きなかった。少し嬉しそうにも見えた。
「怒っていない?」
「ゼロになって飛べるよ、これで」
「なんか、言ってることが、わかりにくいよ。姉みたいだ」
「光栄だね。何処にいるの? 」
「来て、マスコミ対策で奥の別館なんだ」
正道は病室のフロアを抜け、突き当りの非常口扉から外へ出た。
「屋上に来いってさ」
夢陽はついにあこがれの神と会える事に緊張したらしく相槌も忘れている。
「あ、いた。って、オイ、あの人また何やってんだよ」
新歌はコンクリートの塀の上にさらに高く伸ばされたれた落下防止の鉄柵に手をかけ登ろうとしていた。
 「暇だから、久しぶりに落ちるためのシミュレーションをして会話のはずみでもつけよう」ぐらいであったのだが、慌てて駆けて来るふたりに気づくと、いたずら心が騒いだ。
「なあ、三人で飛ぶかね」
そして振り向くともうそこには少女が柵に手をかけコンクリートの壁の上に登っていた。
「お、おう。君が夢陽ちゃんだね。
素敵な瞳だこと。そして、・・・・似てる」
正道は少し遅れて、苦戦しながら足をかけようともがいている。
「マサ、早く、フフフ」
三人は頂上に揃うと同時に柵の外を見た。
「でもここは、面倒だな。ふらっと死ななきゃ意味がない」
「そういうこというから誤解されるんだよ、姉貴は」
「夢陽ちゃんは真意は分かってくれるでしょ」
少女は少し照れながら話す。
「正しいかは分かりません。でも、世間のバッシングは馬鹿げている。本当はそいつらこそ命をしっかり考えもしていない。マスカキ猿です」
「それな。ハハハ、言うね。気にいった。下で話そうか飛んでもいい気分だけど、それ以上にこの子、いい匂いなんだもの」
「え? 」
正道は足を滑らせてぶら下がってしまった。
「この子気にいってしまったんだもん、フフフ」
「ハイ? 」
夢陽はみるみる赤くなった。自分でもすぐに分かったのだろう。
「めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。なんか、もうほんとはこのまま飛びたいです」
「じゃあ、一緒に
後ろへ」
新歌の掛け声ともに身体を放ると直ぐに三人は同時に悲鳴を上げた。
「ギャー、痛い! 」
「これはこれで結構危ないじゃないか」
正道は怒っていたが、夢陽は黙って新歌に抱き付き泣き始めた。しばらくして落ち着くとかすかな音で囁いた。
「不思議な香りですね」
新歌は笑って言った。
「すまん、今いろいろ解毒中だからね」
「好きです。曲だけでなくて本物も、何もかもが神です」
「そんなに言われてしまうと照れ臭いけど、その一言ですべての闇が消えるよ。
こちらこそ、ありがとう。
なんかさ、人間なんてそんなものだから、つらい状況であってもうまく自分を遊ばせてしまえば、なんともなかったりするんよな」
「本当に、無事でよかった。死んだって聞いたときは、私・・・・」
「え? 死んでねえし。
フっ、まあ、あれは事故だから。
問題作だけ残して不審死じゃ申し訳ないよ。少なくとも故意ではないんだよね」
「自殺ではないんですね。
あー、よかった」
夢陽が深く頷くと、彼女の推しは優しく微笑んで返した。
「あ、そうだ。マサ、さっきのお使い頼むよ。鬼オタちゃんとふたりで、イチャイチャしたいからさ」
正道は姉の考えを理解出来たらしく、頭を掻きながらぺこりと頭を下げると向き直って、ゆっくりゆっくり歩いていく。そんな弟の後姿を見ながら新歌は口を開いた。
「あの子はいろいろ、もたもたしているように見えるけど、人や状況に気をまわしすぎて空回りしがちなだけでさ。社会人になったら、今あの子をいじめているようなやつに頭を下げさせてもおかしくないよ」
「そう思います。ただ、やさしいから、だまされないようにしないと。
あれ?
今回の計画に誘い込んだのもそんな感じになりますかね?」
「いや、彼の絶望と君に宿った沈黙が引き合っただけじゃね。
まあ、そこんところを紐解いてみたくて、聞いてもいいかな」
「ハイ。
・・・・本当にもう死んでもいいです。
逆に推しから興味を持たれて質問攻めなんて
尊すぎるヒヒヒヒ
あ、ごめんなさい」
「ウフフ、まだ死なせないわよ。まず最初に。なんで、あの曲が好きなのさ」
「詩、メロディー、それだけではない確かに流れている無音の世界がらのメッセージ。死にたい人に寄り添う祈りなんです。僅かな傾きもなく向かい合うことができなければ死んじゃダメなんだっていう感じ。
だから、私、これまで、もう何十回も踏みとどまったんです。この歌は世界に広めるべき戦士の鎮魂歌だって伝えていきたいです、本当にもう」
「嬉しすぎて無言になったわ。
でも、ヒットはしたけど狭い視野の正論チンピラには格好の餌になっちまったから、今の世の中では公言しづらいぞ、大丈夫か、フフフ」
「だって、新歌さんが少しもぶれてないから。推しの姿に救われている者が何を怖がるんですか」
新歌自身も気づかなかったが、身体に電気が通ったかのように震えていた。
「なあ、君は少なくとも、アタイより0.1秒たりとも先に死んじゃダメよ」
「え? でも」
「アタイも今は死なんから。でも、今回みたいに不慮のアクシデントはたまに来るかもしれんが。でもね、なんか君といるとお互いの死角を補える気がする」
「え、え、エエエエ、そんなそんな、わたしは必要とされていないクソガキですよ。めっそうもありません」
「今いるちっぽけな世界ではね。でもね」
「あ、え?」
新歌はおもむろに右腕は肩から、左腕は脇の下からまわし夢陽のせなかでガシッと繋いで抱きしめた。
「ほーら、そんな、
『ちいーっぽけな世界』は今消えたよ。
少なくとも君より少しだけ大きい世界では一緒だよ」
「いい匂いです」
「ついでだから、さっきの続きで、もっとあの曲を掘り下げて見せて。『イッちゃう』くら・・・・、あ、ごめん未成年だったよ」
「イッてください。絶頂上等です。どうせならば、私だってイキたい・・・・です」
「マスカキ猿ってさっき言ってたもんな、大丈夫だな、あははは。
アタイを夢陽、イカせて! ヒヒヒ」
「ハイ、本当に好きです。
続けます。今、ふと、繋がったんですけど。沈黙の日常生活の中での思い上がった肉感的感情に踊らされるなってメッセージがあるんですね。自分を信じるなっていう、影をしっかり踏めっていうか」
「お、おう」
「メッセージを受け取ったつもりでいたけど、先に自殺され残された世界で私は動揺していた。今ここにいることは、大丈夫なのかな」
少し心持たない影が少女の表情を覆った時、歌姫も視線を足元のひび割れたコンクリートに落としていた。
「そう・・・・アタイも同じように動揺させられたんだよ、
君は似てるな」
「誰にですか」
「あ・・・・」

