第1話

文字数 1,672文字

ウルフヘアの魅力を上手く活かすような絶妙なる勢いで振り向いた志賀夢陽(シガユウヒ)は確認するのだった。
「コンビニに行ってくるって、ちゃんと言った? 」
「言ったんだけど、母親が丁度なんか携帯の着信があって、出たところでさ」
「そこ大事なの。ちゃんと返事してくれた? 」
川田正道(カワタマサミチ)は、普通の見本でしかない髪形をゴシゴシ掻きながら答えた。
「なんか、真剣な顔をして電話で話していたから。まあでも、返事はなかったけど、聞こえてはいると思う」
「ダメじゃん。そうなの、気を付けて行っておいでねって、普段の何の変哲もない日常の線上にこの場所が繋がっていなきゃ意味ないじゃん。じゃあ、お父さんは?」
「風呂に入って歌ってた」
「あー、もうダメじゃん」
「じゃあ、メールでコンビニに行ってくるねって今送るよ」
「え、家出て何分よ。ふつうならもうコンビニの帰り道じゃん。違うの違うの。軽い感じでコンビニに行くの。ちょっと、ふらり、シュークリームを買いに行く。そしてデスなんだってば」
「分かるけど。どうする」
「今日は、死ぬの止め」
「そうなの? 」
「ふわりそっと、軽やかに、ふらっと、何気ない日常の中で、商品ケースのレアチーズケーキに手を伸ばした拍子に、あ、飛んじゃったって死ななければだめ」
「つらいことの要因を分からせないで死ぬのはそもそも意義がないような」
「バカ。悲し過ぎるでしょ。だったら、生きるわよ。
少なくとも今日まで生き延ばせてくれたあの歌に礼を尽くす意味もあるんだから」
「この後、決行するのなら、どうなればいいのさ」
「川田君としゃべって気分も削がれて自己中な感情がダダ漏れよ。それになんか、このやりとり、微妙な平和が香ってしまっとる。いじめとか、絶望なんか霞んじゃったじゃない」
「え、そうなん?
家では暴力振るわれて、それなのに学校ではしっかり正義を守り通そうとして、逆に悪者になった。僕を守ろうとして、女の子の君が過剰防衛で訴えられそうな現実も?」
「君は何で完治した処を敢えてエグルかな」
「うん?
なんか、いろいろ、申し訳ない」
「まあ、いいけど」
「だって、俺は知っているからさ。家でも社会でも厄介者だし」
「あ? あんたそれ以上口を開くな。社会ではってなんだよ」
正道は少し涙ぐみながら言った。
「うちの姉貴と似ていてやっかいで困るけど、志賀さんも僕を助けてくれるヒーローだよ」
夢陽は軽く腹パンした。
「おぇ」
えづいて身体を丸めた正道の頭をきれいな旋律の流れでポンポンとして言った。
「厄介は余計だけど、君のお姉さんと同じに思ってくれるとは嬉し過ぎる。ありがとう」
嬉しさに表情を崩しながら少年は提案した。
「じゃあさ、取り敢えず、コンビニに行ってスイーツでも食べてさ」
夢陽はびっくりした顔で正道をまじまじと見つめて言った。
「まじか」
「え、何か変なこと言ったかな」
「食べてどうする。うまいじゃん」
「え、うまくていいでしょ」
夢陽は左手を自らのおでこに勢いよく張ってしまい
「いてっ。うまくちゃダメじゃん」
「え、え、」
意味をたどれぬ迷路で首をかしげる正道に呆れ、目を閉じて頭を後ろに落として天を仰ぎ夢陽は嘆く。
「君は、新歌の弟だろ。半分にせよ同じ血がながれて。あ、ごめん。いらん事言った」
「あ、大丈夫だよ。事実だし。弟のくせに姉貴の曲を理解出来ない凡人だからさ」
「拗ねるなよ」
ギュッと抱き寄せた。
いい匂いがして正道はすぐ機嫌が直った。
「志賀さんは本当にあの曲が好きなんだな」
「『コンビニスイーツデス』は名曲というか、私が今日まで生きながらえられた祈りの本尊だからね。
だから、最後も静かにゼロで死を・・・・」
正道が話を遮る。
「あ、ごめん。電話だ。出ていいかな。母親だけど。いっぱいメールも来てたわ」
「もう、いいよ。とにかく出なさい」
「ごめん」
そう言って正道はゆっくり夢陽から離れて通話を始めた。夢陽は飛び降りる予定の場所に戻り、素早く柵に上り飛ぶシュミレーションを念入りにしていたが、うるさい足音で駆け寄って来る正道に邪魔されてしまった。
「あ、あ、姉貴が自殺したかも・・・・」

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