『天才なんて、えらくないんだよ。小さな望みをつかんで泥臭く生き抜いていける強い人間のほうが命を文化にしていく。
天才は単なる神だから。教訓になんかならないし、腹は満たさんしね。
ただ、凡庸なる人がつかむ光のきらめきは残すかもしれないけど。
おねえさんはどっちだろうね』

不在の動揺の正体、少年の言葉が蘇えって、新歌の頭に嵐が歌っているのであった。

― そもそも人間の存在はどうでもいいゼロの一部なんだ
重くも軽くもないゼロ
そんなゼロの上で流れる歌
無意味のくせに流れる旋律にこのけなげな命を絡ませて楽しむ
そもそもゼロなの
社会の中の悲しみも虚無の掌で神の色を求めてひっかいて
あらゆる境界を引き裂いて踊り鳴らすの
自我を捨てて真我へ
人間が成せる『1』を打つ
『1』になるのよ ―

夢陽はじっと待っていた。沈黙の後、大好きな推しが何を発するのかと。
「どうでもいいこの世で、どうでもよい世界と嘆くのは大バカ者で自分のうんこの穴戻りみたいなものなんだから」
「うんこの穴もどりですか? え、え、うん? 」
「夢陽ちゃんそうなのよ、ゼロなんだ。
その覚悟でふらっと死ぬならいい。日常の流れで、ふらっと、何の違和感を抱きもせず、コンビニにいきスイーツを手に伸ばすついでに屋上から空へなら。
でもそこで、甘い匂いを覚えていたならば、
食ってしまえ。この世はゼロのくせにって叫んでさ。
なんだこのうますぎるクリームはって吠えるんだよ。どうでもいいのにこんなにも甘いスイーツ天国の今をエロく感じよう。
じき死ぬしな。
みんな言っているから確かだよ、全員死ぬんだって、こっわっ、フフフ」
「じゃあ、こんな時は」
「そうさ、コンビニに行って、あ、来た」
「おまたせ。コンビニスイーツ・・・・」
新歌は左腕を大きく振りかぶるようにして掌を正道の前で広げて先を言わさないようにとめた。
三人はニヤリを共有した。夢陽は何かを思いついたらしく指を唇に触れさせて「しーっ」としながら無言で袋いっぱいのスイーツの中から高級そうなクリームブリュレを取り出して配った。そして
「イキますよ
コンビニ
スイーツ・・・・」
三人は一緒に大きな口を開ける準備の半開きの口で新歌の一言を待った。
「DEATH !! 」
頬張りながら彼女は続けた。
「今のアタイたちはこれでいいと思える確かな境地のスキルが手に入ったんだよ。
死にたくなった低級な自我の正義なんて、コンビニに行って5個ぐらいプレミアムシュークリームを口に押し込んで、美味いな~なんて生き誤魔化してみような」



・・・・もうしばらくはね




                                         終
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